甦りの聖女

黒本聖南

第1話


 この世には、聖女という存在が必要らしい。


 誰かが患う重い病を治したり、

 反対に痛みもなく安らかな永遠の眠りを与えたり、

 作物が育たない畑に力を注いで癒したり。


 既に何人かの聖女が存在し、各地でそれぞれ活躍しているらしいけど、まだまだ足りないみたい。

 一つの場所に一人の聖女、そんな配置がほとんどで、そうなると全ての負担が一人の聖女にいくことになる。

 所詮は人の身、頼られて力を行使していくことで疲労は溜まり、倒れてしまう者も。

 ──聖女なら、自身の力で自分を癒せばいいんじゃないか?

 そんな酷いことを言った者が何人かいたそうだが、何故か相次いで死体で見つかるようになったので、誰もそんなこと言わなくなったらしい。

 そういう状況なので、人々は、そして聖女達も、新たに聖女が現れることを、日夜祈っていた。


 聖女は教会の預かりになっており、教会は現存する聖女の保護、新たな聖女の育成、聖女候補の監視等をしている。

 癒しの力を持っていたら聖女候補とされ、

 教会が人里離れた場所に用意した建物に隔離され、

 そこで力の鍛練をさせられ、

 聖なる力があると認められたら聖女と認められ、

 聖女を必要としている場所に送られる、と。

 ──聖女候補が聖女と認められる為にはどうするか?

 言うのは簡単、するのは難しい。

 道徳的にどうなのか、という方法だ。


◆◆◆


「さぁ、ショコラ。今日こそ君の力を見せておくれ」


 そう言って、男が指差す先には、矢が腹に深々と刺さったリスが横たわっている。

 袋から机の上に出されたばかりで、既にこの状態だった。

 呼吸が弱々しい。もう間もなく、止まってしまいそう。

 ……私が何もしなければ。

「君が怠けてないのはよく知っている。枯れかけの花を元に戻すことができたんだろう? それも何度も。なら、このリスを癒すことだってできるだろう?」

 植物と動物を一緒にされても。

 溜め息が出そうになるのを我慢しながら、男を見る。

 雪でも被ったみたいに真っ白。……私も白いドレスを着ている上に、髪も白いから、人のことは言えないけれど。

 フードの付いたローブを身に纏っていて、目が隠れるくらい深々とフードを被っている。

 露出した口元は弧を描いていて、それはいつも通り、嫌らしさを感じた。

「さぁ、早く救うんだ」

「……」

 これでもう、何回目だろう。

 今回はリスだけれど、鳥やネズミの時もあるし、このリスよりも酷い状態の猫を連れてこられたこともある。

 私はどの子も、救うことができなかった。

 私にできることは、枯れそうな花を癒すくらいで、それ以上のことは何もできない。

 瀕死状態の動物を救う術は持ち合わせてないと、何度言えば分かるのか。

「できません」

「それはもう何回も聞いたよ。でも、やってみてくれ。やれば案外できるかもしれないよ」

「前回も前々回もそう言われてやってみましたが、できませんでしたよね?」

「今回はできるかもしれないだろう? いいから、やるんだ」

「……」

 基本的に、教会の人は話が通じない。

 少しでも癒しの力を使えたら、その人は聖女になれる。

 何がなんでも力を鍛えさせて、現地の困ってる人達──教会の信徒達を救ってもらいたい。

 それで教会の地位をもっと上げたいと、そんなことしか考えてないのだ。

 こっそり私腹を肥やす為か、本気で神の力を信じているのか。

 どっちにしろ、私の力を調べる為に、動物にこんなことをする人達を、私は信じたくない。

 自分の力を、生まれを呪いたい。

「さぁ、ショコラ」

 男の声に若干の苛立ちが混じっている。

 仕方ない、言われた通りやるしかない。

 溜め息を堪えて、机の上のリスに手をかざし、植物を癒す時みたいに、念じてみる。

 治れ、治れ、治れ。

 それだけ、それの繰り返し。

 口には出さずに心の中で、心臓から指先に向けて、淡い緑色の光に包まれていく様子を、頭に思い浮かべながら。

 植物なら、しばらくこうしてると、目に見えて変化していくけれど、

「……っ」

 リスの変わった所と言えば、呼吸が止まったことくらい。

「……また、ダメか」

 男は溜め息混じりにそう言うと、傍に控えてた人にリスを片付けるよう命令して、「また来るよ」と私の目を見ずに言いながら、部屋から出ていってしまった。

 嫌な時間はこれでお仕舞い。

 我慢していた溜め息を、そこでやっと吐けたのだった。

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