第2話 空から落ちてきたもの

 ヌアル平原北東。遠くにミグランス城を望む風光明媚な丘に、先程アルドが見た巨大な落下物は落ちていた。

 空の上から落ちたわりには大きな損傷はないようで、そのことが現代の技術で作られてはいないことをアルドに教えていた。

「なあ、これの持ち主はあんたたちか?」

 鉄で出来た鳥のような何かの前で話す、二人の男女に声をかける。

 一人はシャツにベストを合わせた、どこにでもいるスタイルの青年。女性の方は独特なシルエットのつなぎを見に纏っている。エルジオンなどでよく見かける服装だ。

 アルドの問いに頷いたのは女の方だった。

「アタシの飛行機だよ。墜落したとき大きな音がしたでしょ? 驚かせちゃって、ごめんね」

「いや、それはいいんだけど、怪我とかは大丈夫なのか?」

「全然大丈夫。ちょっとへまして落っこちちゃっただけだから」

 女はからからと明るく笑う。墜落した際に付着したのか、エメラルド色の服が土で汚れているが、気にする様子もない。

「ちょっと……? オレの見間違いじゃなかったら、かなり高いところから落ちてた気がするんだけど」

「問題ない、問題ない。アタシってば頑丈なのが取り柄だからね~」

 この通り怪我もない、と女は腕まくりをして見せる。汚れた服とは裏腹に、肌にはかすり傷が二、三ある程度だった。

「そ・れ・よ・り・も! 問題なのはこの場所だよ! こっちのお兄さんにはさっき話したんだけど、アタシたぶん、未来からタイムスリップして来ちゃったんだよね。あ、タイムスリップってわかる? 過去とか未来とかに飛ばされる映画や小説でお約束の現象なんだけど……」

「ああ、わかる。オレにとってはある意味日常みたいなものだし」

 アルドの言葉に、静かに話を聞いていた男が不思議そうに首を傾げた。

「とにかく、乗ってきた飛行機は墜落しちゃうし、外に出てみたら知らない場所だしで困ってたところを、こっちのお兄さんが助けてくれたの」

 女は隣に立つ青年を紹介するように、手のひらを向ける。

「いやーすごいですよね。空を見上げたら鉄の固まりが鳥みたいに飛んでるんですよ。どう考えても現代の技術じゃない。それで話を聞いてみたらAC1100年から来たって言うじゃないですか。ビックリですよね」

「800年後から来たって、よく素直に信じたな」

「だって空飛ぶ乗り物なんて、この時代の誰にも作れませんからね。せいぜいが火のプリズマを使った気球ぐらいのもので、こんな精巧なものは不可能ですよ」

「あんた詳しいんだな」

「ふふっ。まあ、これでもボクはユニガンが誇る自称稀代の天才発明家! ……の助手なので、一応……」

 青年は胸を張るが、誇らしげなポーズとは裏腹に語調は弱い。

「(……自称とか一応とか聞こえたけど、聞かなかったことにしよう)」

 アルドは心の中で結論を出す。それから女の方に向き直った。

「ところで、あんたは未来から来たって行ってたけど帰るあてはあるのか? ないなら、合成鬼龍に頼めばもとの世界に返してやれると思うけど」

「合成……何? よくわからないけど、アタシはこの子と一緒じゃないと帰らないよ」

 女はすっかり停止した飛行機のボディに触れる。

「うーん、甲板になら載せられるかもしれないけど、そこまで運ぶのがな……。これって動くのか?」

「今は無理。燃料が切れてるし、部品もいくつか外れちゃったから、まずは壊れた箇所を直さないと。その二つをクリア出来ればまた飛べるようになると思う」

 女は労るように銀色のボディの表面を撫でると、小さくため息を吐いた。

「……この子が飛べさえすれば、あの穴に飛び込んで帰るのに」

「直すには何が必要なんだ?」

 得たいの知れない穴に再び飛び込むつもりでいる女の豪胆さに驚きつつ、アルドは腕組みをして問いかける。

「部品は探して修理すればなんとかなると思うんだけど、問題は燃料なんだよね。この時代にはまだゼノ・プリズマはないだろうし、何か代わりになる動力がないと……」

「それって普通のプリズマじゃダメなのか? ちょっとぐらいなら月影の森のプリズマを分けてもらうことも出来ると思うし」

 プリズマの無闇な採掘は禁止されているものの、必要な分を自然から頂く程度なら怒られはしない。資源を人助けのために使うことに反対するような人間は、少なくともバルオキーにはいない。そうアルドは考え提案する。

「そっか。ミグランス王朝時代ってまだ普通にプリズマが採れるんだっけ。本で読んだのに忘れてた。大丈夫、それでいけると思う」

「それじゃあ、まずはこの機械の修理からだな……」

「あ、あの、それ、ボクにも手伝わせてもらえませんか?」

 方針が決まったところで、男がおずおずと口を開いた。

「未来の技術に触れられる機会なんてないこの先ないでしょうし、それに、ほら、乗り掛かった船とも言うでしょう? もちろんダメだったら諦めますけど……」

 男の不安を吹き飛ばすように、女はからりと笑う。

「助かるよ、ありがとう。そうだ、まだ名乗ってなかったよね。アタシはリシテア。よろしく」

 女ーーリシテアが握手を求めるように手を差し出す。

「オレはアルド。旅の剣士だ」

 すっかり言い慣れた自己紹介を口にして、アルドは差し出された手を取った。

「ボクのことはウィルって呼んでください。装置の組み立てから魚の捕獲、三枚下ろしに調理まで雑用なら何でも出来ますので、好きに使ってくださいね」

「……発明家の助手、なんだよな?」

「そうですけど? 」

 ウィルは質問の意図がわからないといった様子で瞬きをする。

「(最後の方は魚屋や料理人のスキルだった気がする……)」

 ツッコミを入れそうになる自身を抑えるようにアルドは、瞳を閉じる。

「えっと、リシテア。オレたちは何をしたらいい?」

「まずは墜落したときに飛んでいった装置を集めるのを手伝ってもらってもいい? たぶんこの近くに落ちてると思うから」

 リシテアが爽やかな風が吹き抜ける平原へと向ける。青々と繁る草花に埋もれた部品を探すのは骨が折れそうだ。

「ちなみにどんな形のものか聞いてもいいか?」

「近くに落ちてた小さい部品は集めたから、あとは左の車輪と、あとはプロペラ……って言ってもたぶんわかんないか。飛行機が発明されるのはもう少しあとの時代だもんね」

 人差し指で顎を触りながら、どうしたものかとリシテアは思案する。

「あ、そうだ! いいものがあった!」

 そう言って、リシテアが服のポケットから取り出したのは長方形の薄い板だった。

「金属の板?」

「たぶん連絡装置だよ。オレの仲間も似たようなやつを持ってる」

 AC1100年を生きる人間は当たり前に所持している未来の高度な日用品。誰かと連絡を取り合ったり、何かを調べたり、色々な用途があるのだと、アルドは仲間たちに教えてもらったことがある。

「そうそう。この時代にはまだないはずなのに良くわかったね」

 リシテアは見つけたと小さく呟くと、端末を操作する手を止めて画面をアルドたちに向けた。

「これを探して欲しいの」

「わっ、すごい緻密な絵! 絵の具とか何を使ってるんだろう」

「違う違う。これは写真っていう景色をそのまま取り込める技術。で、アタシが探して欲しいのは飛行機の端についてる、これ」

 リシテアの指が飛行機の先端に取り付けられている細長い棒状のものを指す。

「風車の羽根に似てますね。風を利用する装置ですか?」

「うん。空を飛ぶには上下左右からかかる力をバランスよくコントロールしないといけないんだけど、これはそのひとつである推力を発生させる装置なんだ」

「なるほど。推力と抵抗力、揚力と重力を均等になるようにしないといけないんですね。平行に保たせるだけでも大変そうだ」

 ウィルが水を得た魚のように喋りだす。先程までどう会話に割り込んでいいか窺っていたのが嘘のような饒舌さだ。

「飛行機を最初に発明した博士もそこは苦労したみたい。何百回も実験して、データを分析して、人生まるごと飛行機作成に捧げたんだって」

「へぇ、発明なんて必ずしも成果が出るわけじゃないのに、その人はよっぽど根性があったんですね。ボクの師匠みたいで親近感がわきます」

「楽しそうだな。オレには二人が話してる内容はさっぱりわからないけど、生きてる時代が違っても、意気投合できることがあるっていうのはいいよな」

 未来の技術について夢中になって話す二人に、アルドはそんな感想を漏らす。反応したのはリシテアだった。

「ふふん。そんなの当たり前だよ。空っていうのはいつだって人間の憧れなんだから」

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