第5話
「王様!」
人のすっかりいなくなったロビーでアルド達が王を迎えた。裏方を担っていたのか、出演していないはずの仲間たちもいる。
「ありがとうございました!王様のおかげで、最高の芝居が出来ました!」
「良いのだアルド。貴殿のおかげでかなりの額が集まった」
「え?」
きょとんとしたアルドに王様がにっと白い歯を見せて笑う。
「寄附金をな、出口で募ったのだ。観劇にくるのはおおかた生活に余裕のある貴族や商人だ。ふふ、皆この芝居にかなり満足したようだ。乗せられて大金を吐き出したものも多い。領土の税金を減らすという署名まで出てきたぞ」
「お、王様……」
不敵な笑みにアルドがちょっと気圧される。人のいいアルドは王が完全な善意で出演してくれていたものだと勘違いしていた。
「この金は出演料として全額私が頂こう。良いな?」
「えっも、もちろんいいですけど……」
「そして我が家の修繕に充てる」
微笑んだまま、王様は腕を組んで目を閉じた。
「我が家……?あ!お城か!はいそれはもう、すぐに直した方がいいと思います!」
依頼で何度か詰所に出入りしているアルドは素直に首を縦に振った。城は王様だけの自宅じゃない。兵士たちの職場でもあるし、それを見上げる国民たちのためにも一早く直すべきだろう。というか他の国ならいの一番に修復しているような気がする。
「はっはっは!市井の復興を優先していたらすっかり遅くなってしまった。娘が帰ってきたときに部屋が崩れていてはまた出て行ってしまうからな……そろそろ直さねば」
と、姫の話が出てきたのでいつもの姿に戻ったベルトランが腕を組んで前に出てきた。
「我が君、このようなお戯れは金輪際おやめ下さい……本当に」
あたり前だがものすごく怒っている。代えの効かない国の代表たる王が、たかが芝居にその身を危険に晒したのだ。臣下としては当然だ。
「うわ……怒ってる……で、でも!ベルトランがいてくれて良かったよ!おかげで芝居は大成功だ!」
「アルド……」
深々と刻まれた眉間の皺の奥で、ベルトランは練習の日々を思い出していた。
『我が君……後生ですからこのような戯れはお辞めください』
演者同士の昼食の場で、ベルトランは最早お決まりとなった台詞を今日も吐き出す。口調は真剣を通り越してそろそろヤケクソに近い。
何度言っても王がやめない。まったく言うことを聞いてくれない。アルドも聞かないし魔獣王も全然言うことを聞いてくれなかった。
『そう毎日言ってくれるな。凄腕の傭兵なのだろう?頼まれた仕事はきっちりこなしてくれ』
『我が君……しかしあの盾と鎧は……』
『む。私を護るのに手を抜こうというのか』
『いえそれだけは有り得ませんがしかし……』
『頼むよベルトラン。そのマントじゃ王様は守れても客席が吹っ飛んじゃうよ』
『だからその危険な技をやめろと』
『ゴチャゴチャうるさいぞ貴様。臣下なら黙って王を守れ。言っておくが俺は手加減しないぞ』
『…………はあ……』
そんな調子で昼食の時間は胃が痛いだけだった。せめて他のスタッフもいれば、このトンデモ共を止められたのではないかと思ったが無駄だった。
「はっはっは!いい近衛隊長だったじゃないか。娘とのおままごとで鍛えた演技力、なかなかの物だったぞ」
その言葉に今までこなした数々の役を思い出したのか、ベルトランはさらに眉間に皺を寄せた。
「……元です。姫様には随分いろんな役を与えられたものですが、辞めた職を再びやらされるとは思っておりませんでした……」
「現実でもどうだ?」
「……今はまだ」
急に歯切れの悪くなったベルトランだが王の調子は変わらない。
「そうか……まあ、ラキシス曰く騎士団はいつでも優れた兵士を募集しているそうだ。気が向いたらいつでも新兵募集窓口に行くといい」
「そうですね……最初からやり直すのもいいかもしれません」
「……お前は本当に冗談が通じないな」
「?」
その経歴と強さで新兵は流石に無いだろう。周りがやりづらくてしょうがないぞと思ったが、ベルトランは本気で雑兵からの再出発を考えてしまったようだった。
「……というか、ラキシスが出るなら俺はいらなかったのでは」
「はっはっは、それこそ冗談だろう。あのブレスはお前でなければ防げなかった。あやつは矛だ。盾ではない。」
「……だからあれは一国の主が芝居で受けていい攻撃ではないのですが」
出演を内緒にしていた元同僚への怒りがこちらに向きかけたので王は急いで話を戻す。
「ラキシスならもう仕事に戻ったぞ。私が無理を言って頼んだのだ。リアリティが大事だからな、アルド」
「え!?は、はい!最初は幼馴染みのノマルに頼むはずだったんですが……あのほうが良かった気がします」
「そ、そんな……!一生懸命練習したのに……!やっぱり僕なんかじゃ……」
穏やかに笑うアルドの後ろで後輩がショックを受けて肩を落とす。元より「鎧だから」というだけで兵士役をやらされる予定だったのだ。アルドはそういうところがあるから気にするな、とダルニスがノマルの肩を叩いた。
と、リィカの目が突然光った。
「アルドサン、舞台の撤収が完了したとヘレナサンから通信が入りマシタ!」
「そうか、ありがとう。それじゃあ……」
「ああ、芝居は大成功だ。発案者のアルドに締めてもらおう」
視線の先の王様はにっこりと微笑んでくれた。アルドはそれにうなづき、スタッフ全員に向き直った。満面の笑みで喜びを伝える。
「みんなお疲れ様!今までで最高の芝居ができたよ、ありがとう!」
先ほどの観客の声にはとても及ばないが、その場の全員から拍手と歓声が上がった。
「俺、今回たくさん練習して気付いたんだ。何かを一生懸命やるのって、それがどんな事でもただの自己満足じゃ終わらないんだなって……。この芝居も、最初はなんかこのままじゃ気持ち悪いからなんとかしたかっただけだったけど、いろんな人に話を聞いて、皆とたくさんの時間を過ごして、大勢の人に助けてもらって俺だけのものじゃなくなった。良いものを作るために喧嘩をしたこともあったし、練習に熱が入りすぎて怪我をしたこともあったけど、それでも、最後はこんなに皆が楽しんでくれる劇ができた!俺はこの芝居ができて、皆とやれて本当に良かったよ。ありがとう!!」
いいぞーアルド〜!俺たちも楽しかったぞ〜!とそこら中から声が上がる。
さりげなく良い役をこなしたヴァルヲも、アルドの足元で誇らしげに尻尾を振る。
「もう二度とこんな良い芝居は出来ないかもしれない。だけどここまでのすごい物が作れたんだってことを、皆それぞれ忘れないでいよう。そしたらきっとまた何か新しい物が出来ると思うから、その時はまた、俺に力を貸してくれ。また皆で楽しもう!それじゃ……アルド一座はこれにて解さ」
「ちょっと待った〜〜〜!!でござる!!」
「サ、サイラス!?」
解散と言おうとしたアルドを口を菱形にがっと開いてサイラスが大声で止めた。
「アルド……お主今、言うに事欠いて解散と申したか!?」
「え!?そうだけど……?だってもう、全部終わっただろ?」
それを聞いてサイラスは驚くほどに喉を膨らませた。
「ッカ〜〜!!いかんいかん!アルドは何にも分かっとらんでござる!皆で事を成したならば、当然やるべきことがござろう!」
「や、やるべきこと!?あ、後片付けとか……?」
「あら、それはもう終わったと連絡したはずだけど……」
劇場から飛んできたヘレナがすとん、とその場に着地した。
「ええ?じゃあなんだ……?何にも思いつかないぞ?」
「ムムム……なんたる不束者!ここまで来たらすでにピンと来ている御仁も多いでござろう!その方らだけでもご唱和あれ!あこの後は!一同で!」
「「「打ち上げだーーーー!!」」」
気の利かないアルドの代わりに誰かが貸し切っていたらしく、王都の片隅の小料理屋で宴会が始まった。幻のNGシーンの思い出に花を咲かせる者、美酒に舌鼓を打つ者、次の舞台の構想で盛り上がる者、美人の女将をダメ元で口説く者。舞台の書籍化に向けて支配人と打ち合わせをしている者までいた。皆、思い思いに楽しい時間を過ごしている。
端の席で念入りに吹いたホットミルクを飲む兄に、フィーネが明るく話しかける。
「お疲れ様、お兄ちゃん」
「フィーネ!……ごめんな、無理言って」
「ううん、良い芝居が観れて良かった。きっとこの国の人たちの為にもなったよね」
「ああ……直接見れなかった人にも、きっと良いことがあると思う。やって良かったよ」
アルドの心からの笑顔にフィーネは心底ほっとした。アルドお兄ちゃんは優しすぎて、自分を省みないことも多い。エデンのことはもちろん放っておけないけれど、それでもフィーネはアルドの願いを叶えることができて良かったと思った。アルドお兄ちゃんだって、幸せになって良いんだよ。
「ふふ、お兄ちゃん。それじゃあやるべき事に戻ろうか」
「そうだな。俺たちが本当にこのあとやるべきなのは、お祝いじゃなくて……」
「うん、エデンお兄ちゃんを救いに行こう!」
「ああ!」
舞台でも、映像でもゲームでも、ドラマは心を温めてくれる。その熱こそが人の世を、幸せを、未来を作っていく原動力だ。そこには事実も虚構も区別がない。ただ真剣な想いだけが、人に伝わり動かしていく。次のドラマを生んでいく。途切れないバトンが遥か昔から遠い未来へと繋がっていく。
劇場を後にし、アルドの旅はまだ続く。そこにはこれからも、いくつものドラマが生まれていくだろう。時空を超え、海を跨ぎ、3つの大陸を走り続ける。私たちの心を何度も熱く温めながら……。
Quest Complete
真・ミグランス城の戦い ちー @chisa925127
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