第4話


 この屋敷は私の為に建てられたものではなく、ずっと昔に没落した貴族から、教会が買い取ったらしい。

 色々な聖女候補がこの屋敷で過ごしており、そうした彼女達の私物や、教会から送られてきた書物、それに元の持ち主であった貴族が集めたものが、蔵書室にはたくさん収められている。

 生まれた時からこの屋敷で暮らしているが、未だに全ての蔵書を読めてはいない。

 本棚は、壁という壁に設置されているのはもちろん、中央にも四つ並べられ、天井スレスレの高さまで収納でき、どこもかしこもみっちり本が入っている。

 読書は好きだけど、一応聖女として認められる為の修行もしないといけないから、ずっと本を読んでいるわけにもいかない。

 それに私には難しい本もあるしね。

 色褪せた背表紙だって、見覚えがなければ心踊るもので。

 さて、今日は何を読もう。

 ランプを片手に持ち、深緑のカーペットを踏み進みながら、持っていく本を物色している時、

「……あれ?」

 本が一冊、棚から飛び出ていた。

 私はいつもちゃんとしまってるし、私以外もここには入れる。

 誰かがやったんだろうなと思いながら、飛び出た本へと近付いていく。

「……?」

 背表紙には何も書かれていない。

 そういう本も、あるにはあるけれど、何となく気になって、手に取った。

 表紙にも何も書かれていない。

 何だろう、これ。

 好奇心がむくむくと沸き上がり、気付けば私は、本を開いていた。

 適当にパラパラと、ページをめくっていく。


◆◆◆


 エクレア。

 君を失って、どれくらい経っただろう。

 君と入れ替わりにここにいるあの子は、すくすく普通に育っているよ。

 風になびく髪とか、口を大きく開けて笑う姿とか、私に返事をする時の声だとか、まさに君そのもので。

 でも、私に向ける眼差しだけは、まるで違う。

 いつも、何か言いたそうで、何も言わなかったな。

 君との違いを探すたびに、私は君を探しに行きたかった。

 けれどエクレア、あの子のことは、君に託されていたんだ。そんなことはできるはずもない。

 そんな時は、君を憎んで、君に会いたくなったよ。


 エクレア。

 君の傍に付き従ってきた者として、許されないことをしてしまった。

 それでも、私は、もう一度君に会いたかったんだ。

 そんな心の弱さを──魔女に付け込まれてしまった。

 君が傍にいた頃なら、喜び勇んで斬り捨てたものを。

 エクレア、甦りの聖女よ。

 ──私はきっと、君を甦らせてみせるよ。

 君が私を甦らせてくれたようにね。


 エクレア。

 ついに魔女が、やってくれたよ。

 足りない君の■■を見つけてきてくれたんだ。

 もっと■■を見せろと要求してきた教会の連中によって、■■■■■■てしまった君の■■。

 ようやく、ようやく全て揃った。

 これで君を、甦らせることができる。

 ただ、魔女も魔女で、準備があるそうで、少し時間がかかるんだ。

 ■■■■■で■■■しまったからね、■■■■■には特別な■が必要なんだ。

 準備ができたら、合図を送ってくれるらしい。

 待っていてくれ、エクレア。

 もうすぐ、だからな。


◆◆◆


 ランプを落としそうになって、そっちを庇ったら本を落とした。

 拾うことは、できそうにない。

「……っ!」

 何て書いてあった?

 何て、書いてあった?

 エクレア。──エクレア?

 その名前は、だ。

 何で、この本に母の名前が?

 というか、そもそも……そもそも、この本の筆跡……。


「こちらにいらっしゃいますか、ショコラ様」


 そんな声と共に、扉が開かれた。

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