第3話 砂利の味

 アルド達は合成鬼竜の甲板に集まった。

 次元戦艦、鬼竜の甲板は、大きな金属の床でできており、飛空体の発着のためか、甲板の端には蛍光発色した線が伸びている。もちろん、甲板なので外気に触れっぱなしだ。屋根などない。戦艦の側面左右から砲塔の先がいくつも顔を覗かせている。甲板の後方には、次元戦艦のメインブレインでもあり、次元戦艦本体でもある、鬼竜が空の覇者といった風格で存在している。鬼竜は、ドラゴンをモチーフにされている金属との合成有機生物で、上半身のみ甲板から見ることができる。薄紫を基調としたデザインで、甲板から頭頂まで、十五メートルといった巨大な存在だ。人間の目線付近にある胸には、一つだけ赤く光る球が目を引く。

 その鬼竜の前で、ストゥードは自分の身の上話を始めた。

***

 帰宅中に、何者かに襲われて、目が覚めたら、そこはホシキの森だった。

 途中、巨大なキノコに襲われながらも、ガタロに入ることができた。

 人間を見て、安心したのかその場で気を失ってしまった。

 目を覚ますと、そこには美女がいた。黒い長髪、クリリとした瞳、小顔で優しそうな顔だちだった。

 美女は足早に部屋から出ていった。

 体を起こしてみると、キノコに襲われた時にできた傷を手当てしてあった。

 部屋に、少し上品な服を来た男が入ってきた。村長の代役らしかった。しばらく面倒を見る代わりに、自分には何ができるのかを、聞かれたので、治療を少々と答えておいた。

 そこで、テストも兼ねてた一人の患者をあてがわれた。

 患者から話を聞く限り、その痛みは加齢による軟骨の減少からくるものだった。

 当たり前のようにレントゲン撮影を頼むと、急に言葉が通じなくなったのか、誰も何もいわなくなった。

 言葉が通じていないのかと思い、ゆっくりといってみたが、同じ反応だった。

 テストの患者の家から帰る向途中、もしかしてと思い、地図を見せてもらうことにした。

 見せてもらった地図は、大雑把なもので、北に森があり、その南にガタロ。さらに南西にザミという国があることしかわからなかった。大陸であるらしいのだが、こんな地名聞いたこともない……。この空白のスペースは、なんなのか一応、もしやと思い聞いてみた。海だ、と返ってきた。海? 海? 海!? ここはプレートの上ではなく、もしや地上なのではないのか。

 パニック陥りそうになる頭を押さえながら、必死に思考する。

 今から百年以上前、人類は地表をすて、プレート浮かせることで天空に住まうようになった。その祖先が俺たちであり、暮らしている都市の名はエルジオンである。

 もしや、俺は過去にタイムスリップしているのではないか?

 気づいた後は、答え合わせは簡単だった。生活の中の違和感は、その答えで完全に腑に落ちた。

 健気に俺の看病にあたってくれていた美女がカナタだった。

 必然的に会話をする回数も多くなり、自然と仲良くなれた。

 彼女も漢方を扱う漢方医であり、医学情報を交換しあった。しかし、俺が与える情報のほとんどは、カナタに伝わらなかった。少し後からしったのだが、俺のいう薬やその材料は、人工物であるがゆえにまだ存在するしていなかったのだった。

 漢方医と医大生、自然と二人はガタロの患者をみて回るようになった。

 多忙な日々を過ごす中、ご飯の趣味について、カナタから聞かれたことがあった。

「おにぎりばかり食べてるけど、おにぎりが好きなの?」

 食べ物は栄養が取れれば、味などどうでもよかった。持ち歩きながら、作業しながら手軽に食べられるおにぎりが一番効率的だったため、おにぎりを食べ続けていたと答えた。

 すると、次の日、彼女は俺に弁当をつくって持ってきてくれた。中身は、山岳炊き込みご飯だった。彼女の側で食べるからなのか、彼女が作ったからなのか、人生で初めて、ご飯を食べて美味しいと感じた。

 今度は、俺がカナタに料理をご馳走したくなった。

 昔、一度だけ食べたホテルのエスタ風の味を意識して炊き込みご飯を振る舞った。彼女は、美味しいと笑顔でいってくれた。その顔をみて、俺の顔もほころんでいたと思う。

 彼女も、俺と同じように、一年前にホシキの森に突然放り出された‘のだそうだ。

 彼女は隣町の患者を診た帰りに青い光の穴に吸い込まれたそうだ。

 時代を遡った認識は二人にあったものの、話を続けていくと、二人の会話に齟齬が生まれた。カナタは浮遊大陸など知らないといい、彼女から七百年前に滅んだ街の名前を聞かされて驚いた。

 互いに違う時代から同じ時代にやってきたようだった。彼女はこれは奇跡だねと少し嬉しそうに語っていた。

***

「あのさ、出来れば要点だけ話してほしいんだけど」

 エイミが胡座をかいた状態で挙手して意見した。

「確かにそうですね。俺にとってカナタとの思い出は全て大切なので、すみません。出来るだけ要約します。ある日、自分の死期がわかっていたみたいにカナタは死生感の話をしてきました。『この時代で死んだら私の魂はどこに行くんだろう』と。『この時代に留まるのかな。それとも時代を超越して元の時代に帰れるのかな』なんてことを話してました。『もし、時代を超越できるなら……ストゥードの時代にも行ってみたいな……』って。その次の日、カナタは高熱で倒れました。カナタに教えてもらったどの漢方でもあまり効き目が出ないままでした。カナタは日に日に衰弱していきました」

 アルドは腕組みして質問する。

「どうして、未来の医学の知識を使わないんだ? 前に俺の時代の不治の病を、未来の人が治してくれたぞ」

 ストゥードが、何もかも吸い込みそうなほど暗い深い瞳で答えた。

「俺たちの医学は、先進技術の上に存在しています。その技術がない時代では、ほとんど役に立ちません。カナタよりほんの少し、人体の構造や病の成り立ちや、理論をしっかり説明できるくらいでした。ですから、診断しようにも検査する機器も、試薬もない! 病名を正しく判断できなければ、有効な処置がどんどん遅れる! 仮に推論を立ててもしらみ潰しにすらできない!! どれだけ俺が惨めだったか、わかりますか!? どれだけ医学知識があっても! どれだけ先進的な発想で理想的な薬を理論立てられても! 結局、一番守りたかった、救いたかった命が、日に日に目の前で擦り減っていくんですよ……」

 そういって、ストゥードはその場に蹲ってしまった。

 話を聞いていた鬼竜がおんおんと泣いている。

「男が好いた女のために何もできねぇ時ほど、悔しいことはねぇわなあ! 情けねぇことはなぇわなあ! でも、お前、その気持ちを受け止めながらも側にいたんだろ?」

 鬼竜の質問に蹲ったまま、ストゥードは言う。

「そんな綺麗なもんじゃないです。毎日、衰弱していくカナタを見る度に、自分の無力を呪いましたよ。未来の医学の脆弱さを呪いましたよ。自分が憎くて憎くて、嫌いで嫌いでしょうがなかった! それでも、今、彼女の顔を見なければ、次の日はないのかもしれない……。そう考えたら、会いにいかないなんて選択肢は俺にはなかったんです……。そんなある日、カナタが竈門を使って料理をしていました。とても立ち上がれるはずはないのに。フラフラになりながら、彼女は言いました。『ストゥードが辛そうだから、私の料理食べてほしくて……。だって、私の料理好きでしょ? 前に言ってたじゃない』って。俺はカナタを床につかせました。すると今度は、俺の料理が食べたいなんて言い出しました。普段のおかゆすらそんなに食べられないのに、何を言うのかと思いましたよ。そんな俺に言うんです。『毎日、幸せの味を感じさせて。たくさん食べられないかもしれないけど、あなたと食べれば幸せを感じることができるから』って。カナタの作りかけの山岳炊き込み御飯を、エスタ風にアレンジしました。『できたぞ』と床に料理を持って行く頃には、カナタは、冷たくなっていました……。カナタは、ボロボロの体で、立ち上がって料理をするために、隠し持っていた強心作用のある漢方を服用したのが死期を早めた原因でした……。しばらく放心していました。役立たずどころか、彼女の死期を早めた自分は死神だと思いました。葬儀も納骨も終わった頃、友人から無理矢理にでも食べろと口にねじ込まれたおにぎりは、砂利の味がしました。それから今まで、何を食べても砂利の味しかしなくなりました。罰としては、生ヌルいですよね。夢か現実かよくわからない状態がしばらく続きました。どこからか耳に入ってきた、西にある中央大陸には、大きな魔法学院があり、そこにいる魔法使いには、死者蘇生を扱える者がいると。その後すぐ、ザミに行き、船を出しました。航海中に嵐に会い、船は転覆、ザルボーに流れ着き、拾われました。カナタからザルボーなど、この時代の地名は聞かされていたので、時代をまた超えたのだと、すぐに気がつき、絶望しました」

 アルドがその後に続ける。

「ザルボーの酒場で働いているときに、また死者蘇生の話を聞いて飛びついて、今に至るわけだな」

 ストゥードは項垂れて、はいと答えた。

 アルドは腕組みして聞く。

「なあ、ストゥードがしたい事は、なんなんだ?」

「カナタの蘇生です」

「蘇生して何がしたいんだ」

「一緒に暮らしたい」

「一緒に暮らして何がしたいんだ」

「……隣で彼女が生きていてくれる、笑いかけてくれるならなんだっていい!」

「どういう時に一番彼女は笑いかけてくれてたんだ!」

「一緒に……ご飯を食べてたとき……?」

「もう死者とは一緒にいられないのは、わかってるか?」

「……」

「それがわかっているなら、カナタに会えるかもしれない。話もできるかもしれない」

「それは……!? どういう……?」

「ストゥードが約束出来なきゃ、危険で連れて行くことはできない。ちゃんとカナタとの未練を絶って、これから自分の為に生きるって約束できるか?」

「……できる」

 腹ペコの猛獣が檻の外の生肉を見るような鋭く光る眼でストゥードは答えた。

「鬼竜、古代のラトルまで頼む」

「わかった。お前らしっかり捕まってろよ!」

 アルド達は、鬼竜に乗って古代の火山都市、ラトルへ向かった。

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