第5話


 咄嗟に本棚の陰に隠れる。

 扉が開かれると共に聴こえた声。

 それは、筆跡の主と思われる者の声だった。

 何で? 何で? 何で?

 混乱する頭で、せめて黙っておこうと手を口の方に持っていこうとして、片手にランプを持っていることに気付く。

 暗い蔵書室の中で、私のいる辺りは、仄かに明るくなってるはずで……。


「ショコラ様、そちらにいらっしゃるのですね?」


 声の主がそう言うと、ぽす、ぽす、とカーペットを踏み締める音が近付いてきた。

「……ぁ」

 思わず床にへたりこむ。

 怖い。

 怖くて怖くて、仕方ない。

 それは毎日聴いている声。

 だけど今日は、いつもと違って聴こえる。

 あんなものを見てしまった後では……。

 いや、内容の意味は分からないけど──分かりたくないから怖い。

 来ないで、来ないで、来ないで、


「来ないで!」


 そう叫んで、瞼を閉じた。

 このまま眠ってしまえ。

 全部夢になればいい。

 だって、

「ショコラ様……?」

 声の主が、足を止める。

 私のすぐ傍で。

「……ねぇ、どうして?」

 震える声で、問うてみた。


「どうして敬語なの、ヴァレン」


 いつもあんなに、気さくに話し掛けてきてくれるのに。

 何で、今はそんな、堅い口調で、冷たい声で。

「……それはですね」

 相手がしゃがみこんだらしい、衣擦れ音がした。

「今夜であなたとお別れだから、せめて最期くらいは、ちゃんとしておこうかと」

「なっ……!」

 最後って、何──。

 思わず顔を上げてしまったのが、運の尽き。

「……っ!」

 一瞬で頭を掴まれ、そのまま後ろの本棚に強く叩きつけられる。

 何度も、何度も何度も──何度もっ!


「おやすみなさい、ショコラ様」


 永遠に。

 そんな声をさいごに──私の意識は途絶えた。

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