第15話 見たい
ウトウトしてしまうような暖かい日差し。木漏れ
「予言の夢見の
ドーレマは一瞬、息を詰める。その名称は、魂の闇に触れる、恐ろしい気配を引き連れてくる。
デューンが何を知りたがっているのか、いくつかの候補をドーレマは勝手に想像し、困惑してしまう。
私たちのこと? 錬金術師デューンの将来? ・・・やっぱり、レイヤさんのこと?
「〈尊厳死カプセル〉のこと?」
黙って頷くデューン。
「かあちゃんがあの装置で死にたがってること、前にも話したよね?」
今度はドーレマが黙って頷く。
その
呪術師のほうも、一生に一度行なうことがあるかないかぐらいの秘術・・・。
「それ、グリンさんにも訊いてみた?」
「うん」
『返事はどうだった?』とは、聞くまでもないが、いちおう、デューンの継ぐ言葉を待つ。
「・・・殴られた」
あーその顎の内出血ね。アッパーで来たか。
「脳と歯は大丈夫?」
「うん。口の中を切っただけ」
急所を
顎のまだ青いアザにドーレマの指先が触れようしたとき、デューンが反射的に軽くビクッとして顔を背けようとする。ドーレマも反射的に手を引っ込める。引っ込める手を追いかけてデューンが掴んだ。ドーレマの右手薬指の指輪を、デューンの指が祈るように撫でる。
〈はっきり言って、ワタシもお断りだ。まだキャリアも浅いし、
二つ返事でお断りしたいのはヤマヤマだが、繊細なデューンがこれほど悩みながら姉の突きを受けてまで求めるものを、バッサリ切り捨てるのも可哀想だ。
「なにを見たいの?」
「尊厳死カプセルでかあちゃんが死ぬことが、幸せかどうか・・・」
「心の中でシュミレーションしても、わからないのね?」
苦悩を滲ませるデューンの、濃いヒスイ色の目を覗き込むドーレマ。
人と目を合わせることがあまり得意でないデューンが、ドーレマの青灰色の瞳を射貫くように見つめる。
〈普段からこんなふうに、ちゃんと目を合わせてくる人だったら、私はこの人の浮気の心配をせねばならぬところだった・・・〉
真っ直ぐなデューンの視線に思わず
あまり期待できないけど、一縷の望みをかけて、学生時代から愛用している電子辞書で『惑星呪術学大事典〈理論編〉』を引いてみた。
やはり、危険な呪術だ。術の原理上、被術者の無意識を攪乱する。あくまでも被術者の自己責任において、夢の〈予言〉から、将来の行動を変える可能性を得られる、というのが唯一の効能であるが、心身に与える影響が大きいため、呪術省は安全を保障していないという。
念のため『・・・〈実務編〉』も引いてみる。呪文の文言が一言一句言い間違いの許されない、最高難度を示すマークがついている。術を引き揚げた後も数日間は夢の〈気〉が残るため、日常生活に支障をきたすことがあり、最悪の場合、心理的統一性が失われる。やむを得ず施術する場合は、呪医の監督の下で行なうことが望ましい、という。
『呪医』と聞いて、デューンの頭にひとりの〈候補者〉が閃いた。
レイヤの学生時代からの呪術師仲間で、呪医免許も持つ、ヘーメラさんというおばさんだ。その人ならドーレマも知ってる。墓地でお見かけしたことが何度かある。
「ヘーメラさんって呪医資格も持ってるのか・・・そんな偉い人には見えないけど・・・」
北部墓地へ仕事に来るといつも、じいちゃんのバラ園をブラブラしていくおばさんだ。たまにじいちゃんをとっ捕まえてコンサバトリーでお茶を飲みながらバラの話で盛り上がっていたこともあった。
さっそく車を飛ばしてヘーメラさんをふたりは訪ね、〈予言の夢見〉の
「レイヤがそんなことになってるとはね・・・」
認知症だけなら誰にとっても他人事でないけれど、レイヤは五十代だ。若い頃、ネプチュン鳥島人の若者と刹那の恋に落ちて妊娠し、『一人で産んで育てる』と覚悟を決めていた、無謀なところもあったレイヤ。たまたまグルのラボで出産することになったのは思わぬハプニングだったが、結局そのグルと夫婦になった。
娘のグリンが結婚して、『もうすぐ孫ができる』なんてそわそわしながら、誕生祝いの
息子のデューンは錬金術師となり、グルのプロジェクトに後継者ができたのはいいけど、息子はそれでいいのかしら? あまり自己主張しない子だからちょっと心配、とか言っていた。
ヘーメラさんの知るレイヤの情報はそこまでだった。
「かあちゃんが尊厳死カプセルで死んだ場合の運命を知りたいのです」
「尊厳死カプセル?」
そうだった。全学プロジェクトに昇格していたこの事業だが、秘密裏に研究が進められているから、学外ではまだあまり知られていない。説明はそこからだ。
デューンは〈尊厳死カプセル〉の概要と、レイヤがそのマシーンによる尊厳死を強く希望していることをヘーメラさんに伝えた。
「どうかお願いします!」
小さい頃から内気でおとなしいデューンがこれほど決然と迫ってくるのが意外なようでもあり、頼もしくもあり、ついにヘーメラさんも覚悟を決めた。
「断っても食い下がってきそうな勢いね。それほど望むなら、受けてみる? でも運命を見られるのは〈さわり〉の部分だけよ。全部見てしまうと夢に呑み込まれて戻って来れなくなるから」
思ったとおり相当バイオレントな術のようだ。
それでもデューンがどうしてもと言うから、
万一のことがあっても呪術師には責任を問わない、という旨の誓約書を書かされたが、これは一応、法的に定められた様式なので、実際には呪医が最善の処置を施すから、まあ大丈夫でしょう、とのこと。どれくらいの確率で重篤なショック症状が現れるかは、症例の絶対数が少ないため統計が出ていないらしい。
家族には秘密にしたいとのことで、連帯保証人の欄はヘーメラさんがでっちあげてくださった。
「二、三日起き上がれなくなるかもしれないから、連休のときにしましょう。研究室のほうは大丈夫?」
「二、三日ならなんとかします」
「おっけー。施術場所は、ドーレマちゃんの家がいいかな。集落から外れているし、温泉もあるし、火葬場もお隣りだし」
ふんふん。最後のはどういう意味だ?
学生時代ユキちゃんが泊まるとき使っていたモイラの部屋のベッドに新しい寝具をしつらえ、デューンにはそこに寝てもらうことにした。
「あのー、お代はいかほどで・・・」
「そうねぇ・・・ドーレマちゃんちって、いつもバラがきれいに咲いてたわよね。バラの花束で支払ってもらっていい? 本数はテキトーでいいけど、色をとり混ぜて華やかにしてほしいな」
そのバラ園は、ユキちゃんが卒業したあと、デューンも手入れしてくれている。自分で
当日、ダンナさまに送ってもらい、
「は~ぃ」
とファンキーに登場したヘーメラさん。さっそくドーレマを勝手に助手として使い、あれこれ指図する。
ヘーメラさんが持ち込んだ道具のなかに酸素ボンベを見つけたときは、ドーレマもデューンもギクリとした。ドーレマにとって、呪術師歴四年目にしてこのような激レアハードコアな
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