第12話 歪んだ人生と魔法使い
「レミリエルさん、こっちに来てくれるの?私を選んでくれるの?」
選びません。強い意志を持って私は彼女の元へ近寄ります。
「レミリエルさん。ありがとう」
何を勘違いしたのか、彼女の目前まで来るとお礼を言われました。違いますよ、こうするためです。
「いたっ⋯⋯!?」
私はあるだけの力を込めて彼女の頬に平手打ちをしました。相当強い力を込めたんでしょうね、手の平が痺れて痛みます。
彼女は叩かれた頬を抑えて混乱した顔をしています。本当は、貴女が浴びせた斬撃と同じようにもっともっと痛みを感情のままにぶつけてやりたい気持ちもあります。
それをしないのは、私が彼女と天と地ほど差のある三年を先に過ごしてきたからですかね。
「なんでっ、叩くの?私はレミリエルさんと二人でいたいだけなのに」
「何故そこまで二人きりにこだわるんですか?皆で仲良くやるのも悪くないと思いますが」
まあ皆で仲良くなんてした事ないので口から出まかせですが。
「私知ってる。選択肢を増やしたらいつかは別の道を選んじゃうもん。そうしたらレミリエルさん、いつか私以外を選ぶでしょ?」
「心外ですね。私、あんまり信用されてないんですね」
はぁと溜め息を目の前でついてみせると彼女の顔には少なからず動揺の色が見えます。
「どうして私にそこまで拘るんですか?」
本当に。どうしてなんでしょう。ただ一緒に仕事をこなして、時々一緒に遊ぶ仲。
一緒に過ごした時間だって決して多いものではありません。
「それは。貴女しかいなかったから」
そこからの彼女から語られる言葉は、今までの彼女の人生について、淡々と語られました。
産まれて間もなく、魔法の才能があった彼女は自在に魔法を操ることが出来たそうです。初めは彼女の両親は大層喜んだそうです。ただ、魔法使いというのはその数の少なさから魔法の使えない人間よりもとても高級な仕事に就きやすい傾向があるそうで、それを知った彼女の両親は必死に、朝も昼も夜も彼女に自由を与えずに勉学や魔法の練習に励ませたそうです。どうやらあまり裕福な家庭ではなくお金に目が眩んだのだとか。
「貴女の為にやらせているの」、彼女が過度な勉学を拒むと必ずこの言葉を吐いていたそうです。仲睦まじく、愛を確かに受けとりながら成長していく他の子供を見て彼女はだんだんと妬ましくなり、魔法を使えることも、両親も嫌になってきました。
そんな時、彼女の両親が他界しました。不幸にも死因は「魔法の暴発に巻き込まれたから」だそうです。根拠は有りませんが、彼女の表情から魔法の暴発を引き起こしたのは彼女自身であると察しました。
一人になった彼女に世間は飽きが来るまで、大層哀れんだそうです。
彼女はそれを愛だと感じましたが、直ぐに離れていく人々を見て人間の残酷さを知りました。
軽い同情でも、幼い彼女にはとってはそれが全てだったのでしょう。周りに依存すれば依存するほど、軽い同情で近付いてきた人間たちに関わりを絶たれて気が付けば自分以外の誰かと幸せになっている。
産まれた時に多くの人間、天使が与えられる親の愛、それ一つも受け取ることが出来なかったのが彼女の人生なのでしょう。
私はそれなりに親に愛されていましたが、少し頭を捻ると充分にそれが人生を狂わせる物だと理解はできます。
貴女は私に「私は代わりなんでしょ」と仰いましたが、逆でしょう。きっとここで私を失っても貴女はすぐに私の代わりを探すでしょう。
「私にとっては、貴女の代わりはいませんよ。でも、貴女はきっと愛されるのならば誰でもよかったんでしょう」
「そんな事ない。酷いよ」
「酷くないです。だから、一つ提案です」
嘘偽りない言葉を並べた所で信用を勝ち取れる気もしないので、立場を変えてみましょう。
「私の事、飽きたらいつでも友達を辞めていいです。エリルとだって仲良くなればいいじゃないですか」
まあエリルは怪我を差せられているのでなんて言うかは分かりませんが。エリルなら大丈夫でしょう。
「不安なら選択肢を貴女が増やしていけばいいじゃないですか。色んな人と触れ合って、その仲で気の合う誰かと幸せになるも良しです。なので、私もその選択の一人に入れて頂けると嬉しいです」
「何、それ。どうやってやればいいか分からないもん」
「では手始めに、今度お仕事先の魔法使い達でご飯を食べに行くそうです。私も誘われましたがキョドった挙句に勢いで断ってしまいましたが、まだ間に合うはずです。」
少し考え込んでいる様子のカムさんに「一緒にいきませんか?」と付け加えます。
「一緒なら、まあ行くけど⋯⋯。」
お、行く気になりましたか。
カムさんは少し俯いた後、上目遣いで「怒ってないの?」と聞いてきます。
なので「怒ってますよ〜」と笑顔で頬を引っ張ってぐにぐにしてやりました。
「そ、そうだよね。怒ってるよね」
「なのでしっかりとエリルに謝ってきて下さい。そうしたら許します」
私も仕事仲間が居なくなるのは寂しいものがあるので。我ながら甘いと思います。
まあ本当に他人と思うならぶちのめして速攻エリスに突き出していた所です。
私から離れてカムさんはエリルに頭を下げている所を見るときちんと謝っているようです。エリルも快く許したのか、カムさんの顔に安堵の表情が伺えます。
「許して貰えた」
「良かったですね、もうしないように」
「はい⋯⋯もうしません」
ん、こういう所は素直で子供らしいじゃないですか。
「じゃあ、明日にでも他の魔法使いさんたちにお話してみましょうか」
後日、私たちは魔法使いさん達と話し、食事会に参加する事になりました。横にいるカムさんは少し緊張している様ですが、私も同じ気持ちです。人と関わらない仕事をと思って選んだのに結局バリバリ関わっちゃってるんですよね、これが。
「友達が出来たので良しとしますか」
「え、なんの話ししてるの?」
「独り言です。そろそろ行きますよ」
指定されたお店に入ると、見知った顔の魔法使いさんたちが手招いてくれます。そそくさと席につくと私達に沢山の質問が飛んできます。
「ねえカムちゃんって歳いくつ??」
「じゅ、十四歳」
「若!確か一人暮らしなんだっけ?」
「まあ、そうだけど⋯⋯」
周りから「へー凄い」と感心の声が上がります。カムさんは気恥しそうに、でもどこか嬉しそうに下を向いてしまいました。
「一人なら色々大変でしょ、今度私の家に来なよ」
「ちょっと!カムちゃんの事、連れ込もうとしないの」
「なんでよー。女同士なんだからいいじゃん」
周りが笑いで溢れる中、ふと横を見るとカムさんの口角が上がっていました。良かったですね、なんて思っていると服をキュっと摘まれました。
「どうされました?」
「みんな私の話してる、なんて返したらいいかわかんない」
ああ、そういう事ですか。「笑っておけばいいんですよ」と私の長年の経験をこっそり耳打ちするとバレていたようで「二人ともいつも一緒にいるし仲良いよね」なんて私にも話題が振られてきました。
「まあ、仲は良い、仲良くさせて頂いております」
「レミリエルさん?どうしたの?」
心配しないで下さい、いきなり話を振られたので歯切れが悪くなっただけです。
楽しい時間はあっという間とも言いますし、その日の食事会はにお開きになりました。
次の日からは、私の隣にいつもいたカムさんはいなく、他の魔女の方々ともお話をしています。自分から選択肢のひとつにして下さいなんて言っておいて話す機会が減るのは寂しいななんて身勝手も思ってしまいますが、それでも会うと必ず身体を擦り寄せて来るので良しとしましょう。
「レミリエルさん。今度みんなで遊ぶ事になったからレミリエルさんも行こうよ」
「あ、それはお断りします」
ホウキに乗りながら満面の笑みで遊びの誘いをしてくるカムさん。もしや陽の者の素質があるのでは。
残念ながら私は大人数で遊ぶのは得意では無いのでお断りしますけどね。
「そっかー」と残念そうな顔をして去っていく後ろ姿を見て、すっかり前の依存癖は見られたくなっていました。
私は彼女が人並みの幸せを送れるようにそっと見守ることにしましょう。
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