第3話
それから数週間、アルドたちは脚本に改良を重ね、台本を作り、演技を磨き続けた。
「舞台の上で戦う練習も必要だよな……」
「ふふ……まさかこんな形でお前と再戦することになるとはな」
台本にはさすらいの剣士と魔獣王が戦う筋がある。万が一にも仲間に怪我を負わせないよう、ギルドナとアルドはよくよくタイミングを合わせる必要があった。
まだ練習のため、2人が手に持っているのは自分の剣と同じ長さの木の棒だ。
「よし、やるぞ!」
アルドの素早い剣技をギルドナが腕力で受け止める。呼吸の切れ目を見逃さずに放ったギルドナの大振りを今度はアルドが身軽に避ける。
「ふん……生意気な」
何度か剣を合わせたあと、一向に動かぬ展開に痺れを切らしたギルドナがアルドの刀身を握った。
「わっ!ギ、ギルドナ!掴むのは無しだぞ!」
「いいや、このくらい派手な方がいいだろう」
「えっ……うわ!」
そのまま引き寄せ、反対の手で相手の胸ぐらを掴んで放り投げる。なんとか受け身を取ったアルドがすぐに身を起こして怒った。
「酷いじゃないか!……あれ?あんまり痛くないぞ」
「怪我をさせないアクションの練習だろう。立て、もう一度だ」
「ギルドナ……」
良かった、とアルドがほっとした表情を見せる。これなら王様と練習させても大丈夫かもしれない。人間の常識が通用しないことがたまにある魔獣たちだ。確認もせずに相手をさせて王様に怪我でもさせたら最悪斬首……にはならずに済みそうだ、と安心した。
「よし!もう一回やろう!」
「おーい!ダルニスー!ちょっとこれ運ぶの手伝ってー!」
「ああ……これを塗り終わったらすぐに行く」
舞台係を務めるメイがぶんぶんトンカチを振りながら叫ぶのに美術班のダルニスが眉をしかめずに応える。バルオキーの兄貴分である彼は、幼馴染みのほんのちょっとガサツな挙動によく慣れている。
「はあ……はあ……こ、これ……!ど、どうしたらいいですか……?」
「おーっすノマル!搬入ありがと!じゃ、今持ってきたやつ全部庭に運んで!」
「ええ!?ぜ、全部ですか!?そんな〜!」
兄貴分がいれば弟分のノマルも手伝いに駆けつけていた。弱気だが、なかなかガッツがあるのでこのようにコキ……重宝されている。
「みんなー!ご飯だよー!」
「やったー!フィーネありがと〜!」
皆の妹・フィーネも、今回は舞台に上がらないので裏方を手伝っている。今日のご飯は彼女の特製サンドイッチだ。作業スペースの端を片して、地べたに直接座るのがまるでピクニックのようだった。
「んん〜!お〜いし〜!!」
たっぷり野菜にふんわり卵を歯触りのよい固めのパンで挟んだサンドイッチは王都ユニガンの料理にも劣らぬ絶品だ。素朴な味わいにバルオキーカマスの塩漬けペーストの特製ソースがキラリと光る。作業の合間に簡単に食べられるようにと考案されたそれは少ししょっぱめに作られていて、力仕事で汗をかいた皆の舌にはピッタリだった。
「久しぶりだな……こうして皆で飯を食うのは」
「そうだね〜なんか子供に戻ったみたい!」
「うん!私、すごく楽しい!」
「で、でも、アルド先輩はいないんですか……?」
サンドイッチを持ったままキョロキョロするノマルにフィーネが笑顔で答える。
「お兄ちゃんは役者の皆と話し合いをしながら食べるって」
「……アルドのことだ。根を詰めすぎていないか心配だな」
腕を組んだダルニスにもフィーネは笑いかける。
「それがね、騎士役の人がすっごく真剣だから、お兄ちゃんはむしろ力が抜けるみたい」
「へ〜!そうなんだ!」
「王様に何かあったら大変だって、今から役に入り込んでるみたいだよ!」
「舞台に立つのはアルドと魔獣王と王にその騎士か……苦労が絶えないだろうな」
「ぼ、僕には絶対ムリ……」
「私もパース!」
なんて盛り上がっていると、アルテナが少し離れた位置から話しかけてきた。
「あの……キノコウメのスープを作ったんだけど……私も一緒にいい?」
「アルテナ!」
「いいよ〜!おいでおいで〜!」
明るく手を振るメイと、すっと腰を浮かせて座る場所を作るダルニスを見てノマルがあたふたした。
「わっ!ぼ、僕……お茶取ってきます!」
フィーネとダルニスの間に座ったアルテナは少し複雑な顔をする。
「……怖がらせちゃったかな」
「ううん、大丈夫!ノマルさんはいつもあんな感じだよ」
「そうそう、臆病だけど優しいやつなんだ〜」
「……とはいえ、まだ気の回らないところも多い。俺もカトラリーを取ってこよう」
「あ……」
アルテナのお礼を聞く前にダルニスはさっと立ち上がって行ってしまった。
「ダルニスさんはいつも行動が早いんだよ」
「そうなんだ……皆のこと、よく知ってるんだね」
「子供の時から一緒だもの。アルテナも、もっと仲良くなろうね!」
「……うん!」
フィーネの優しい笑みにアルテナも表情が和らぐ。まだ親友以外の人間と接するようになって日が浅い彼女はかなり緊張していたようだ。
「いーねいーね!舞台が完成したら、皆もっと仲良しだよね!楽しみだな〜!」
メイの明るさにフィーネとアルテナはまた笑った。
一方、城下町ユニガンにて……
「さあさ皆様お立ち会い!これよりお見せ致しまするは東方の剣技!真剣を使った!あ、チャンバラでござい〜!」
「コンバットモード発動。KMS社の誇るソーシャルヘルパー、リィカがお相手させて頂きマス!」
刀と槌が火花を散らす中、カエル男とロボ少女……もといアンドロイドの戦闘に集まってきた人々にヘレナとエイミが劇のチラシを渡していく。
「戦闘シーンも盛り沢山!ド迫力の舞台をお届けするわ!」
「わ〜!お芝居やるんだ!楽しみ〜!」
「……まあ、暇つぶしにはなると思うわ。豪華ゲストを見逃さないで」
「豪華ゲスト?楽しみじゃの〜!」
「いたぞ!魔物だ!」
と、順調に配っていたところに衛兵たちがやってきた。サイラスとリィカを見てすぐに槍を構える。まあ、当然だ。
「ちょっと待って!許可は取ってあるわ!」
「城下に魔物を放す許可など誰が出すか!ひとまず大人しくさせろ!」
魔物ではないのだが、彼らを初めて見た兵士のためにエイミがとりあえずサイラスとリィカを止める。これからが良いところなのに、とサイラスは膨らみリィカは目を赤くした。
「本当よ。私たち、お芝居の宣伝に来たの。これが許可書よ」
「……な!?ラ、ラキシス様のサイン……!?あ、怪しすぎる……お前ら、ここから動くなよ!」
ヘレナの差し出した書状を持って、彼らはバタバタと走っていった。
「うーん……確かに私たち、怪しすぎるわよね……大丈夫かしら……」
「拙者たちのどこが怪しいのでござるか!このようにふんわりと喉の膨らむ悪者などおらんでござる!」
「そうデス!シリアルナンバーもかすれていマセン!ノデ!」
「……普通の人間にはふんわりと膨らむ喉もシリアルナンバーもないからじゃないかしら?」
「お、お前ら……!い、いや……貴方がた……とんだご無礼を!」
ヘレナが冷静にツッコミを入れたところに先ほどの兵士たちが戻ってきた。息を切らして許可書を返すと、今度は集まった人達に向けて話す。
「聞いてくれ!この方々は王に認められし劇団員!国立劇場で芝居をする、アルド一座のメンバーだ!予定を開けられるものは是非観劇せよとのお達しだ!チラシをもらい、この場にいない者にも知らせてくれ!」
「え!王様が?」
「王様のお墨付きなら安心だ!」
「は〜っどうりでよく出来た被り物じゃのお〜」
予想外の加勢にあっという間にチラシがなくなってしまった。
「おお!なんと!」
「集客効果は抜群デス!」
日は高く、時間はまだある。追加のフライヤーを取りに帰ろうとする一行を呼び掛けをしてくれた兵士が呼び止める。
「……貴方がたは……何者なんですか?」
「ん?ラキシス殿は何も言ってなかったのでござるか?」
「……許可書を見せると両のこめかみを指で押さえてため息をつかれていました。『こうなると分かっていたが出さざるをえなかった……王の御命令だ』と。」
「あ、あはは……騎士団長さんも大変なのね……」
「優れたリーダーの思想を実現スル部下は、概ね苦労スル傾向にありマス!ノデ!」
身もふたもないことを言ってクルクルーッと頭部パーツを回したリィカの横で、ヘレナが形の良い唇に笑みを浮かべた。
「心配しないで、私たちは王に認められし劇団よ」
「そうですか……。魔物とカラクリと美女の出る芝居、自分も楽しみにしています!それでは!」
「えへへ、美女だなんて……え?」
良い笑顔を浮かべて兵士は走り去ってしまった。残された一行は自分達がやらかしたことに今更気づく。
「……もしかして、私達が出る芝居だと思われた!?」
そして当日……。観客の集まるロビーに1人、目をつぶって集中していたアルドが前を見据える。セリフも動きも全ては頭の中に、いや体中に染みついている。きっと仲間たちもそうだろう。準備は、万端だ。
「……よし、まもなく公演だ。練習の成果を観客に見せよう。……いくぞ!」
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