第3話 言い逃れは出来ません
彼女の瞳の奥底が、怪しくなり始めた雲行きへの動揺に揺れていた。
しかし青くなりかけた顔の上から瞬時に『余裕』を塗りたくり、すぐさま平然を装ってこう応じてくる。
「幾ら私が嫌いだからって、私に罪をなすりつけるのはやめてくださる?」
そう言って向けられた瞳には実に挑戦的な色が灯っていた。
証拠があるのなら出してみろ、という事なのだろう。
そんな彼女に、私はため息を吐きながら「相変わらずですね」と独り言ちた。
彼女と私は同年代の同性として、同じ爵位の家の娘として、そして王子の婚約者候補として、幾度となく比べられてきた。
だから「嫌いな相手に罪をなすりつける」という構図は、何らおかしな事では無い。
しかし。
(それは貴方も同じですよね? 私にだって、『一応』の準備はあるのですよ。……まぁつい先ほどまでは、まさか使う事になるとは思わなかったですけれど)
そんな風に思いながら、私はゆっくりと口を開く。
「貴女が先頭に立って嫌がらせをしていた現場を、実は私、見た事があるのです」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の顔に張り付いていた緊張が一気に霧散した。
そして小馬鹿にしたような声で「そんなの何とでも言えますわ!」と笑われる。
私は、彼女の事が少し哀れに思えた。
「――全てを見た後にもう一度同じ言葉が言えたなら、私はきっと無条件で貴方のことをを尊敬しますよ」
そう呟きながら、徐に首元のネックレスを外す。
そのネックレスのチャームはキューブの形をしていた。
大きさは、人差し指の腹でちょうど一面が覆えるくらい。
立方体になっていて、一つだけボタンが付いている。
「これは隣国からの頂き物で、名を『映像記録用キューブ』と言います」
それは、その名の通り映像を記録する為の装置。
隣国の王子から私個人が頂いたもので、製品の品質を図る為の一つの指標・『王家御用達マーク』が付いた代物である。
マークがよく見えるように掲げてやると、それを見た貴族達がザワリと揺れた。
一瞬「何故だろう」と思ったが、思えば普通の貴族が隣国の王家御用達品を見る事など、確かに滅多にないかもしれない。
隣国とは先日やっと「そろそろ正式にに貿易を始めようか」という段階で、隣国王家からの頂き物はすべて王家が独占しているのだ。
必然的に、彼らへは回ってこない。
「――もし後ほどこの品の信用性を疑われる場合は、是非隣国の王家にお問い合わせくださいね?」
そんな隣国の『王家御用達マーク』の信憑性を疑う様な真似、そう簡単に出来よう筈もない。
そうと分かっていて、満面の笑みで私はそう言っておいた。
そして「さて」と呟き、私は遂にボタンを押す。
人差し指の腹にカチリという感触が伝わってきた。
するとジジッというノイズ音と共に、何も無かった筈の虚空にとある映像が映し出される。
場所は、私たち貴族が通う学園の教室。
昼下がりの木漏れ日が差し込む窓際に、5人の令嬢達の姿があった。
部屋の外から中を覗くようなアングル。
そんな映像の中で、彼女達は何やら密談を交わしていた。
「下民のくせに殿下に色目を使って……全く浅ましいったら」
「元が下民だから貴族の気品が皆無なのよ、見苦しい」
「いやぁねぇ? これだから下民は」
「やはり私たちが『教育』をしてあげなきゃぁ」
侮蔑、憤慨、蔑み、嘲笑。
そんな言葉のオンパレードだった。
まるで貴族社会の縮図のようにも見えるが、それでも貴族達がソレに大きく揺れたのは、それに気が付いていないからなのか。
それとも映された面子に驚いたのか。
まぁ確かに彼女達は、普段は素敵な淑女ばかりだ。
裏の顔を見て驚いたところで、別に何の不思議も無い。
「これで少しは自重するでしょう」
「そうかしら? 学習する頭をきちんと持ち合わせていれば良いけれど」
だって、下民ですもの。
そう言って、少女達はまたクスクスと笑い合う。
そして。
「エリーゼ様、これはいかがしますか?」
「あぁソレは……確か死んだ母親から貰ったブローチだとか言ってましたわね」
尋ねた方の手元が、陽の光を反射してきらりを光った。
よく見れば、それはオレンジ色の石がはめ込まれた年代物のブローチだとすぐに判別できた。
画面の中のエリーゼは、ほんの2秒の間だけソレを眺めた。
そして、こう言い捨てる。
「目障りだからさっさと壊してしまいなさい」
「分かりました」
サラリと残酷な事を告げたエリーゼに従い、1人の少女がソレを手の中に握り込み振りかぶる。
その手が振り下ろされると同時に、パキッともパリンッとも聞こえる音が響いた。
そしてそのすぐ後を、令嬢達の笑い声が追いかける。
――映像はここでプツリと途切れた。
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