第2話 信じるモノ、信じたいモノ

 時空を超える機能を持った大型戦艦、合成鬼竜に乗って、アルド達はルチャナ砂漠へと降り立った。

 ルチャナ砂漠。一面砂色の景色が続き、あるのは風化した岩と廃墟の残骸。時折、サボテンと枯れ木が自生している荒廃した土地。砂漠の中には、人智を超えた大きさと高さを誇る塔が建っている。その東に位置する町がザルボー。荒野吹き荒ぶ風によって激しく回転する風車が印象的な町。ユニガンと同じ型式の家が立ち並ぶ。どれも吹き付ける風と厳しい日差しにより、風化している。

 アルドは、鳥篭を持った怪しい男の情報を得るために、昼間の酒場を訪れた。

 ドアを開くと、キィと鳴った。店を見渡すと、木の廃材を円形にパッチワークしたテーブルと椅子が、四セット。どの席にも客はいなかった。年季の入った継ぎ無垢のフローリングは、歩くたびにギシギシと音がする。年代物の木製カウンターには、乾燥のためか、大きなひび割れがいくつも見られた。そのカウンターの奥から、ちょび髭を生やした店主がアルドに声をかけてきた。

「おや、村の人間じゃないね。こんな暑い村に、ようこそ」

「大きな鳥篭を持った、フードマントを着た男を探しているんだけど、何か知っていることはないか?」

 アルドは早速本題をぶつけた。

「鳥篭を持った男ね……」

 ちょび髭店主が、手を顎に添えて考えている時、店のドアがキィと鳴った。

 マントを着た大きな鳥篭を腰に携えた男が、気怠そうに入ってきた。右手の奥のテーブル席につく。

 店主は、その男の顔見て、すぐさま駆け寄った。

「おお、ストゥードじゃないか! ようやく帰ってきたのか! 村の皆も心配していたんだぞ」

 ストゥードと呼ばれた男は、店主に言われるがまま、為されるがまま、席から立たされ、握手やハグに応えていた。顔に生気は見られない。目は死んでいる。

 店主は構わず、背中をバジバシと叩きながら続ける。

「ストゥード、今まで何をしていたんだ。急に姿を消してしまって。客の旅人が、死者蘇生の噂した次の日に消えたもんだから、てっきり間に受けてしまったもんだとばかり思っていたんだぞ」

「それより、おやっさん、水くれないか……」

 ストゥードは、絞り出すような声で店主に言った。

「ああ、ああ! すまないな。帰ってきてくれたことが嬉しくなっちまった。すぐに持ってくるから、待っててくれよ」

 店主はカウンターに戻ってきて、ジョッキに水を注いだ。その顔は満面の笑みであった。

「村のみんなにも、教えてやらないとな」

 独り言を言った後、ジョッキいっぱいの水を、ストゥードのいるテーブルに運んでいった。

「奮発して、氷もオマケしといた」

 ストゥードの前に、ジョッキをドスンと置くと、いいおっさんが、鼻の下のちょび髭を、右手人差し指の側面で擦った。昭和の野球少年が、自慢したあと、照れ隠しでするように。ミスマッチであるはずなのに、その純真さ溢れる動作と、苦労と胆力を重ねたであろう人相が合わさることで、不思議とエモーションな光景となった。

 氷で冷やされ、汗をかいたジョッキを持ち上げ、ストゥードはゴッゴッゴッと一気に水を飲み干した。テーブルにジョッキを置くと、カランッと氷とガラスの音が響く。

「おやっさん、村のみんなにも言っといて下さい。今までお世話になりました。もう会うことはないと思いますんで、挨拶に参りました。これは拾ってもらった恩には、全然足りませんが、もらっておいてください」

 ストゥードは、大きな皮袋をマントから取り出し、ジョッキの横にガシャンと置いた。固く小さな物がパンパンに入っていて、皮袋が凸凹に変形している。中から小さな缶が、溢れ出して、床に数個散らばった。唐突なことで、状況が理解できてない店主の話も聞かずに、そのままストゥードは店を出て行った。

 店主は、腰に手を当て、怒ったように言った。

「なにが恩だよ。恩ならこっちの方が感じてるってんだ」

 アルドが藪から棒に聞いた。

「さっきの男、ストゥードって言うのか? かなり顔色が悪かったんだけど、どうしたんだろうな」

「そうだ!」

 アルドを見て、店主に稲妻走る。

「お兄さん悪いが、ストゥードの様子を、見に行ってくれないか? もう二度と会うことがないだなんて、普通じゃない。俺が見に行ってやりたいが、あの調子じゃ話してもらえそうもないからな……。町でストゥードを知らない奴はいないから、適当に聞いて回れば、どこに向かったか、きっとわかるはずだ」

「ああ。構わないけど、いいのか? 俺で」

「初めて会った人間の方が、話しやすいこともあるかもしれない。とにかく頼んだよ」

 アルドは酒場を後にし、ザルボーの民に話を聞いてまわった。

 ある少女はこう言った。

「ええっとねぇ、ストゥードお兄ちゃんはねぇ、すっごいお医者様なの! 私のお爺ちゃんがゲホゲホ苦しいのを、あっという間に治しちゃったの!」

 ある夫人はこう言う。

「ストゥードさんが作ってくださる軟膏のおかげで、ひび割れて痛くて堪らなかった皮膚が、この通り綺麗でなんの問題もなく動くようになったわ。でも、心配ね。あの人、二言目には『俺なんか使えねぇゴミ屑なんだ』なんて言ってたもの」

 夫人が見せてくれた軟膏入れは、ストゥードが置いていった皮袋の中から溢れ出た小さな缶と同じ物だった。

 ある親父はこう言う。

「あいつのおかげで腰が回るようになったな。でも、礼を言うと、あいつは必ずこう返すんだ。『こんなの誰でもできる事だ。俺が治したわけじゃない。治したのはアンタの力だ。俺みたいな役立たずに、礼なんて言うんじゃねぇよ』って。素直に受けとりゃいいのに、気難しいやつだよ!」

 あるお姉さんは言う。

「二年前? 釣りに行ってた酒場のおやっさんが、ソイツを担いで帰ってきたらしい。浜辺に流れ着いてたってさ。あの店主、なかなかのお人好しでね。ソイツが、飯もそんなに食わないし、生気もそんなないってんで、酒場で働かせて住まわせたってわけさ。村の皆も、最初はいい顔はしてなかったさ。ただでさえ、風荒ぶ辛気臭い町だってのに、辛気臭い顔した奴が増えたって、そりゃあいい気にはなんないよ。でも、ありゃ忘れもしないね。砂漠でヘマしたトレジャーハンターがいてね。魔物に深傷を負って逃げ帰ってきたのさ。回復術師もお手上げ。そんな中ソイツは、湯を沸かせだの、釣り針を用意しろだの、アレコレ、みんなに指示出してさ。いつもの生気のない辛気臭い顔じゃあなかったね。あれぞ、鬼気迫るっていうのかね。切り裂かれた背中を、どんどんと塞いでいっちまったのさ。数日、つきっきりで看病されたそのトレジャーハンターってのが私ってわけ。責任取って結婚してくれっても、『俺なんかに構うな。人生の無駄だ』の一点張りなのさ。ついさっきも、フラれちまったさ。せめてどこに行くのか教えてくれよってダメ元で言ったら、ルチャナ砂漠の西で大事な用を済ませてくるって言ってたよ。きっとそれが終わったら、私のプロポーズを受けてくれるってことよね」

 目を輝かせているお姉さんを残して、アルドはルチャナ砂漠の西を目指した。


 アルドがルチャナ砂漠に入ると、頭の中で声がした。ミグランス城で聞こえた声と同じだった。

(急いで! ストゥードが危ないの! お願い! 砂漠の中央で魔物と逢ってるわ。急いで!)

 ストゥードは、大きなソウルキャッチャーと対峙していた。ストゥードは、腰の大きな鳥篭を魔物に掲げた。鳥篭は青白く発光した。

 大ソウルキャッチャーは鳥篭を覗き込み、禍々しい声を出す。

「ほう。人間よ。よくこれほどの量の魂を集めたな。主人に代わり褒めて遣わすぞ」 

 ストゥードは生気のない声を絞り出す。

「約束は守ってもらうぞ。魔獣と人間の魂を千集めたら、なんでも願いを叶えるって約束だ……」

「貴様の願い、なんだったか。もう一度申してみよ」

「二年と一三四日前に死んだ、カナタという女性を生き返らせて欲しい!」

 大ソウルキャッチャーは、俯いて小刻み震え出した。

「……ッ! ……ックックック。ハーーッハッハッハッハッハ!! 間抜けな人間がぁ! この魂は全て、『ワタシからの』、我が主人である魔女様への献上品となるのだ! お前如き矮小な存在の願いなど、叶えるわけがなかろうが! 間抜けが! ハーーーハッハッ!」

 嘲笑う魔物と項垂れるストゥード。

「絶望ついでだ。冥土の土産に教えてやろう。貴様の言っているカナタという女。すでにこの時代では存在すらしていない。約三年前だと? 嘘を言うな! 脅しの材料になるかと、それらしい魂の残滓を探ってみたが、全く見つからなかったぞ! よかったな! 未練なく煉獄界に送られているみたいだ! せいぜいあの世で仲良くやるんだな!」

 跪き項垂れるストゥードの頭上に、大ソウルキャッチャーの提灯檻が振り下ろされた。

「危ない!」

 アルドが割り込み、剣で魔物の攻撃を弾き返した。

 ストゥードは、身動き一つしない。地面の一点を見つめ、茫然自失となっていた。

「くっ。これじゃ、安全なところに退避してもらうこともできそうにないな」

 アルドに弾き飛ばされた大ソウルキャッチャーは、ジリジリと近寄りながら言う。

「なんだ、貴様。邪魔するなら、先に貴様を殺し、魂を弄んでやろう」

 アルドの目の前を、緑の影が凄いスピードで通り過ぎた。風を感じると同時に、魔物の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

「ふむ、気になる事を、この魔物が言っていたでござるなぁ? 魔女と……」

 血振りをしながらサイラスが、魔物を背に歩いてきた。

 大ソウルキャッチャーは、逆上し、広範囲に及ぶ毒霧りを噴出してきた。サイラスは華麗に飛び退いた。アルドは、ストゥードを抱えようとするが、死体の様に全く力を入れてくれない。毒霧が目の前まで迫って来る。

「ワタシハ汎用アンドロイドですノデ。こんな事は朝メシ前デス」

 リィカが現れ、素早くアルドとストゥードを抱えて、毒霧をかわした。

「ストゥードさんハ、ワタシニ任セテくだサイ」

 アルドは二人に礼を言った。

「ありがとう。サイラス、リィカ! ところで、エイミは?」

 二人は魔物の背後を指差す。

「あそこでござる」

「あそこデス」

 拳に気を集中するエイミの姿がそこにはあった。

「アンタのせいでね、最近、パーティ内で、怖い話イジりされるようになったのよ……。どう落とし前つけてくれるのよーーー!」

 エイミの強烈な下から突き上げた拳は、魔物の身体をバラバラに砕いた。風のエレメンタルを上乗せしたパワーは凄まじく、遥か彼方へ吹き飛ばした。

 サイラスとリィカは顔を見合わせ、無言の相槌を打った。

 エイミが、肩を回しながら「少しはスッキリしたかも」と歩いてくる。

「で、こいつが城で魂集めてた本人ね」

 エイミは胸倉を掴み、顔をよく見た。サイラスとリィカが止めに入ろうとすると、エイミが固まる。

「この人ッ……!! ストゥードじゃないッ!」

 アルドは小首を傾げて言う。

「そうだよ。酒場の主人にも、ザルボーの人達からも、そう呼ばれてたからな」

「違う違うッ! 三年前、万能薬と呼ばれた画期的な治療薬、エリクシリアの論文を発表した、天才医大生のッ!」

「ああ! ……全く知らんでござる」

「リィカのデータベースには検索ヒットが数件アリマス。読み上げマスか?」

「ああ」

 リィカは、ピンクのポニーテール状のパーツを回転させながら、語り出した。

「AD1097 エルジオン新聞の記事デス。天才医大生、突然の行方不明。今月四日未明、ストゥード=オクターさん(二十一歳)の行方がわからなくなりました。エルジオン医科大学に通う彼が、授業に出席しない事を、不審に思った同級生が寮を訪れ発覚。部屋は荒らされた様子はなく、いつも持ち歩いている鞄などがないことから、帰宅途中、ラグナガーデン、セントラルパーク等で犯罪に巻き込まれた可能性が高いとして、EGPDが捜査を行なっている模様。大学関係者でストゥードさんの恩師でもあるケンジュ=ライさんは「とても優秀な生徒であった彼が一日でも早く帰ってくることを願うばかりです」と仰っておられました。だソウデス」

 ポニーテールの回転をやめ、リィカは言った。

「そんな風に報道されたのか……」

 ストゥードは、正気を取り戻したのか、喋り始めた。

「ケンジュ教授がそんな事を……」

 口元を歪め、殺意の混じった笑みを浮かべる。

「あなたに何があったの? 未来へなら私達が返してあげられるわよ!」

「あんな世界、今更どうだっていいよ。元々それほど興味もなかった……」

「カナタって人の話、聞かせてくれないか」

 砂漠のど真ん中で、アルドが核心のど真ん中を火の玉ストレートでぶん投げる。

 エイミがすかさず遮った。

「ここだとなんだから、合成鬼竜でゆっくり話しましょ」

 リィカがストゥードをおぶって、合成鬼竜に乗り込んだ。

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