第3話 探し物

 部品探しは墜落地点である平原北東の丘を中心に行うことになった。

 部品の重量を考えると、そう遠くには飛ばされていないだろう、というリシテアの意見を参考にしての判断だ。

 まず最初に探索ポイントとして選ばれたのは墜落地点よりも西。崖沿いに野生の草花が生える、なだらかな丘だった。平原の南と違い見通しがよく、異物が落ちていればすぐにわかるだろうという理由によるものだが、その判断は正しかった。

 丘を覆い尽くす植物の柔らかな抵抗を手に感じながら、草を掻き分けることしばらく。目的のものは見つかった。

「……ん、もしかして、探してる部品っていうのはこれか?」

 アルドの言葉に、地面に膝をついて草花とにらめっこをしていた面々が顔を上げる。

 草のクッションの上に転がる黒い車輪。荷車や馬車に使われるものに比べて分厚く、形状も弾力のある革に金属の軸が嵌め込まれたような構造をしていた。

「そうそう。こんなにすぐに見つかるなんて幸先がいいね!」

 うんうんと嬉しそうに頷くリシテアの向こうで、ウィルがうーんと小さく唸った。

「あのー、飛行機って空を飛びますよね? それならこの車輪は助走をつけるための装置なんでしょうか? それとも地上での運搬用?」

 好奇心を抑えきれないといった様子でウィルが口を開く。

「両方だよ。今は垂直離着陸機が主流だから、助走用に車輪を付けてる人なんて殆どいないけどね。まあそもそも飛行機自体が廃れてるんだけど……」

「そうなのか?」

「完全になくなったわけじゃないけど、エアバイクとかホバーとかコンパクトで誰でも操縦可能なものの方が人気かな」

 リシテアの口から出た単語に、アルドは渋い表情を浮かべる。頭の中に、はじめてIDAスクールに行ったときに使った乗り物の記憶が浮かんできたのだ。

「あの板みたいなやつか……。あれ、乗るの難しくないか?」

 旅の仲間たちは上手く乗りこなしていたが、アルドは板にしがみついて落とされないようにするのが精一杯だった。

「そう? 最新のやつはアシスト機能も付いてるし、どんなにバランス感覚がない人間でも落ちないようになってるはずだけど」

「それって、つまり自分で操縦しなくても乗り物を動かせるってことですか?」

 ウィルが興味深そうに質問を重ねる。

「そうだよ。公道で使う乗り物の操作は手動か自動か選べるようになってて、手動でも危険を感知したら自動に切り替わるから安全なんだ」

「……それなら、何でリシテアの飛行機は墜落したんだ?」

「んー穴をくぐったときに何か不具合が起きたのか、あるいは空気中の魔力濃度の違いによるものなのか、その辺は私にもよくわからない。まあ部品が外れたのはボルトの締め方がゆるかった可能性もあるけど」

「それって機械を止める部品だよな。それが外れるのって、かなりまずいんじゃないのか」

 アルドの言葉にリシテアが気まずそうに、視線を逸らす。

「……ま、まあ、既製品なら安全性に問題がありとして自主回収からの一瞬でスクラップ行きかな」

「既製品、なら……?」

 言葉に違和感を覚えて反芻すれば、リシテアの表情が恥ずかしさと誇らしさの混ざり合ったものへと変化する。

「うん。実はこれアタシのお手製なんだ。大昔に飛行機を発明した人間の設計図をもとに工作したの」

「えっ?」

「こうさく……工作っ!? 空飛ぶ機械を? 800年後の世界では誰でも簡単にあんなすごいものを造れるんですか? 本当に?」

 ウィルが驚愕して、リシテアを問い詰める。

「誰でもってわけじゃないけど、バーチャル講座とか動画で勉強したりは出来るし、あとは材料と道具と根気があれば造れる、かな」

「ボクもリシテアさんと同じ時代に生まれたかったな……」

 とすん、とその場に座り込み、ウィルは空を見上げる。その瞳には、届かぬ場所を夢見るような、諦めるような羨望の色が浮かんでいた。

「そう? アタシは逆にこの時代に生まれたウィルが羨ましいかも」

「どうしてですか? 今よりずっといろんなことが可能になった世界なんですよね?」

「だって、この時代の空の方が飛んでて気持ち良さそうだもん」

 ウィルが怪訝そうに肩眉を寄せる。この大陸の未来を知らない彼には、リシテアの言葉の意味が理解出来ないのだ。

「アタシの時代には確かにたくさんの物があるけど、どこまでも続く地平線も、緑も、川も、海もない。空にさえも果てがあって、世界には神秘も秘密も残ってない。この時代の当たり前がアタシたちの時代にはないんだよ」

 アルドは目を伏せる。地上が汚染され、生まれた大地を捨てて空へと移住する以外の選択を未来人は選べなかった。エルジオンの住人に教えられたことだ。

「つまり何が言いたいかというと、アタシもウィルもそれなりに幸せで、それなりに不幸だってこと。比べても仕形がないんだよ」

 そう言い切ると、リシテアは勢いよく立ち上がった。その顔には既に切なさは微塵も残ってはいなかった。

「それじゃあ、気を取り直して次のパーツ探しに出発!出発!」



 ヌアル平原西側の探索を終えたアルドたちが次に向かったのは、墜落地点から南ーー中央の水場だった。

 中央は北部とは異なり岩場が多く、失せ物探しの難易度は先程よりも高い。

 水気の多い地面に足をとられないよう気を付けながら、木々や岩の隙間を丹念に確認していく。

「うーん、それらしいものは見つからないな……」

 手に付いた土を払い、アルドは腰を上げる。

「向こうの二人はどうだろう?」

 滑る危険のある水辺はアルドが請け負い、あとの二人には比較的安全な場所を探すよう頼んでいたのだが、見つかったという声は聞こえてこない。

 バランスを崩さないよう、大小の岩が転がる水辺を抜けて平地へと戻れば、木陰に目を向ける二人の姿が見えた。

「あそこの茂みで何か光ってない?」

「本当ですね、なんだろう?」

 好奇心のままに近付く二人にアルドが声をかけようとした、その時。茂みから何かが飛び出して来た。

 現れたのは草花と同化する特性を持った緑色の魔物。ゴブリンの変異種であるプラームゴブリンだった。

「ひゃっ」

「うわああっ」

 慌てて飛び退くリシテアとウィルの間を抜けて、アルドは二人の前へと飛び出した。

「危ない!」

 腰に佩いた剣を抜き、敵を一斬りで退ける。

「び、びっくりしたぁ……。今日は全然モンスターが出てこないから完全に油断してました」

「たぶん、さっきの音に驚いて隠れてるんだと思う」

 魔物は動物に近い性質を持っているものが多く、危険を察知すると一目散に逃げ出すのだ。平原の端まで響き渡った墜落音は、魔物たちにとってそれは恐ろしいものであっただろう。

「つまり、今の魔物は驚いて隠れてたところにアタシたちが近付いたものだから、興奮して飛び出してきたってこと? 悪いことしちゃったかも」

「そうですね。アルドさんも、助けてくれてありがとうございます」

 ウィルは申し訳なさそうに体を縮めて感謝を口にする。アルドはそれに首を左右に振ることで応えた。 

「無事ならそれでいいよ。オレ、もともとバルオキー村で警備隊に所属しててさ、この辺りの治安を守るのも仕事なんだ」

「そうなんですか? それじゃあ今度オレが師匠の実験に使う材料を釣りに来るときは、自警団の人に声をかけてみようかな」

「釣り?」

「ウィルの師匠っていったい何を発明しようとしてるの?」

 リシテアの疑問は至極もっともなものだった。

「プリズマに代わる新しいエネルギーの開発です。今はビリビリする魚を中心に研究してますね。ぎょぎょっと閃いちゃったらしいです」

 アルドの脳裏に以前、変わった依頼を持ち掛けてきた発明家の姿が浮かぶ。

「(王都ユニガン……ビリビリする魚……発明家……なんだろう? すごく身に覚えがある気がする)」

「魚を使った代替エネルギーだなんて、ウィルの師匠は面白いことを考えるんだね」

「ええ、師匠は天才なので。そんなこと師匠以外の誰も思い付きませんよ。今でこそ無名ですけど、将来的には大発明家になること間違いなし!」

 サインを貰うなら今のうちですよ、とウィルは誇らしげに胸を張る。先程から感じていたことだが、ウィルは自分の得意分野や好きなことの話になると饒舌になるらしい。師のことも心の底から敬愛しているのだろう。

 アルドは、ふっと口許を緩めた。

「そんなにすごい人なら、未来にも名前を遺してるかもな」

「うん。ミグランス王朝はかなり長く続いたから、有名な科学者や芸術家もたくさんいるし、もしかしたらウィルの師匠もその中にいるかもね」

 リシテアの言葉にウィルは心の底から嬉しそうに笑った。

「俄然やる気が出てきました。この辺りには何も落ちてませんでしたけど、今なら部品を百個で二百個でも見付けられる気がします」

 次の場所に行きましょう、とウィルは意気揚々と歩きだした。



「さすがにこんな遠くまでは飛んできてないんじゃないか?」

 飛行機の周囲をあらかた探し終え、探索範囲を南の低地まで広げたはいいが、先程までと違い、小さな部品すら見付けられなくなっていた。

「可能性は低いですけど、念のため。それにほら、探してみてなかったとしても、ここにはないと判明するので、もう探さなくてよくなるじゃないですか」

「それは、確かにそうだな。あとから探しに戻るのも二度手間になるし」

「でしょう?」

 地面に膝を付いて草を掻き分ける。先程から何度も繰り返している行為のせいで、手にはすっかり草の匂いが染み付いていた。平原に自生するバジルの香りがつんと鼻をつく。

「……結構探してみたけど、それらしいものは見当たらないな」

「そうだね。アタシも見つけたのは誰かが置き忘れた材木とアキビンぐらい」

 リシテアの視線の先には、部品探し中に見つかったガラクタの山。落とし物に関してはあとで持ち主探しをするとしても、不法投棄されているゴミについては一度村で話し合う必要があるかもしれない。

「すみません。無駄足を踏ませちゃいましたね」

「何言ってるんだよ。ここにはないってわかった。進展じゃないか」

 申し訳なさそうに謝るウィルに、先程彼自身が告げた言葉を使って慰める。

「アルドさん……ありがとうござ……って、うわっ……!」

 お礼を言うために立ち上がりかけたウィルが、突如バランスを崩して後ろへ倒れる。アルドは慌てて手を伸ばすも、その手が掴んだのは空気だけだった。

「あいたたたた……」

 転けた際に尻を打ち付けたウィルが、少しでも痛みを和らげようと腰に手を当てる。

「大丈夫か?」

「はい。足に何かが引っ掛かって転けただけなので大丈夫です」

 またゴミでも落ちていたのかとアルドは、ウィルが倒れる原因を作った何かに目を向ける。長く伸びた草の隙間から鈍い色の物体が見えていた。

「ん? これは……」

「あー! キミの足元に落ちてるそれ! それがプロペラだよ!」

 ウィルの足元を指差し、リシテアが大きな声を上げる。今にも跳び跳ねそうな勢いで喜ぶリシテアに苦笑しつつ、アルドは改めてウィルに手を差しのべた。

「ははっ。無駄足どころか大活躍だったな」

「怪我の功名ってやつですね」

 ウィルは伸ばされた手を取り、立ち上がる。ズボンに付いた草を払ってから、彼はリシテアに視線を向けた。

「細かな部品に、車輪、プロペラ、これで部品は全部でしたっけ?」

「うん。あとは飛行機を修理して、燃料となるプリズマ鉱石を探すだけ」

 目的のひとつが達成されたこともあり、リシテアの顔は晴れやかだった。笑顔の中に深い安堵の色が見える。前向きで明るい性格の持ち主ではあるが、見知らぬ場所に飛ばされて不安を感じない人間はいない。

 早くもとの時代に帰してあげないとな。アルドは改めてそう思った。

「……それじゃあ、部品も揃ったことだし、一度飛行機のところまで戻るか」

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