第3話


 部屋に戻ってすぐ、ベッドにダイブした。

 シンプルな白いドレスが乱れるけれど、どうでもいい。

 教会の人間と似たような服なんて、すぐにでも脱ぎ捨てたいけど、疲れてしばらく動きたくない。

 ちょっとだけ、後もうちょっとだけ。

 ……このままずっと、眠っていたい。


◆◆◆


 私は聖女の娘。

 それも、特別な聖女の娘らしい。


 世の為人の為、誠心誠意尽くし、その上奇跡とも言えるようなことをすれば、教会から二つ名を与えられる。

 奇跡はどんなことでもいい。

 雨を降らしてみせたとか、種を埋めて一晩で作物を実らせるとか、死人を甦らせたとか。

 私の母は、甦りの聖女と呼ばれていた。

 老若男女、身分も関係なく、時に動物すらも、息を吹き返させることができた。

 身体の部位が欠損してようと、肌が焼け爛れてようと、甦った時には全部元に戻っていた。

 これを奇跡と呼ばずして何と言うべきか。

 教会からの待遇は良かったらしいが──母は、そんなものよりも、自身の恋を選んだ。

 駆け落ちして、でも半年もしない内に二人は見つかり、父はその場で殺された。

 戻ってきた母は妊娠しており、甦りの聖女を死なせないよう教会の人達は手を尽くしたそうだが、結局母は私を遺して……。

 生まれたのは娘、それも白い髪に赤い瞳と、珍しい色を持った特別な娘。

 そんな娘が、母から聖なる癒しの力を受け継いでないわけがない。

 ……なんて、気付いた時には嫌なプレッシャーを掛けられていた。


 だけど、どうだ。


 私にできることは、枯れかけた花を元に戻すことのみ。

 母のような奇跡を起こすことは絶対にできないし、傷を癒すことも、手折られた花や完全に枯れた花を元に戻すこともできない。

 教会の人達はやきもきしてることだろう。

 奇跡の聖女の娘が、この程度だなんて。

 今は、聖女候補と同じような待遇だけれど、あと二年したら、私は十五歳になる。

 この国では、十五歳で成人と認められる。

 そうなったら、婿でも宛がわれて、聖女の孫を望まれるんじゃなかろうか。

 ……その相手は、ヴァレンだったり。

 別に嫌いではないけど、そこまでの好意はない。

 それにきっと、娘を生んだらすぐに引き離されるだろうし、息子を生んだら……。

 ──私の人生って、何だろう。


◆◆◆


 どれだけ眠ってただろう。

 窓の外は、確かまだ青かったはずだけど、今はオレンジ色に染まっている。

 そろそろお夕食の時間だ。

 準備ができたら誰かしら呼びに来るけど、日によって時間はまちまち。

 暇潰しに本でも読もうかと思ったけど、部屋にあるのは最近読み終わったやつばかり。

 新しいの読みたいな……。

 いつ、誰が来るかも分からないけれど、すぐだからと誰にともなく言い訳して、蔵書室に向かった。

 ──それにしても、カラスの声がうるさいな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る