第2話
あの頃、私はスマートフォンにデフォルトで備え付けられているカメラ機能に満足できなくなってきて、いくつかのカメラアプリを試していました。
ですが、どれもしっくりきません。当たり前ですが、大抵のアプリはスマホに備え付けられているカメラ機能よりは使いやすかったり、便利な加工ができるようになっています。だけど、あの頃の私はどれも自分の求めるものと違う、と頬を膨らませていたのです。
思い返すとどれだけ傲慢なんだ、と言った感じですね。エンジョイ勢のくせに、何をそこまでこだわる必要があったのでしょう。
それに本当に上手な人は、自分の手が届く範囲でそれなりに妥協して、その状況でどれだけ自分の理想に近いものを撮れるかを試行錯誤できる人です。それさえわかっていれば、スマホのカメラアプリ程度にそこまで固執する必要なんてありませんから。
しかし、当時の私にそんなこと言っても聞く耳を持たなかったでしょう。ある程度写真を撮る腕も上がってきて、スマホの備え付きカメラに飽きてきた頃ですし、何よりも私がこのような考えを持つことが出来るようになったのは、あの体験をした後からです。あの体験をしていなくても、遅かれ早かれこんな考え方を出来るようになっていたかもしれませんが、少なくともこんなにも早くこの考えに辿り着くは出来なかったでしょう。
そして、そんな意固地になってる私の目に留まったのは、とあるカメラアプリでした。
そのアプリは使用者レビューは無し、アプリ説明文も簡素なもので、普通ならダウンロードすらしようとしないようなものでした。
だけれども、私は惹かれました。なぜかって? それはそのアプリの説明文が、とても気になったからです。
「映したものを、人の記憶に残し続けるためのアプリです」
ああ、なんて素晴らしい説明文なんでしょう! 思い出すだけでも、この説明文を初めて読んだときに身体中に走った電撃が、また私を震えさせてしまいます。
〝記憶に残し続けるため〟――まるで、私のためにあるようなフレーズではありませんか。
そうです、私は残し続けたい――私が美しいと思ったもの、素晴らしいと思ったものを、人の記憶に残し続けたい!
だけど記憶というものは曖昧です。建造物や電化機器が経年劣化するように、人の記憶だって経年劣化していきます。
……いえ、経年劣化するだけならまだマシかもしれません。最悪なのは、その記憶が美化されていくということです。美化というのは「あれは美しかったなぁ」とか「とても感動的だったなぁ」とか必要以上に良いものだったと感じるようになっていくことだけではありません。「クソっ、なんて嫌な出来事だったんだ」とか「最悪だったな、あれは」とか必要以上に悪いものだったと感じるようになっていくことも、ある意味〝記憶の美化〟に近いものだと私は思っています。そしてそこには、当事者の主観しか残りません。記憶というのは時間が経つごとに変化していくだけでなく、客観的にどういうものだったか判断がつかなくなるものです。
私は自分が感動したものは写真に収めて、いずれ私の記憶が経年劣化を起こした後でも、写真を見ること・他人に見せることによって客観的にどうなのかを判断し直せるようにしたい――そう思ってるから、私は写真を撮り続けるのでしょう。
だからこそ、私はこのアプリに、このフレーズに惹かれました。
もちろん私は、このアプリをダウンロードしました。もしかしたらこの説明文は、私のような人を釣るために書かれただけで、アプリそのものは普通のカメラアプリと変わらないのかもしれないという懸念はもちろん浮かびましたが、自分が直感的に惹かれたアプリです。それまで自分のメガネに合うカメラアプリに出会えなかったのもあり、私はとにかく試してみようと思ってアプリをダウンロードしました。
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