第二幕 あの時、重なった手と手が
あたしの家はこの一帯でもとりわけ大きい。
高い
けれどそこは、代々住んでいた家ではない。
本家に当たる親類が都会に出ていったり、戦争で家が断絶したりで、生家であるこの家を管理するものが居なくなったのだ。
そこで分家に当たるあたし達一家が、管理人の立場で住まわせてもらっている、ということらしい。
ちなみにこの一帯も全て本家の土地だったが、その際に墓などがある裏山を除いて売り払ってしまったようで、その後周りは住宅地として一気に整備が進んだ。
そんな中、隣に引っ越して来たのが世木一家というわけだ。
毅とは、当時から基本的に意見は合わなかった。
あたしがこう、というと、毅はいや、こうなんじゃないか、という具合で相違が起こる。
ただ、間にみっくんが居たこともあり、また、なんだかんだ言って男子にとって広いあたしの家は格好の遊び場でもあったので、基本的に仲は良かった。
それなりに平穏な日々を送っていた最中の、七年前。
小学四年生の秋に、事件が起きた。
「おお、すげー!」
「へへっ、俺のじいちゃんの家にあったんだ!」
昼休みの話題は、クラスで一番の悪ガキが持ち込んだ『武器』のことで持ちきりだった。
彼の手にあったのは忍者が持つような車手裏剣で、その黒光りする金属の鋭さは、間違いなく本物のそれであった。
「桂みたいに家だけデカくても、こういうホンモノを持ってないとな!」
悪ガキの威勢のいい声に、賛同する声が続く。
そんな中、あたしは小さく背中を丸めて席に座っていた。
この頃、あたしの家のことは周知の事実であり、それゆえに一目置かれる存在に自然となっていた。名前のこともあって、姫扱いをされていたのだ。
それにあたしも甘んじていたから、偉そうにしていたのもある。
けれど、それが手裏剣事件により、一気に危うくなったのだった。
放課後。
あたしと毅は、いつものように縁側の前に集まっていた。
みっくんは塾の日だったので、今日は二人だけだ。
「悔しいー!」
家に帰ったあたしは、怒りをぶちまけていた。
ただ、それでどうなるわけでもない。
怒りも段々収まり、代わりに凹み具合が増してきたあたしに、今まで無言で隣に居た毅がポツリと呟いた。
「あるんじゃないか?」
「へ? 何が?」
「考えてもみろ。これだけ大きな屋敷なんだから、あんな手裏剣よりもっと凄いお宝があるはずだ。それを明日持っていけばいいだけだよ。何か心当たりはないか?」
「うーん? うーん。……あ」
あった。
「裏山にある蔵なら、あるかも!」
先週、夕食の席でビールの瓶を片手に赤ら顔の父親が熱弁していた。
桂の家には物置代わりに使われていた蔵があるのだそうだ。
江戸時代、下手するとそれより前からのお宝が収められているのだとか。
「それだ、裏山のどこだ」
「ええっと」
縁側から庭先まで出て振り返り、裏山の方を向く。
「ほら、あそこ。木に囲まれているけど」
山の中腹くらいだろうか、微かに瓦が見え隠れしている。
「よし、行こう」
「え、今から?!」
「ああ」
毅は決意に満ちた目をしていた。こうなるとあたしが何を言っても聞かない。
こうして、急な山登りを決行することになった。
裏山は低い山だったが、その当時手入れがほとんどされておらず、
当時のあたし達は、山に関して十分な知識があるわけでは無い。何となくで把握した位置を頼りに、近道になるといって急な斜面を登り、どうにかこうにか蔵までたどり着いた。
だが。
「鍵、開かないな」
「くそー。帰ろ帰ろ!」
あたしは錠前をガンガンと蹴ったりしたのだが、蔵はびくともせず、結局手ぶらで帰ることとなった。
そしてあたし達は思い知らされることとなる。
山の危険性を。
急斜面はその典型で、一つ足を踏み外せば凄まじい勢いで転がり落ち、その際に突起物などにぶつかれば大けがをすることもある。
実際に危うく転落しそうになったあたし達は、来た道を戻ることは出来ず、安全そうな勾配のない道で戻ることになったのだが、当然それは見知らぬ道であった。
結果、迷った。
「どうしよう。タケちゃん、どうしよう」
「とにかく歩こう、道が広いほうに、下るほうに、明るいほうに行くんだ」
泣いているあたしに、毅は今と同じように手を握って、励ましてくれた。
日が沈み、いよいよ危険な時間になってきた頃、捜索に出ていた父親達に無事救出された。
人生で一番こっぴどく叱られたのもあり、当時の気持ちはすぐに思い出せる。
そう、あの日からなんだ。
*
「着いたぞ」
「え、もう?」
思い出に浸っていたら、せっかくの手繋ぎデートが終わってしまっていた。
離れる毅の手を未練がましく目で追いながら、気になったことを尋ねてみる。
「理由探すの、どうするの?」
「ああ、それなら明日もやる。一応、案はあるんだ」
「え、そうなの?!」
「優姫と手を繋いでいたら思い出してな。明日昼に家に顔出すから、動きやすい格好で準備していてくれ。じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ。……ん?」
気になる言葉があり、疑問がわいてきたが、ぶつけようとするその相手は既に家の中へ入ろうとしていた。
あたしと毅が手を繋いだのは、あの日しかない。
もしかすると、同じように思い出していたのだろうか。
*
玄関をくぐると、家の一切を任せてある井原さん(通称ばあや)が出迎えてくれた。
「優姫さん、おかえりなさい」
「ただいま、ばあや」
そのまま居間に行き、夕食をとる。
父親は現場で寝泊まり、母親は会社の研究室に籠もりきりで、今日もばあやと一人娘であるあたしの、二人きりの夕飯となる。
「あらあら、残念でしたね」
「まーフラれたわけじゃないからいいんだけど、その後がねー……」
ばあやは忙しい私の両親代わりに、小さい頃から面倒を見てくれる存在だ。
歳も六十近くで見た目も白髪交じりでいかにもばあやという感じだが、気兼ねなく何でも話せるから、あたしにとっては本当に大事な人だ。
「毅さんのことですから、明日はきっと良いことがありますよ」
「うん、そうだよね」
ばあやに励まされて、あたしは気持ちを切り替える。
毅も策があると言っていたし、あたしに出来ることは、それを信じることだけだ。
そのままお風呂に入った後、自室に帰ると、ベッドに頭からダイブする。
あたしの部屋は、この家には似つかわしくない、典型的なフローリングの洋間だ。
十四の時だったか、誕生日プレゼントとして駄々をこねたもので、年頃の娘が古い和室の自室に嫌気が差しているというのは父親も分かっていたのだろう、リノベーションしてもらった結果、こうなっている。
うつぶせのまま、右手に残る温かさを左手で包み、繋がっていたひと時を思い出す。
顔が緩む。身体も温かくなってきて、心地よい疲労感が全身を満たしていき、あたしの意識は急速に遠のいていく。
そして、あたしは、――夢を見た。
そこは、いつもの縁側。
淡い月明かりが照らすそこに、女と男は座っていた。
肩が触れ合うくらいに、こんなにも近くに居る。
けれど、互いに言葉を交わすこともなく、指一本触れることすら叶わない。
お互いに同じ景色を分かち合うことだけが、二人に許された唯一の行為だった。
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