第4話


 さっきのメッセージを送ってから、他の写真も見れば見るほど自分の心がぐちゃぐちゃになっていくような感覚を覚え、それ以上写真を見ることが出来ず、アプリをシャットダウンしました。


 もちろん、その日はそれ以上写真を撮る気になれず、そのまますぐに公園から出て行って、家に帰りました。


 家に帰ってきて、ご飯を食べて、お風呂に入って、その日はすぐに寝ようとちょっといつもより早めに床につきました。それからしばらくして、私は自分の目の下のあたりが水っぽくべたついてるのに気づきます。


 私は泣いてました。


 私は別によく泣くタイプでも、全然泣かないタイプでもありませんが、こんな風に涙が出てくるのは初めてのことでした。

 泣き始めてから少しの間、どうして自分がこんなにも泣いているのかがわからなかったのですが、しばらくして自分が涙を流している理由がわかりました。


 この日、他人が撮った写真に対して悔しさを感じたからです。


 本当に、本当にこんなこと初めてでした。今までは、友達が撮った写真や、インターネットや雑誌で見た写真を見て、感心したりすごいなぁと感じることはあっても、こんなにも悔しさを感じることはありませんでした。


 なのに、何故かあのカメラアプリで発見した写真に対しては、猛烈な悔しさが溢れ出しました。


 どうしてこんなにも悔しかったのでしょう。

 どうしてこんなにも悲しかったのでしょう。


 それは、今でもよくわかりません。

 自分が理想とする写真を見たから?

 そんな理想的な写真を自分で撮ることが出来ず、他の人が撮っていたから?


 理由としてはいくつも候補があがってきますが、実際のところ、どういう理由であんなにも悔しかったのかはわかりません。結局、自分の記憶を正確に思い出せないように、自分の感情だって正確には理由付けなんてできないのだと思います。

 そうして泣き疲れた私は、いつの間にか眠ってしまいました。


 翌朝以降、私は何か吹っ切れたように写真を撮り続けました。

 また、カメラアプリで見ることが出来た写真に対して、たくさんメッセージを送りました。


 それは感動しましたというメッセージだったり、純粋にこんな写真を撮れるあなたが羨ましいですというメッセージだったり、自分なら違う角度から撮ってみたいですというメッセージだったり、いろいろです。


 そんなメッセージを送ったりしながら、私も写真を撮り続けていると、ある日、「メッセージが一件あります」と言った通知が着てることに気づきました。

 私はあの日以降、写真を撮った後にアップロードできることに気づいて、自分が気に入った写真をいくつかアップロードしていました(写真に表示されてた名前を自由に設定できる機能があることにも気づきました)。


 そういうことをしていたので、もしかしたら私のところにもメッセージが届くこともあるのかな、そうなったら嬉しいけどちょっと怖いなと思っていました。

 そして、実際に私の元にもメッセージが送られてきた日がやってきたのです。


 私は、ドキドキしていました。一体、どんなメッセージが送られてきたのだろう、もしかしたら賞賛の言葉かもしれない、もしかしたら暴言とかかもしれない、そんな期待と不安が入り混じった気持ちでメッセージを開きます。そこにはこんな一言が添えられていました。


 「次は負けない」


 ……どういうことでしょうか。正直言って、わかりません。「次は負けない」? これだけでは全然、何の意味があるのかわかりません。だけれども、そのメッセージを送ってきた人の名前を見て、私は気付きました。


 その人は、私が初めてメッセージを送った人でした。

 そのことに気づいたとき、私は理解しました。


(そうか、私がこの人に対して「悔しい」って思ったように、この人は私に対して「負けた」と思ったんだ)


 その瞬間、私はこの人にとても親近感を覚えました。


(私だけじゃない、私が悔しいと思った人だって、私に対して悔しさを覚えたんだ――他人が何気なく撮った写真に対して、なぜか対抗意識を燃やしてしまったんだ)


 それから私は、この人の写真を探してメッセージを送りました。もちろん、私が心の底からスゴイと思った写真に対してですよ?


「こっちだって負けませんよ」


 私は、顔も本名も知らない・話したこともなければ性格もわからない人を、ライバルだと認識しました。


 それからというもの、私は写真をたくさん撮って、気に入ったものを次から次へとアップロードしていきました。そして、ライバルさんも同じようにたくさん写真をアップロードしてきてたので、その中でスゴイと思ったものに対して敗北宣言のメッセージを送りました。ライバルさんのほうも同じく、私に対して負けたと思った写真に対して負け惜しみのようなメッセージをたくさん送ってきてくれました。


 夏が過ぎ秋が来て、冬になり春になっても、この対決は続きました。写真以外のメッセージは送らなかったのかって? 送りませんでした。だって、私とライバルさんは、写真と、少しだけのメッセージだけで十分わかり合えたんですから。


 私は、今まで生きてきて、この時が一番とても楽しかったです。


 だけど、そんな時間もすぐに終わりを告げます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る