第4話 幸せの味
火の村ラトル。ナダラ火山という活火山の近くにある村。火山岩を敷き詰めた歩道に、黄色い塗料で部族めいた文様をほどしてある。住居は石造で、一枚の大きな石を加工して作られているようだ。耐火性はとても高そうな見た目をしている。
武器屋の前には、胸に斧が突き立ててある藁で作られた案山子が立っている。アルドは、その藁案山子に話しかけた。
「斧寺、悪いんだけど、俺たちをまた煉獄界に連れて行ってくれないか」
「では、早速、東方の神秘、離魂術にて、あなた方を煉獄界にお送りいたします。覚悟の方はよろしいですね」
一人、また一人と、藁案山子の暴力、もとい離魂術で気を失っていく……。ストゥードの番がきた。ままよ。激しい衝撃と共に意識が一瞬遠のいた。
目を覚ますと、黒い大地、絶えず舞い落ちる桃色の花びら。荘厳な岩が立ち並び、その下には赤、青、緑といった微かに発光する花が群生している。所々に、咲き誇る枝垂れ桜の巨木が見てとれる。空を見上げると、宙に浮かぶ大地もあり、その上にも枝垂れ桜が生えていた。
ストゥードが幻想的な風景に見惚れていると、サイラスが促した。
「あまりぼーっとしていると、この世界に取り残されるでござるよ。それにここには、そこそこ厄介な魔物が出るでござる。しっかり拙者達に着いてくるでござるよ」
慣れた様子で、アルド達は煉獄界の奥へと進んでいった。
その後ろ姿を、見ながらストゥードは思った。
(今更ながら、彼らは何者なのだろうか……)
開けた場所に着いた。
「ここいらは魔物が出ないでござる」
どこからどこに流れているのか、大きな岩石の上から絶えず滝が落ちている。その前で、サイラスが言った。
ストゥードは、ずっと抑えていた質問をアルドにした。
「それで、どこでカナタに会うことができるんですか」
アルドが腕組みをして答える。
「会えるかどうか、正直言って、俺にもわからない。ただ、ここなら、会いたいと強く願えば、想いが届くかもしれない。カナタを強く想うんだ」
ストゥードは、滝に向かって祈った。
ストゥードの頭にカナタとの思い出がヨミガエる。一緒にご飯を食べて笑い合ったカナタ。医学マウントをとられて拗ねるカナタ。漢方に使う虫を顔に近づけて悪戯してくるカナタ。初めて想いを告げたときに、照れ臭そうに手を握り返してきたカナタ。土偶と洗濯干しを競争するカナタ。大好きなカナタ。全てが愛しい。もう一度、会いたい……。会って、もう一度……。
祈っているストゥードの滝の上部から、キラキラと光る粉が舞い降りてきた。それは、ストゥードの頭上で一つの塊になり、激しくフラッシュすると次の瞬間には、ガタロの服を着た美しく長い黒髪の小顔美女となっていた。その女性は、ストゥード前にゆっくりと舞い降りる。
ストゥードのマントの下から、光る球がふわりと飛び出してきた。
(ふふっ。この時を随分待っていたよ)
光る球が、ふわりふわりとストゥード達の上空で舞いながら、頭に直接語りかけてきた。
ストゥードはその声で目を開け、カナタを確認すると、泣きながら抱き締めた。カナタは一瞬驚くが、そのストゥードを優しく抱き締め返した。
今度は光る球が、閃光を放ち、ソウルキャッチャーとなった。ストゥードの腕の中にいるカナタは、するりとすり抜けるように、宙に舞い、花びらのように、現れたソウルキャッチャーの提灯檻に吸い込まれていった。
「やった! やったぞ!! これだよ。これをずぅっと狙っていたんだ! ストゥード! 俺が誰だかわからないだろうな! 俺だよケンジュ教授だ。貴様が、あの論文に私の名前を共同発表者に載せなかったせいで、私はこーんな惨めな魔物になってしまったんだぜぇ? どうやって、お前に復讐しようか、ずぅっと考えてたんだ。そうだ! 一番愛する者を目の前でブチ壊しちまおうってな! でも、俺が魔物になってお前に会ったときには、もうお前自身がブチ壊れちまってるじゃあねぇか。それじゃあ、面白くねぇ。話を聞けば、古代で見つけた女が病でおっちんじまったからだっていうんだ。どうすりゃ、お前が正気に戻るか、考えたぜ。あっちこっち行って情報も随分集めた。中央大陸の情報も、ルチャナ砂漠の情報も、入れ知恵してやったのは、この俺さ! 少しでも正気に戻れば儲けものと思ってたら、まさかの煉獄界で本物の女の魂を呼べちまうんだからよ! こいつをお前の前で食っちまえばお前はどうなっちまうのかねぇ」
提灯檻を顔に近づけ、下品にベロベロと舐める仕草をした。
その魔物の後で、怒り狂う馬が三頭いた。
「拙者、なかなかいい歳なのでござるが、これほど怒り心頭に発することは珍しいでござるよ」
サイラスは、刀を抜き突撃の構えをとった。
「乙女的に、囚われのシチュエーションはなかなかポイントが高いデスガ、ここはクライマックス。空気が読めナイ敵キャラは、マイナスポイントデス ノデ」
リィカがハンマーをグルグルと振り回す。
「人の恋路を邪魔する人は、馬に蹴られて死ねってね!」
エイミが拳を合わせる度に、風のエレメンタルが弾ける。
「俺が、怒るまでもなさそうだな」
アルドはゆっくりと剣を抜いて構えた。
諺の通り、一瞬にしてソウルキャッチャーは葬り去られ、提灯檻から、カナタが再び、ストゥードの元に舞い降りた。
「本当に、カナタ、なのか?」
コクリと頷いた。
「君に沢山謝らなきゃならないことがあるんだ……」
そういって項垂れるストゥードを、カナタは優しく抱き寄せた。
「散々偉そうな事言ってたのに、治してあげられなくて、ごめんなぁ……。役立たずでごめんなぁ……。お前にはたくさん、たくさんもらったのに、何も返してあげられなくてごめんなぁ……。葬式、ちゃんと別れを言えなくてごめんなぁ……。お墓参り、一度もできなかったよ……」
ぐしゃぐしゃに涙を流すストゥードは、そこまで言って、カナタの顔を見た。
「なぁ、俺も一緒に……」
そこまで言うストゥードの口を、カナタは唇で塞いだ。頭に直接言葉が流れてくる。
(元気になれなくてごめんね。死んじゃってごめんね。でも、ストゥードは役立たずなんかじゃないよ!
ストゥードは、沢山のことを知ってる! 大好きだよ!)
「だけど、君を! 救えながっだ!!」
(ストゥードは、口は悪いけど、困ってる人を絶対に見捨てないよ! そこも好き!)
「君が救えれば、それだけでよがっだ!」
(ストゥードは、私のヒーローだったんだよ? 気づいてないかもだけど、私が本当に辛い時、いつも側にいてくれたのはストゥードだけなんだよ? 大好き!)
「それは、君が俺のヒロインだったから……」
(ストゥードは、寝言でも私を好きって言ってたんだよ? ありがとう)
「なあ、カナタ……頼むよ……」
(ストゥードが、現れるまで私じつは結構いっぱいいっぱいだったんだ! 出会ってくれて、ありがとう)
「なんで、カナタが、そんなこと言うんだよ……」
(ストゥード、もっと周りの人も興味持たなきゃダメだよ? 私のヒーローは、私以外にも優しくなきゃダメなんだから)
「カナタァ……」
徐々に、カナタの身体が浮き上がり、輪郭が不鮮明になっていく。
(もういくね。もっともっと私の大好きなストゥードに、ストゥードの知らない自分の凄いところを教えてあげたいけど、もう時間みたい……。ね、お願いだから、もう一回私のヒーローになって? そして、こっちに来た時、自慢話として聞かせてよ。ね? お願い)
「ッ……」
ストゥードは、涙をぼろぼろ流しながら、薄れていくカナタを見つめていた。
カナタは空高く舞い上がり、霞のように消えていった。
(あーあ、できたらもう一度……あなたの料理を一緒に食べたかったなぁ……)
ストゥードは膝から崩れ落ち、自分の肩を抱きしめた。
ストゥードが落ち着くまで待ち、煉獄界を後にした。
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