第4話 『本当に悪い』のは、一体どちらなのでしょう
映像が途切れ、貴族達の囁き声だけが室内に残った。
しかし私はそんな連中には目もくれず、王族席へと視線を戻す。
「殿下、その方が貴方に相談されたのは、母親の形見が壊されたからではありませんか……?」
調べて分かったが、エリーゼの嫌がらせはずいぶん前からあったようだった。
なのに今更問題になったという事は、その令嬢にとって『流石に耐えられない何か』があったのだろうと、そう推察したのだが。
その問いの答えは、一向に返ってこなかった。
しかし怒りと驚愕に染まったその顔だけで十分だ。
「ならば、少なくとも『彼女を悲しませた罪』は、私にはありませんね?」
私のそんな言葉と共に、やっと殿下が起動する。
色濃い怒りに満ちた視線を、彼はエリーゼへと向けて。
「これは一体どういう事だ」
「で、殿下、これはその――」
それこそ今ここで衛兵にエリーゼの斬首を命じてもおかしくない。
その声は、そう思わせるには十分な怒気を孕んでいた。
エリーゼは、その声に何とか弁明をしようと口を開く。
が。
(ソレでは困ります。だって私のターンは、まだ終わっていないのですから)
そんな気持ちを込めて告げた「次に」という言葉が、『断罪』傾いた場の空気を切り裂いた。
皆の視線が一気に集まる。
そんな成果を感じながら、私は続きを切り出した。
「私には、他貴族に対し権力を振りかざした記憶もありません」
二つ目の、罪の否定。
つい今し方一つ目が冤罪だと分かった事もあり、周りは「もしやこれも冤罪か……?」という空気になる。
しかしそれに逆らう者も居た。
その最筆頭が、私の声に嘲笑を被せてくる。
「一つ罪が晴れたからといって、他の事実まで煙に巻こうとするのは良しなさい。社交場での貴女の行いは、私がずっとこの目できちんと見てきたのですよ」
それは王妃の声だった。
その物言いには「自分の言葉こそが最大の証拠だ」という確信が詰まっている。
しかし。
(そうやって自身の言葉を押し通そうとする事こそ、権力を振りかざすという事なのでは……?)
自覚がないのだろうか。
だったらそちらの方が余程重症だ。
そして。
(王妃様が言うところの『社交場での行い』……。心当たりがあるとすれば)
そうして思い当たる部分を論う。
「例えば、社交場で貴族の品格を逸脱して騒ぐ子達に注意をする。または作法がなっていない子達にソレを指摘する」
しかし。
「それらについては今でも『必要な措置だった』と胸を張って言えますよ?」
そう答えると、王妃様は「しめた」と言わんばかりの笑みを浮かべた。
「自覚が無いのが一層問題です。他の大人達が、貴女と同じ指摘をしましたか? 無かったでしょう?」
他の大人達でさえ指摘しない事を貴方が指摘するなんて、そんなに自分を偉いと思っているのか。
どうやらそう、言いたいらしい。
しかし。
(――なるほど、そういう事ですか)
私は一人、納得する。
それは、確かに私の言い分に向けられた言葉だった。
しかし彼女は、その言葉を貴族達へと聞かせている。
そう、ちょうど演説か何かの様に。
それが示す答えは、ただ一つ。
彼女は今、演説によって周りの空気を操り周りの賛同を刑執行の根拠にしようとしているのだ。
(王妃様にとっては、コレが罪であるかどうかは問題ではないのですね)
彼女が発するのは刑の執行という結果だけだ。
そう理解し、そしてだからこそ私は決めた。
(ならば貴女と同じフィールドで、堂々と無罪を勝ち取ってみせます。貴女が軽んじている事の正否を操って)
それこそが、きっと最も『悪役』らしい勝ち方だ。
私はそう思ったのだ。
「貴女は大人達が目溢ししている程度の事を論い、周りを『次期王妃』という権力で縛ろうとした。それは『次期王妃』に相応しくない行いです」
分を弁えなさい。
少なくとも私には、そう聞こえた。
(つまり王妃様は、私が彼女以上に貴族達への影響力を持つ事を嫌ったのですね。しかしそれは――)
限りなく、自己中心的な考え方だ。
その上、彼女の理屈は穴だらけ。
それでも彼女が「刑を執行できる」と信じて疑わないのは、きっと今までの私が彼女の言いなりでい続けたからなのだろう。
与えられた理不尽全てを、「相手は尽くすべき王族だから」という理由で。
しかしそんな足枷は、今やどこにも存在しない。
だって私の足枷は、もう『悪役』が引きちぎってくれたのだから。
「王妃様のその認識は、やがてこの国を貶めるでしょう」
「なっ、なんて事を……!」
演説のボリュームで告げられた私の言葉に、王妃様は震える声で怒りを沸々とさせる。
しかしそんな彼女を前にして、尚。
「だって本当の事ではありませんか」
私は高慢で余裕な笑みを浮かべていた。
「私たちはこの国の次世代を担う存在なのですよ? つまり私たちの品位が、すなわちこの国の未来の品位を作るのです」
だというのに。
「それを損なっている現状を前に、何一つ指摘をしない。ソレは即ち――」
そこまで言うとすまし顔から一転、王妃様に強い敵意を向けた。
「国の品位を自らの手で貶めているのと、何ら変わりはありません」
周りが言わないから、私も言わなくていい。
本当にそうだろうか?
誰も言わないが、誰かが言わねばならない。
そういう性質の物も、確かにあるのではないか。
「言いたいけど言えない、やりたいけどできない。そういう事を率先して行う事こそ、国の上に立つ者の役目なのではないですか?」
だから私は、外野達(みんな)に問うのだ。
「それらを行わなければ、この国の未来は一体どうなるでしょう? そうして積み上げられた品位の負の結晶に、もしも外国からの使者が気付いたら?」
両手を広げ、この場の全員を「さぁ考えろ」と追い立てる。
そして。
「この国を侮る為の材料を、リボン付きで他国に手渡す。そんな愚行は、次期王妃であった当時の私には……とても出来ませんでした」
そう言葉を締め括ると同時に、私は確かな手応えを感じた。
私側に、周りの空気が傾いた。
それはまさに、私の演説スキルが王妃様のソレに勝った事の現れだった。
王妃様の方を、こっそり確認した。
するとそこには案の定、仄暗い瞳がある。
彼女も理解したのだ、自身の敗北を。
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