第5話


 私がこのカメラアプリを入れてからちょうど一年近くになったとき、ライバルさんの写真のアップロード間隔が次第に長くなっていきました。私との対決に飽きてきたのかな、それとも写真を撮ること自体飽きてきたのかなと心配になりましたが、私は短い敗北宣言メッセージ以外送らないと決めていたので、なんとも言えませんでした。


 そして、私の写真に対してメッセージが送られてくることも、だんだん少なくなってきました。


 私なんかの写真に劣等感を覚えることがすくなってきたのかもしれない――そんな可能性もあります。


 私は、何も言えませんでした。


 そしてアプリを入れてからちょうど一年経ったとき、ライバルさんからメッセージが届きました。それは、いつもの敗北宣言メッセージではなく、長めの文章でした。



 「今まで、僕との対決に乗ってきてくれてありがとう。

  君からメッセージが初めて届いたときは驚いたよ。

  いきなり何を言ってるんだってね。


  だけど、しばらくして気づいたよ。

  この人は、写真に対して本気なんだなって。


  だから、思わず自分が負けたと思った写真に対して、

  悔しいという感情を抑えきれなかったんだなって。


  それに気づいてから、僕は君の写真を探したよ。


  こんな風に思う人だ、きっと僕よりスゴイ写真を

  撮ってるはずだってね。


  そして、その予感は的中した。


  君の写真を見つけたとき、僕は負けたと思ったよ。

  君は僕に対して悔しいと思ったけど、

  僕は君に対して負けたと感じた。


  面白いよね、似てるけどちょっと違う感想を持ったんだ。

  それから、どういうわけか写真対決をすることになって、

  本当に本当に楽しかったよ。


  そして、残念だ。僕は、もう君と対決できない。

  僕はもうすぐ写真が撮れなくなる。

  おっと早とちりしないでね、死ぬわけじゃないよ。


  腕がね、動かなくなってきてるんだ。

  医者は、いつ腕が完全に動かなくなっても

  おかしくないって言ってる。

  だからね、僕はもう写真が撮れない。


  だから、たぶん君にメッセージを送ることも、

  これが最後になると思う。

  腕がしんどくてさ、このメッセージ打つのも

  めちゃくちゃ苦労してるんだ。


  だからさ、簡潔に言うよ。


  僕の分まで、写真を撮ってくれ。

  趣味でもいい、仕事でもいい。

  君だけの、写真を撮り続けてくれ。

  ずっとずっと、写真を撮ることを楽しんでくれ。

  君は、僕が初めて負けたと感じた人なんだ。


  だからさ、僕の分まで、頼むよ。

  僕はもう君に負けることすら出来ない。

  悔しいよ。君に勝つことも負けることももう出来ないなんて

  でもさ、仕方ない。仕方ないんだ。


  だから僕は、こんな自分を受け入れるつもりさ。

  そもそも、このアプリで写真を撮ろうとしたのも、

  どっしりとしたカメラを持てないからだからね。


  ああ、語りすぎたかな。

  それじゃあ、さようなら。


  君の写真は、少なくとも僕に希望を与えてくれたよ。

  ありがとう」



 私は、泣き崩れました。

 このメッセージを受け取ったとき、私は初めてメッセージを送った公園にいたのですが、涙を止めることができませんでした。


 この人は、自分の腕が動かなくなるという爆弾と闘いながら、私との写真対決をしていたのです。そんな真実を知ったとき、泣かない人がいるでしょうか?


 このメッセージが本物かどうかなんて、判別がつきません。ですが、私は例えこのメッセージの内容が嘘だとしても、彼の気持ちに応えようと思います。


 だって、これが嘘だとしても、私が初めて「悔しい」と思った写真を、彼が撮ったことは、本物なんですから。

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だからずっと、この想いを胸のフィルムに焼き付けよう 玖音ほずみ @juvenilia

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