第6話


 やけに、カラスの元気が良かった。

 日も沈んでしまったというのに、数えきれないほどのカラスが騒ぎ立て、屋敷の周りを飛び交っている。

 メイド達は気味悪がるだろうし、執事は糞尿や羽の始末を思って眉根を寄せることだろう。

 まぁ、もはやどうでもいいが。

 ショコラを担ぎながら、屋敷の外に出る。

「待ちくたびれたわ、騎士様」

 人を馬鹿にしたような声が、耳に入った。

「愛しの聖女様を取り戻す為の素材は、無事に持ってこれたみたいね」

「……このカラスが合図か?」

「そう、私の大切なお友達よ。邪魔が入った時には助けてくれるわ」

「……」

 いやらしい笑みを浮かべる女が、目の前にいる。

 黒い女だ。

 髪も瞳も、帽子もドレスも靴も、何もかもが黒い。

 そいつは──魔女と呼ばれる存在。

 大切な者の為に、やむ終えず手を組むことになった、俺の──私の共犯者。

「奥の開けた所に、火と他の素材があるから、そこまで行きましょ」

「……あぁ」

 もう少し。

 もう少しで、君に会える。

 やっと、君に──エクレア。


◆◆◆


 甦りの聖女。

 エクレアがそう呼ばれるようになった原因は、私だ。

 とある村で農作業を手伝っていた最中に、傍にあった荷車の車輪が突然壊れ、荷台に積まれていた荷物のほとんどが私の頭上に降り注いだ。

 当たり所が悪かったようで、私は酷い怪我を負い──呼吸を止めたそうだ。

 最初に力を注いだ時には何の変化もなかったことから、彼女以外は私の治療を、蘇生を諦めたそうで、しかし彼女だけは諦めず、私に力を注ぎ続けた結果、私は息を吹き返し、彼女は甦りの聖女という二つ名を与えられた。

 二つ名を与えられた聖女は、教会の本部へと送られる。

 村から離れることを悲しむ彼女に、どうか傍に置いてくれないかと頼んだ。

 甦らせてくれた礼もしたかったが、死んだはずの息子が生き返ったことを気味悪がる母の視線が辛くて逃げたかったのもある。

 幸い、私の身体には貴族の血が流れている。

 妾腹ではあるが、ただの村人よりかは望みがあるはずで──結果的に教会も、私が付き従うことを認めてくれた。

 彼女と共に本部に行き、職務に励む彼女を傍で支える日々。

 奇跡を起こせと言われ、人や動物の死体を持ってこられるのだ。

 甦らせるたびに上がる称賛の声に、彼女の顔は曇るばかり。

 私が何をしても晴れることはなく、どうするべきかと、そっちにばかり意識が向いていたのがいけなかった。

 誰かが言ったらしい。


 他者を甦らせることができるのだ。

 自身を甦らせることだって、できるんじゃないか?


 止めようとしたが、彼女が大丈夫だからと、青い顔で止めるものだから。

 一瞬の隙をついて彼女は縛られ、燃え盛る炎の中に放り込まれた。

 彼女の絶叫が、耳から離れない。

 耳を塞いで、瞼を閉じて。

 私のせいだ、と何度も口に出していた。

 ……しばらくして、歓声が耳に入る。

 恐る恐る瞼を開ければ、未だ燃え盛る炎から、彼女が歩み出てきた。

 その肌は、一切焼け爛れていなくて。

「奇跡だ!」

 誰かが言った。

「さすが甦りの聖女」

 誰かがそう言って──彼女の腕を切り落とした。

 声にならない声を上げて、彼女が地面に倒れる。そのまま、両足も切り落とされる。

 傍に行こうとする私を、教会に与する騎士が数人で押さえ込む。

 所詮は偽物の騎士、私にはどうにもできず。

 四肢を取られた彼女は、そのまま炎の中に戻され──。


「──────────!」


 私の喉が嗄れる頃には、炎から、何かが出てくる。

 歓声は、上がらない。

 誰も声を発しない。

 出てきたのは──彼女と同じ色の髪と瞳をした、赤ん坊のみ。

「聖女は……聖女はどうした!」

 炎に水を掛けて鎮火しても、骨の欠片も見当たらない。

 何なら、切り落とされた四肢も、どこかに消えていた。


 その後、赤ん坊を炎の中に入れてみたりもしたが、赤ん坊は赤ん坊のまま。

 甦りの聖女、エクレアが戻ってくることもなく。

 結局、彼女が生んだ娘として赤ん坊を育てることになり、出生については話をでっちあげることになったと。

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