第5話 暴かれた不正
王妃様がいつだって私を疎んじていた事には、もうずっと前から気付いていた。
彼女は実に美しく社交的で、まさにこの国の大輪の花だった。
しかしどうやら、王の執務を支える才には恵まれなかったようである。
王からは「社交面を一任するからそちらに専念してほしい」と言われ、本来王妃が行うべきだった執務から距離を置かされた。
それはもしかしたら彼女への、王なりの気遣いだったのかもしれない。
しかし彼女は、そこにこそコンプレックスを感じていた。
だからこそ、その両方を熟せる私に嫉妬しているのだろう。
今にして思えば、「そこまで分かっていたのなら上手い事やれば良かったのに」と思わないでもない。
しかし私が周りから求められていたのは『両方を熟せる王妃候補』だった。
常に「周りの期待に応えなさい」と言って教育されてきた私にとって、それは絶対遵守の法だった。
彼女が今回私に理不尽な罪を着せようとしたのは、今回の騒動に便乗し日頃の鬱憤晴らしをしたかったからなのか。
それとも濁ってしまった目が、都合の良い幻を見せていたのか。
その答えは、正直私には分からない。
しかし、それでいい。
(私に今求められているのは、彼らの中の『悪役』だ。彼らの思想に、彼らの決定に反逆する人間だ。だから)
彼らが揃って私の断罪を望むのなら、私はただそれに抗うだけである。
既に別へと向かった怒りに染まる王子と、悔しげな表情の王妃。
2人の口はもう封じた。
となれば私に着せられた罪も、それをぶつけるターゲットも、もう残るは一つずつだけだ。
「国庫不正利用の犯人も、勿論私ではありません。それは貴方が一番良くご存知ですよね? 陛下」
最後のターゲットに、今白羽の矢が立った。
将来父と呼ぶ筈だったその人を、私は見据える。
殿下も王妃様も、私への悪意が無かった余地があった。
しかし、彼は違う。
彼だけは、純然たる黒なのだ。
何故なら。
「陛下はちゃんとご存知だった筈です。国庫の目減りが、王妃様の贅沢に起因していた事を」
王妃修行の一環として、私は既に王族が担うべき机仕事の一部に参加していた。
だから知っているのだ、彼女の出す支出が予算を大幅にオーバーしていた事を。
そしてその結果を示す書類に、王がしっかりと確認印を押している事も。
王の印は特別だ。
不正が行えないようにいつも特別製を使っていて、その印も厳重に保管されている。
だから。
「そんな物、ワシは――」
「もし『そんな物など知らぬ』とおっしゃるのなら、陛下は公務のお時間中ずっとただの『印つき人形』と化していた事になりますね……?」
それはただの牽制だった。
彼が仕事には真摯に向き合う人だという事を、私は良く知っている。
そして彼のプライドがそこらの山よりよほど高い事も、私は勿論知っている。
計算通り、陛下は言葉を詰まらせた。
その隙に私は「つまり」と言葉を続ける。
「貴方は、社交の度に王妃様が買い足すせいで赤字になった衣類や宝石類の代金をそっくりそのまま『不正利用』と偽り、その罪を私に被せる事で無かった事にしようとした。そうなのでしょう?」
これは、意図的に仕組まれた『真犯人の居ない』事件だ。
そういう性質だからこそ「そもそも不正利用など存在しない」という疑い方をしない限り、真実には辿り着けない。
そういう算段だったのだろうけど。
「元々犯人など居ないのですから、証拠を消す必要がない。証拠の捏造だけですから、工作するのも楽だったのでは?」
その部分を疑った、否、あらかじめ知っており、尚且つ『王の意思』に反目する意思を持つ人間が、ただ一人だけ存在した。
それこそが、きっと彼の計算違いだったのだろう。
「お前も――」
「因みに私は今まで王妃様から、何一つとして下知して頂いた事はありません」
そんな私に、一体どうやったら『国庫の不正利用』などという罪をかけられるだろう。
それに、だ。
「今まさに言おうとしたその言葉。もしその全てを言い切ってしまったら、その瞬間に私共々王妃様をも処刑しなければならなくなりますよ?」
それでも言えますか?
そんな言外の問いに、彼はグッと奥歯を噛み締めた。
結局彼は、王妃様を愛しているのだ。
だから彼女の苦手な物を彼女から遠ざけ、輝ける場所を用意し、そのフィールド内で全てを好きにできる権限を与えた。
まぁその結果が、一方では私との不仲の原因を作ってその私に「演説スキルで敗北する」という醜態を演じさせ、もう一方では国庫を圧迫させるに至ったというのだから――
(空回るにも、程がありますね)
私はそう、独り言ちた。
そしてダメ押しに、私は最後のカードを切る。
「因みにですが、王妃様の国庫利用状況に関する資料がコレです。――エドワーズ侯爵、読み上げてくださるかしら」
そう言って、私は貴族達の最前列に立つ男にとある紙を手渡した。
彼は、私の家とは敵対派閥の人間である。
しかし不正には手を染めない厳格で公正な性格の彼に、私はずっと敵ながら一定の好感を抱いてきた。
そんな彼にだからこそ、この世界でたった一つの不正の証拠を渡す事ができる。
訝しげな顔で私からその紙を受け取った侯爵は、すぐにその紙へと視線を落とした。
そして、みるみる内にその顔色を険しくい色へと変えていく。
「これは、今年の国庫決済書類の原本だ。そしてこれには、不正利用された筈の金額とまったくの同額が……王妃様使用分として計上されている」
彼の言葉に、貴族達が大きく揺れた。
頑ななまでの彼の厳格さと公正さについては、みんなもよく知っているのだ。
彼が嘘をつくはずがない。
つく意味もない。
それをみんな、ちゃんと分かっているのである。
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