第1話 城の亡霊

 王都ユニガン。煉瓦を扇状に敷き詰めた遊歩道。赤い屋根に白い壁、石の窓枠が印象的な街並み。商店の裏手に、木箱が積まれている。道の傍には、背の低い針葉樹を思わせる小型植物の鉢植えや、金属を黒く塗装したお洒落な街灯が、等間隔に配置されている。街灯には、赤い布地に金の糸で王朝の紋章が刺繍されたものが飾られている。

 街の奥には、見上げるほどに大きな門が構えられており、その奥にはミグランス城がある。巨大な門の左右には、その門より倍も大きな騎士の像が睨みを効かせている。騎士は大剣の切先を地面に突き立て、両手を柄に添えて、凛々しく向き合っている。

 その門の前で警備している一人の兵士が、ため息をついた。

 たまたま前を通っていた剣士が、その門番に向かって声をかけた。

「おい、何か困っていることでもあるのか」

 門番は、身構えた。職務中に気を抜いていたことを、上司に咎められたのではないかと思ったからだ。そこにいたのは、上司ではなく、猫を一匹引き連れた見知った剣士だった。

「ふぅ。アルドさんでしたか。魔獣王を討ち取った英雄に、これ以上頼み事などできませんよ」

 この通りすがりの剣士、名前をアルドという。青い上着に白いズボン。赤い外套に両腕には金の小手。六歳児ほどに大きな剣を、いつも腰に携えている。黒い足具を付け、足元にはいつも、猫を一匹引き連れている。黒髪で実直そうな顔をした青年である。

 先日、魔獣という、人に害をなす種族が、ミグランス王城に攻め込んできた。城には火を放たれ、人間側はかなりの劣勢だった。そんなとき、人語を喋るカエル男と無機物のような女を連れて、追い詰められていたミグランス王を救い、その場で魔獣王を討ち取った英雄でもある。

 アルドは腕組みをして門番にいった。

「王城の再建も大変だろう。人手が足りないなら、遠慮なく言ってくれ。俺も城の復興の手伝いがしたいんだ」

 門番は、ユニガンで流れる二つの噂を聞いていた。英雄アルドとお節介焼きのアルド。英雄アルドの噂は、先日の魔獣王撃退の話を元にした内容で、もうひとつの方の噂は、困っていると、いつの間にか目の前に現れ、グイグイと事情を聞き出し、あっという間に問題を解決してしまい、更には報酬を要求してこないという噂だった。この噂には、困っているのに、困っていないフリをすると、その問題は永久に解決しないという恐ろしい話がついていた。それを思い出した門番は、慌ててアルドに相談を始めた。

「どうやら、真夜中に王城を徘徊している者がいるようでして……。深夜に、王城の二階部分から、灯りがもれているのを、ユニガンの民が何人も目撃しているそうなのです。その調査に向かいたいところですが、何分人手不足でして……。これといった盗難や、悪戯の類いは確認されていないので後回しになっているのです。私は、それがなにかの悪い予兆ではないかと、不安で仕方がないのです」

「じゃあ、その不審な灯りの原因を調べてくればいいんだな」

「ええ。何から何まで頼りっきりになってしまい、申し訳ありません……」

 門番は項垂れてしまった。その門番にアルド声をかける。

「困ったときはお互い様だろ。気にすることじゃないよ」

 アルドは宿屋の方へと歩いていった。

 

 ユニガンの宿屋は、赤い屋根瓦に白い壁、石の枠組みに漆塗りの木製の窓がはめ込まれている三階建ての建物だ。三階部分の窓の外には、白い手摺りが、外から見てとれる。入り口の漆塗りの木のドアの上には、月と塔が描かれた看板が掲げられている。

 アルドは木のドアを押し、宿屋の中へ入った。

 宿屋の内装は、木製の継ぎ無垢フローリング、漆喰の壁、壁にはところどころ長方形の煉瓦が組み込まれていた。等間隔に木製の支柱が浮き出ている。天井付近には赤い垂れ幕が等間隔に飾られていた。大きな朱色の絨毯が部屋の両端に二枚敷かれており、その絨毯には金色の王家の紋章が描かれていた。入って左手の受付カウンターは、整えられた長方形の石を規則的に積み上げた上に、大きな一枚の木製の板が置かれたものだった。上品な紺色の生地に、植物の枝葉を二本、鈍角のV字上に配置したモチーフを、金の刺繍で施された大きな布が、カウンターの大きな一枚の木の板、中央に敷かれている。その奥に、受付嬢はいた。

 アルドが宿屋の受付嬢に話かけると、「門番から話は聞いてますよ。深夜までゆっくり休んでいってね」といい、アルドを部屋まで案内する。

 深夜に目を覚まし、宿屋のエントランスへ降りてきた。軽くアクビをし、片手を頭上に上げ、もう片方の手で肘を持ち、ぐいっと背筋を伸ばした後に、独り言を言った。

「さて、深夜のミグランス城に行ってみようか」

 独り言を言ったアルドの背後にぬるりと影が三つ現れた。

「アルド、一人で行くとは水臭いでござるよ」

 そこにはカエル男がいた。カエルが二足歩行し、武者のような装具を身につけている。このカエル男、名はサイラスという。このユニガンの時代より、二万年前のアクトゥールという街の近くに存在する、人喰い沼という毒沼に住み着いていた流浪人である。アクトゥールの存在する大陸から東の海の先にある、東方という名の別の大陸出身で、刀を用いた攻撃が得意である。魔女に呪いをかけられ、カエルになったらしい。

「メイドアンドロイドとして、この事件は見逃せマセン」

 白い鉄仮面の顔面、ピンクに光る眼光。ピンクに塗装された頭髪。ツインテールのような大きな頭部のパーツが印象的である。黒と白のモノクロなメイド服を装着しており、時折、ツインテール状のパーツを三百六十度何周も回転させる。彼女の名はリィカ。このユニガンの時代から約八百年後の未来で作られた自立思考型アンドロイドである。量産型ではなく、特注の一品物。未来でアルドと偶然出会ったときより、旅の道連れという感じで今まで一緒に旅をしてきた。ハンマーを使って敵を粉砕する。

「こんな深夜にどこに行くのよ」

 たわわな胸部、切長の瞳。サラシのような白いニット素材の服を身につけ、ヘソを出し、ショートパンツを履いている。赤い革のジャケットコートを羽織り、両手には赤い小手を身につけている。黒くて長い髪の左側だけ一つに束ねている美少女。彼女の名はエイミ。リィカと同じ未来の時代で出逢い。今はアルドと共に冒険をしている。武器屋の看板娘兼、合成人間という人類の敵と戦うハンターをしている。拳で闘う美少女である。

 アルドは三人に向かって答えた。

「ええっと……、真夜中、誰も居ないはずの城内に灯りが見えるらしいんだ。その原因を探るため、これから城に確認しに行く」

 エイミは身震いした後、青い顔をした。一言を残して宿屋の自分の部屋に帰ろうと階段へ向かった。

「あっ! そうだった! ちょっと今夜はやらなきゃならないことがあたわ。じゃあ、みんな気をつけて行ってきてね」

 階段を上ろうとするエイミの後ろ姿に、リィカとサイラスがポツリと言う。

「脈拍の上昇ト声色ノ変化カラ嘘でアル確率ハ八〇パーセント以上デス」

「おやぁ? エイミは、お化けが怖いのでござるか?」

 エイミはピクリと足を止め、振り返って少し声を荒げた。

「そんな事ないわよっ! 私も着いていくわよ!」

 アルド達は、寝静まったユニガンを抜け、誰も居ないミグランス城へ入っていった。

 城内は、放たれた火によって酷い有様になっている。壁に等間隔に配置された美しい装飾の支柱には、大きなヒビが入っており、床は黒くに焦げていた。階段を仕切るための、天井から吊り下げられた、大きく上品な赤いカーテンは黒焦げており、通り道でない城内の端には、まだ瓦礫が積み上げられたままになっていた。

 アルド達は中央の階段を使って、二階に上がった。階段を登りきった真正面の壁には、大きな赤い垂れ幕が飾ってあった。垂れ幕には王家の紋章が刻まれていた。その垂れ幕は、焼け焦げてところどころ破れており、ボロ布のようになっていた。深夜の城内の静けさも相まって、廃墟のような薄気味悪さを感じた。

 アルド達が、二階を見て回っていると、瓦礫で塞がれた渡り廊下の方から何者かの気配を感じた。

 恐る恐る覗いてみると、黒いフードマントを被った男が鳥篭のようなものを持ち、ブツブツと独り言をいっていた。男が鳥篭のようなものを宙空に掲げると、城内の床や壁から、光る人魂のような球体が一斉にふわり飛び出してきた。球体は後からふわりふわりと、絶えず床や壁から湧き出てきた。

 サイラスがその光景を見ながらボソリといった。

「この光が件の正体でござるな」

 リィカは悔しそうにいう。

「コノ現象ヲ正しく観測デキる機能を直チニ拡張シナクテハ……!」

 エイミは、近くからふわりふわりと舞っている光る謎の球体に震えていて今にも叫び出しそうだった。

 光る人魂によって、怪しい男の影がしっかりと出てくる程の数になった頃、男は何か呪文を一言唱えて鳥篭の蓋を開けた。すると、光の球はその鳥篭に急速に吸い込まれていった。辺りは一瞬で元の暗さを取り戻した。窓からの月明かりのみが唯一の明かりである。男が、鳥篭を閉め、その場を去ろうと振り返るとアルドが腕組みをして立ちはだかった。

「なあ、あんた。そこで何をしてたんだ? 一部始終、しっかり見てたぞ」

 男は、舌打ちをして、素早く鳥篭を腰に携えた。自由になった両手でマントの懐を漁り、床に二つの瓶を同時に投げつけた。割れた瓶から、紫色の煙がモクモクと上がり、ソウルキャッチャーという魔物が現れた。動く骸骨がフードを被り杖を持っている、魔法使い骸骨といった見た目のソウルキャッチャー。杖の先には、提灯のように光る鳥篭をぶら下げている。

「魔物っ! ユニガンに出ていかれたら大変だ。みんなやるぞ!」

 アルドはそう言って、剣を抜き、仲間も一斉に臨戦態勢を取った。

 アルド達が魔物の相手をしている間に、怪しい男は城の窓を蹴破り、柱に括り付けた縄を命綱にして飛び降り、逃げ去った。


 アルド達が、魔物を退治するとソウルキャッチャーの鳥篭から、光る球体が一つふわりと宙空に漂った。頭に直接響くように声が聞こえてくる。

(あの人を止めてあげて……。あの人はザルボーに向かったわ……。ルチャナ砂漠であの人を探して……。お願い……)

 か細い声で語りかけてきた球体は、空中で霧散した。

「あの人? 怪しい男のことでござろうか」

 サイラスが付いてもいない血を血振りした後に、刀を鞘に納めながらいった。

「目的はわからないけど、魔物を使役しているようね……。ほっとけないわね」

 エイミはバシッと拳と掌とを合わせながらいった。

「アルドさん、ザルボーに向かいマショウ」

「ああ、リィカ。でも、その前に、門番に報告だ」

 アルド達は城を後にした。宿屋に着く頃には、遠くの空が白んできていた。

 次の日、アルドは門番に報告に向かった。

「光の原因は謎の浮遊球体でしたか……。しかも、怪しい男は、魔物を使役していたと……。これはラキシス団長に報告しておいた方がいいかもしれませんね……。ありがとうございました。そのザルボーという場所、東北にある小さな孤島の町の名前だったと思います。どうかお気をつけて」

 アルドは門番と別れ、ザルボーへ向かう為、ユニガンを後にした。

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