第11話 友情だった


 カムさんとエリルが戦闘を始めて早十秒。毎日通っていた帰り道はあっと言う間に戦場と化しました。



 カムさんが放つ炎は中々のもので、当たれば即丸焦げという所でしょうか。まあエリルは飄々と避けていますが。


「当たらない⋯⋯貴女も羽があるのね」



「まあ、天使だからねっ」



「天使⋯⋯」




 ああ、カミングアウトされてしまいました。というか戦闘中に会話とか器用ですよね。


「誰かに見られたらどうするんですか⋯⋯」


 仕方が無いので誰も近寄れないような結界を辺りに張り、周りの安全を確保します。



「人間も魔法使えるんだ。凄いねぇ」



「天使だか何だか知らないけど、レミリエルさんに寄り付くなら容赦なく消すから」


 こちらをチラリと見るカムさん。どうやらエリルが私に近付くのが気に食わないんでしょうか。


だとしたら何故、そもそも私なんかにどうしてこだわりを抱くのでしょうか。


「もう、終わりにしてあげるよ」


「お! 次はどんな魔法見せてくれるの?」


 エリルの余裕そうな表情は次の瞬間に消え失せました。カムさんの放った魔法は炎、のみならず氷、雷、そして闇色の斬撃を放ちました。




 炎、氷、雷までは難なく躱していたのですが、闇色の斬撃は躱しても、躱しても何処までも追いかけてきます。


「ちょ、流石にしつこいって!」




「言ったでしょう。終わりにするって」


 これ、本当にまずい。私もエリルもどこかで人間相手と高を括っていたのでしょうか。


カムさんは本気で狂気をぶつけに来ているのに油断をした代償でしょうか、闇色の斬撃がエリルの肩をかすめました。深手ではないようですが、真紅の雫が流れ落ちます。



「エリル!!」


「レミ、来ない方がいい。私今回もバカやっちゃったかも」


「フフ、やっと気が付いたんだ。天使さん?」


 強い。カムさんは私達が思っているよりも遥かに魔法に長けているようでした。此方もその気でいかないと命に関わる程度にヤバいです。



「これで終わりだよ」


 再び杖を振りかぶり、闇色の斬撃を繰り出そうとするカムさん。傷を負ったエリルは明らかに先程より動きは鈍るはず、かわせるでしょうか。


 いや無理だ、かわせない。エリルの事は護りたいけどカムさんを傷付けたくもない。


 気が付いたら私はカムさんに低威力の魔法弾を放っていていました。なんとか、体勢を崩させる事に成功しました。



「エリル、無事!?」




「まあ、深手では無いけど。痛いかも」




 慌てて回復魔法で肩の傷を治します。問題はここからどう場を収めるかですよね。




 正直、どうしてアソコまでエリルを敵対視し、私に拘るのかが皆目見当もつきません。それが分からないことにはきっとこの場を丸く収めることはできないでしょう。




 最悪、友達を一人失うことになるかもしれません。




 そんなことを考えているうちにカムさんはふらりと立ち上がりました。少し震えているようにも見え、あまり高威力では攻撃をしていないのにと首を傾げてしまいます。






「へえ、レミリエルさん。私よりその女を取るんだ」




「え、あ、え?」




 我ながらなんという返事でしょう。友達が少なかった私ですし、人生でそんなモテ主人公が言われる様な台詞をあびせられたら「え、あ、え?」ともなります。




「絶対、私だけのものにするから」



 カムさんはそう吐き捨てて、キッとエリルの事を睨みつけると紫色の髪を靡かせてその場から消えてしまいました。




「いやぁ、やらかしたかもねぇ」




「本当ですよ。カムさんとの仲ぶち壊れですよ」



 エリルは「ごめん!」と私に手を合わせてきます。昔から事後にやらかした事に気が付くんですよね、本当に。




 次の日から、カムさんは郵便配達に姿を現しませんでした。もしかして私と関わりたくないということでしょうか。



 チクリと胸が痛むのと同時に、次の仕事はあるのか、収入はどうなるのかと幼くも一人暮らしをしている彼女の身を現実的に案じてしまいます。


 仕事が終わったら迷惑と思われるかもしれませんが彼女の家でも尋ねてみましょう。話し合えばきっと分かり合えるはずです。



 その日の夜、配達を終えてから私は彼女の家を訪ねました。何度も彼女と一緒に歩いた道は、楽しい思い出ばかりが詰まっているはずなのですが、カムさんの家に近付く度に胸が締め付けられる思いでした。


 私の小心者というか、人付き合いを避けてきた悪い癖が、こういう時に足枷になっていきます。どう動いていいのか分からないのです。




 恐る恐るカムさんの家の扉を叩きます。




 しばらく返事を待ちましたが、何も返ってきませんでした。


 ふと彼女の「一人だとあまり出かけない」という言葉を思い出します。見た限りだと、明かりも点いていないのでもう眠ってしまったのかもしれません。






 今すぐにでも彼女と話したい気持ちがありましたが、起こして話す気にもなれなかったのでそのまま帰路に着きました。






 偶然とは重なるもので、とぼとぼと帰路についていると見知った後ろ姿を見付けました。紅い髪、恐らくエリルでしょう。




 手にはまたパンの袋が握られています、本当によく食べる方ですね。




 私は少し早足で駆け寄ろうとした時、エリルはドサリと音を立ててその場に倒れました。






「え」






 しばらく何が起きたか分からず呆然としてその場に立ち尽くした後、我に返り慌ててエリルに駆け寄りました。






「エリル、無事ですか! 何が⋯⋯」






 言いかけてすぐ、エリルの足元に黒い斬撃で出来たであろう切れ傷を見つけました。かなりの出血量で慌てて回復魔法で傷の手当に当たります。




 治せないことも無いですが、これはかなり魔力を消費しますね⋯⋯。






「血、止まったみたい。ありがとうレミ」




「どういたしまして、たまたま通り掛かって良かったです。」




 恐らく、カムさんは何処かの物陰で見ているはずです。私に勘づかれない様にエリルを消すつもりだったんでしょうね。






 仲直りできると思ったのに、話し合えば分かり合えると思ったのに。






 私の考えは稚拙だったのでしょうか。そもそも私自身が幼かったのでしょう




 気持ちを弄ばれた事、バカですが私の友人を手に掛けようとした事、人間界に来て初めてとも思える怒りの感情が込み上げてきました。



 いえ天界でもここまでの怒りの感情は無かったとも思えます。



「見ているんでしょう?出てきてください」



 私の問いかけに応えるように、上空から彼女が舞い降りてきました。なるほど、空から不意打ちを仕掛けたという事ですか。



 あの黒い斬撃は自分の意思で動きを操れるようですし、上空から足を狙う事など造作もないのでしょう。



「どうして邪魔するの。ソイツがいると私達、二人きりになれないじゃない」


 彼女は「どうせ居なくなるんでしょ、私は代わりなんでしょ」等と意味のわからない事をブツブツと呟き始めました。




 本当、意味わからねーんですよ。私の気持ちを踏みにじったことの代償は負わせません、その代わり私の友達に傷をつけた代償はしっかりと取ってもらいます。



 私は彼女に静かに近寄りました。友達だった彼女を傷付けるために。




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