第2話


 教会の人達は、少ない聖女を少しでも早く補充する為に、日夜聖女候補を探している。

 貴族の娘や商人の娘、町娘に村娘、奴隷の娘でも、癒しの力を持っていると知られれば、強制的に教会の人によって拉……保護される。

 生まれも気にせず集めているわけだけど、例外的に、癒しの力が見られなくても保護される子供もいる。

 たとえば──聖女の娘とか。

 蛙の子は蛙、ということで、教会の監視下の元、普通の聖女候補と同じく、人里離れた場所にて育てられる。

 母親である聖女が生きていたら、母親の傍に置いて、力が遺伝されているか様子を見るが……。

 大抵の聖女は日々酷使されているので、若くして死ぬことが多く、そもそもストレスで妊娠できないことがほとんど。

 妊娠できても、臨月まで身体が持たなかったり、出産に耐えられず……ということもある上に、聖女の娘だからといって、必ず力が遺伝してるわけでもない。

 何の力も宿してないこともあるし、なんなら息子が生まれることもある。

 一人の聖女だって欠けさせるわけにはいかないので、教会が積極的に聖女に子供を作らせることはないが、聖女だって一人の女性、誰かと恋をすることもある。

 その末に娘が生まれ、聖女が産褥で命を落とせば、遺された娘は教会で育てるしかなく……。

 乳を与えながら、おしめを替えながら、娘にしきりに言うのだと。


 あなたは聖なる女性の娘。

 だからきっと、その力を受け継いでいるのです。

 大きくなったら、世の為人の為に、働かなければいけないのですよ。


 おぼろ気ながらそんな記憶があるのが気持ち悪い。

 そんなことをしてまで、何の力もなかったらどうしてたのか。

 ついでに生まれてたのが息子だったらどうしてたのか。

 ……面倒な所に生まれてしまったなー、なんて呟きは、心の中に留めておいた。


◆◆◆


「毎度毎度、懲りないですねー」

 部屋に戻る最中、執事見習いのヴァレンに話し掛けられた。

「月に一回でしょう? ご苦労様です、ショコラ様」

 くすんだ金色の短い髪を掻き乱しながら、彼はへらりと笑い掛けてくる。

「少し前までは半月に一回だったし、これでも減ったのよ」

「うへー」

 ヴァレンは、私より三つ年上の、十六歳の少年。

 聖女候補が暮らす場所に、若い男がうろついているのはどうなのかと思うけど、ヴァレンは、教会に多額の寄付をしている貴族の家の出らしいので、一応身元が分かるからいいのだろう。

 教会も微妙に、諦めが悪い。

「それにしてもヴァレン、私に話し掛ける暇があるの? 早くお片付けに行かないと、あなたの上司に怒られてしまうんじゃない?」

「挨拶をするくらいなら別に構わないでしょうよ。言われなくてももう行きますし」

「……でも、もう遅いかもしれない」

「へっ?」

 彼の背後を指差すと、ヴァレンはゆっくりと、後ろを振り返る。

「うへー、とか言ってた時には、いらっしゃったわよ?」

「……」

 無表情だった。

 ヴァレンもそう変化したけど、彼の背後、壁の突き当たりから顔だけを出している初老の男もそうなのだ。

 切れ長の瞳だから、初対面の人間からしたら睨んでるようにも見えるけれど、眉間に皺が寄ってないから大丈夫。

 多分。

「……ロランさん、これは、その……」

「ヴァレン」

「は、はいっ!」

「……庭に落ち葉が溜まっている。それも片付けるように」

「応接室の片付けが終わったらすぐにやりますっ!」

 ヴァレンの返事を聞くと、初老の男は顔を引っ込めた。

 彼はロラン、私が暮らす屋敷の執事をしている。

 寡黙な人で、いつの間にか後ろにいる、なんてことがよくあった。

「……はぁ、本当に心臓に悪い」

「怒られなかっただけ良かったじゃない。ロランさん、わりと良い人でしょ?」

「……まぁ、確かに」

 屋敷の使用人達の休憩時に、月に何度か、甘い物を差し入れてくれたり、

 使用人の誰かがミスをした時も、過度に叱りつけることもなく、淡々と窘めながら手伝ってくれる。

 私もたまに、執事から一口サイズの甘い物をもらうことがある。

 他の人には内緒ですよ、なんて言いながら。

「そいじゃあ、俺はそろそろ片付けに行きますよ。ゆっくりお休みください、ショコラ様」

「うん、そうさせてもらう」

 そう言って私達は別れ、私は部屋に戻った。

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