ひめたる想いは草に寄せて

南方 華

第一幕 なかなか思うようには行かないけれど

 幼馴染に告白した場合の結果は、どのようなものが想像出来るだろうか。

 しかも女が男に、である。

 一般的には、「じ、実は俺も……」みたいな相思相愛パターンか、「ちょっと待って欲しい」みたいな保留パターン、あるいは「既に彼女が居ましてね」パターンで大半を占めると思う。

 だが、目の前に居るあたしの幼馴染……、世木毅せきたけしは違った。


優姫ゆうき、君の気持ちは良く分かった。実のところ俺も君のことが好きなんだが、その理由が全く分からない。正直タイプではないし、幼馴染で長年一緒だからという理由では納得がいかない。だから、付き合う前に色々調べてみたいんだ」


 言葉が長ったらしいし、分かりづらい。

 この一大イベントのために気合を入れてセットした頭を、思わず掻きむしりそうになった。

 そう。あたしの幼馴染である毅は、こういうやつなのだ。


「え、じゃあ何、保留ってこと?」

「いや。答えはイエスだ」

「じゃあ、いいじゃん。付き合おうで」

「優姫はいいのか、それで」

「いいよ別に。付き合えば分かるでしょ、そういうの」

「俺はそういう中途半端なのが駄目なんだ。考えてみてほしい。地球上に数多いる人類の中で、一人のつがいを選び出すのがどれだけ大きな出来事か。ここで十分な納得を得ずに軽い気持ちで付き合って、やっぱり違いましたって別れでもしてみろ。それこそ時間の無駄だし、今後の判断基準に迷いが生じる。それは人生においても、とてもマイナスの――」

「あー、もう、分かった、分かったわよ!」


 毅の長台詞は聞き慣れているが、今日はとにかく話を前に進めたかった。


「……君は、どうして俺なんだ」

「え、それはほら、幼馴染だし」

「それなら、みっくんもそうだろ」


 みっくんは、共通の幼馴染だ。

 中肉中背の毅とは違い、高身長で細マッチョ、まるでどこかのアイドル系芸能事務所にでも所属していそうなオーラをまとっている人気者だ。

 無論、イケメンでもある。


「しかも、俺みたいなのとは違って、彼は大らかで人格者だ。スポーツも万能。まあ、知的レベルで言うと俺の方が若干上だが」

「それ、自分で言う?」

「事実だからな。優姫は、彼の方がタイプなんだろう?」

「う」


 これは、紛れもない事実だった。

 中学の頃は某アイドルグループの追っかけをしていたし、ライブに無理やり毅を同行させた経歴すらある。あたしのタイプはお見通しだろう。

 でも。


「……毅が好きなんだから、しょうがないじゃない」


 これも、紛れもない事実だ。


「……」


 毅はかけている眼鏡をクイっと持ち上げると、最終回答を宣告した。


「やはり、お互いのために、一緒に調べよう」


 こうして、一世一代の告白は、あたしの予想とは一風変わった展開を迎えるのだった。


     *


「で、具体的には何をするの」


 告白の舞台となった公園近くにある商業施設の二階にあるフードコートへ場所を移し、あたし達は話し合うことになった。

 昼下がりの土曜日は家族連れが多く、とても賑やかだ。


「そうだな……アプローチとしては、科学的なものと、非科学的なもの、だな」

「科学的なのは分かるけど、非科学的なものって何さ」

「勿論スピリチュアルなやつだ。占いの類で相性を確認したい」


 あたしは占いを良いところだけ信じるタイプの人間だ。

 朝のテレビでランキングが高かったらテンションはお高いままだし、低かったら見なかったことにする。そんな適当な扱いなので、あたし達の未来まで委ねるのは正直言ってしんどい。

 という、あたしの明らかに嫌そうな目つきを汲み取ったのだろう、毅は言葉を被せる。


「占いというものは侮れないのだ。古代より脈々と様々な形で継承され、それが科学的に発展した現代まで一定の信用力を以て執り行われている。それはすなわち、占いというものが古来より数値化出来ない情報を集約し、経験則として人の一部分を明らかにする効果があるのではないかと――」

「OK、とりあえず科学やろ、科学!」


 要するに科学でうまくいけばいいのだ。

 一つでもこやつを納得させれば、あたしの勝ちなのだ。


「では、このアプリをインストールしてくれ」

「なになに、『AIできゃるーん☆あなたに最高の出合いコンダクター』……」


 一瞬、目が虚ろになりそうだった。

 別にそのアプリのタイトルが痛々しいからではない。

 ちょうど一週間前、このアプリがきっかけで付き合った親友を知っているからだ。


「このアプリは最近人気らしくてな。数々の設問に対する回答をAIが精査することで、奇跡の高スコアマッチングを実現出来ているということだ。相性度が80パーセントを超えていると、うまく行くらしい。ちなみに、浩二がこのアプリがきっかけで、大野美由と付き合ったとのことだ」

「よーく、知ってる」


 その親友の名は、大野美由みゆきちだ。


「そんなわけで、俺達もこれをやってみようと思う」

「はーい」


 気の無い返事を一つして、早速アプリを端末にダウンロードする。

 別にこのアプリのことを疑っているわけでは無い。今の時代、AIによるマッチングなんて、ごく一般的になってきた。

 ただ、万が一でも悪い相性が出たら、それなりに気落ちするのは目に見えていたからだ。


      *


 アプリを進めていく。

 だが、あたしはものの数分でダウンしそうになった。とにかく質問の数が多いのだ。

 中にはさっき答えたじゃん、って言いたくなるような類似の設問も多く、回答が百を超えてくると、段々といい加減になっていく自分との闘いに変化していった。

 向かい側に座る毅をちらりと見る。

 真顔でタップし、スワイプを繰り返している。その表情は真剣そのもので、よほど集中しているのか、ドライアイになりそうなくらい瞬きも少ないような気がする。

 とはいえ、それが付き合うために必要なのだと信じて疑わずやっているのだと思うと、ちょっとだけ顔がにやけてくる。

 そうこうするうちに回答を終え、6桁のIDが発行された。


「終わったよ」

「ああ。俺も今終えたところだ」


 嘘つき。

 さっきから手が止まって、ちらちらとこっち見てたの、知ってるんだから。


 毅は素早い手つきでお互いのIDを入力し、回答画面の下の方にある「この人との相性を確認する」というボタンをタップする。

 あたしも席を立ち彼の端末をのぞき込む、と。


 相性:22パーセント。

 

 と表示され、各部分においてダメ出しが延々と書かれている。

 とどめと言わんばかりに、このアプリの平均相性は73パーセントです、とまでご丁寧に添えられて。


「「……」」


 予感はしていた。お互いタイプではないのだから。


「……AI的には根拠がないということだな」

「そ、そうね」

「なに、科学的アプローチというものも色々なものがあるからな。もしかすると遺伝子だったりそういうものもあるかもしれない」

「……うん」


 あたしのテンションは予想通りこれ以上なく下がってしまっていたが、毅が付き合うことに後ろ向きにはならなかったことには心底安堵した。


     *


「気を取り直して、非科学的な面から確認しようか」


 彼の口から出た言葉に、改めて違和感を覚える。

 何においても科学的、数学的な思考なのだと思っていたからだ。


「不思議なことでもないさ。さっきも言ったように、そういうものは現代において解明されているかどうかというだけだ。例えば、百年後の未来ではお化けや幽霊が科学的に解明され、その存在が『居る』と証明されているかもしれない。事実、二百年以上前は細菌やウイルスは存在を把握できず、自然災害や迷信のような扱いだったわけだからな」

「なるほど……」

「それでは、マダム・ヒカリに会いに行くか」


 マダム・ヒカリはこの商業施設三階の端にブースを構えている、占い師だ。

 タロットカードを使った一般的な占いをするようで、相性関係は当たると最近学校で噂になっている。

 あたしも正直なところ、これはうまく行くのでは、と期待していた。

 当たると評判で人気が出始めている占い師が、酷い結果を寄越すはずがない、とそんな風に思っていたからだ。

 結論から言うと、大いに甘かった。


「酷いわね」


 マダムの辛らつな言葉が突き刺さる。

 机の上に並んだ三つのカードは、どれも禍々しい絵だ。

 戦車は転覆し、塔は砕け崩落し、悪魔が口角を吊り上げて笑っている。

 それらについての説明で、これでもかと関係性を全否定されたあたしは、暗幕の外に出るや否や、床にへたり込んでしまった。


「もうダメだあ、世界の終わりだあ」

「……」


 毅が右肩に手を乗せてくる。

 涙目になるのを必死にこらえつつ見上げると、飄々とした表情をした彼が居た。


「ま、こういうのは運もあるからな」

「え、でも。価値観合わないって、うまく行かないって……」

「最後にマダムがこう言っていただろ? 考え方を見直し、これからの頑張りがあれば運命は変わるって」

「そんなこと言ってたっけ」


 最後の方は放心状態だったので、記憶がなかった。

 何気にフォローはしてもらっていたのだ。


「ああ。ほら、立って」

「うん……」


 そう言って差し伸べられた手を握り、素直に立つ。

 時計を見ると、もう五時を過ぎていた。夕方には帰ると言って家を出てきたので、今日はタイムアップだ。


「……このまま、手を繋いで帰ろうか」

「へ?! え、いいの? だってほら、あたし達」

「一応付き合っているんだろう?」


 そう言って握った手の力がほんの少しだけ強くなる。

 あたしは顔と手のひらが熱くなっていくのを感じながら、そのまま隣り合って家までの道のりを歩いていく。

 こうして毅と手を握って歩くのは、七年振りだった。

 その変わらない温もりを味わいながら、ある出来事に思いを馳せる。

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