第6話 驚いた

 その日が週末であることをドーレマは忘れていたが、翌日、魂帰たまがえし式の日は休日だった。

 朝イチでユキちゃんが来てくれて、ドーレマはたいへん心強い。


 レイヤさんが儀式用の装束に身を包み、グルはブラック・フォーマルの礼装で、お二人揃ってやってきた。

「なにか雑用のお役にでも立てれば、と思って、子どもたちも動員したわ」

 レイヤさんたちが連れてきた喪服姿のお子さんたち・・・。



 あ、あ、・・・・あのデューンさまだ・・・!

 ユキちゃんも目を丸くしている。

 基礎占星術学の講義二年目にやっとお名前を知ることができた〈彼〉は、〈デューンさま〉。ドーレマは必ず〈さま〉をつける。

 直接言葉を交わす機会は二年間とうとうなかったけれど、その〈彼〉が友達から名前を呼ばれた瞬間を、耳でキャッチすることができたのだ。


 大教室の椅子に腰かけてる佇まいが、なーんか親しみのあるような感じがすると思っていたら、師匠の息子だったのか・・・

 ってことは、デューンさまも変人なのか?


 ドーレマは、三回生になり、もう接点がなくなったと思っていたデューンさまと思わぬ場面で顔を合わせることになり、彼がこんな身近なひとの息子であったことにびっくり仰天し、よりによってこのおっさんの・・? という幻滅と、まさか親子だからといって性格まで同じというわけではないだろう、なんてったってお母さんはレイヤさんなのだから、まだ希望を棄てちゃいけない、そういえば師匠もレイヤさんも、普段ここへ来るときには生活感を全然漂わせてなくてさすがだな・・・等々、いろんな思いが雑多にぐるぐる浮かんでしまうが、いやいや今日はそんなことを考えている場合ではない、お葬式をするのだぞ、私が喪主なのだぞ・・・と、とりあえず混乱するあれやこれやを保留して、気持ちを切り替えた。


 レイヤさんの娘のグリンさんは、呪術学研究科のD1だという。キャンパスでお見かけしたことのある先輩だけど、そういえばレイヤさんに似てる、とか、考えもしなかった。傍へ寄ると、バラのようないい香りがする。

 グリンさんはさっそく、

「キッチンをお借りするわね」

 と言い、弔問客やスタッフらにお茶を出す接待役を担ってくれた。デューンさまは、師匠とともに男手の仕事を手伝ってくださる。



 祭壇に、ソーラーシステム大御神様のご神体をかたどった天球儀がしつらえられ、それぞれの色が神々を象徴する玉を配し、多数のろうそくの焔が取り囲む。


 レイヤさんは、呪術師がまとう白レースのベールを、ドーレマの頭にも被せ、ドーレマを正統な儀式の助手として、軽くまじないをかけて手引きをする。



 レイヤさんが魂帰しの呪文を唱え始めると、最初の一語で空気が一変する。

 人の人生に関わる最も厳粛な儀式である魂帰し。じいちゃんの魂が、いよいよあの世へ帰ってしまう。

 とたんにドーレマの心には悲しみが襲ってきて、涙が溢れてくる。

「じいちゃん・・・」


 レイヤさんは完璧な所作で呪術を進めながら、ドーレマの手を取り、ドーレマが魂を込めてパトスを送ってやれるよう導いてくれた。

 会葬者が列をなし、順々にパトスの棺を花で埋めていく。


 ドーレマにとってもうひとつ思いがけなかったのは、その日が休日だったせいか、とてもたくさんの人たちが葬儀に参列してくれたことだった。ドーレマの知らない人も多かった。

 どこか孤高の老人のような風情漂うじいちゃんだったけど、いろんな人たちと繋がっていたのだな、と思い、なんだか誇らしくも感じる。



 ジュピタンの風習にならい、火葬・遺魂の発注・残りの骨納めまで全部合わせて、半日あまりで一連の魂帰しの儀式を終え、ドーレマはすっかりお世話になったレイヤさんにお礼を述べた。

「おかげさまで、皆さまに見送られ、パトスは安らかに旅発つことができました。私の至らぬことの数々をお許しください。後日改めて、お礼に伺います」

「堅苦しいこと言わないで、ドーレマちゃん。今日はあなたが一番疲れたでしょうから、秘湯の(と、ここでレイヤさんはにっこりウインク)温泉に浸かって、ゆっくり休んでね」

 

 いや今日一番働いたのはレイヤさんだ。それなのに、レイヤさんは昨日のように呑気なおばちゃんの笑顔でドーレマを労い、師匠と一緒に帰って行かれた。

 グリンさんとデューンさまは、別の車で来てくれていたらしく、ユキちゃんと一緒に残り、きれいに後片付けまでしてくれた。



「ドーレマ、大丈夫? 今日泊まってあげようか? それともひとりでゆっくり休む?」

 ユキちゃんが心遣いをかけてくれる。

 あー疲れた~、って手足を投げ出して大の字になりたい気もするけど、やっぱりいきなりひとりぼっちは辛いかも。ユキちゃんの好意に甘えて、泊まってもらうことにした。


 グリンさんが、ぐわしっ、とハグしてくれる。国家試験に受かり、学士号を取った時点でプロの呪術師になれるけれど、グリンさんはさらに大学院へ進み、博士後期課程で研鑽を積んでいる。ドーレマからみれば憧れの先輩だ。そんな人に、茶坊主までさせてしまい、急に申し訳ない気持ちになるドーレマ。

 でもグリンさんは、レイヤさんに似た人懐っこい笑顔でドーレマを気遣ってくれる。



 ん? いま気づいた。グリンさん、瞳の色がサファイアブルーだ!

 え? え?? ・・・ジュピタン人じゃないの? どゆこと?

 ドーレマの顔に?マークが貼りついていたのだろう、グリンさんは微笑み、

「落ち着いたら、お茶でもしましょうね」

 と言ってくれた。『おしゃべりしましょう』という意味だ。

 はいっ! 光栄ですっ、先輩!


 デューンさまは、

「お疲れさま。基礎占星術学で一緒だったよね。無理しないでね」

 と、肩をぽんぽんっと叩いてくださった。


 あ、あ、あの大教室で、ワタクシの顔を、お、覚えててくださったのですか・・・。(あーまだ敬語だ・・二年間一緒に講義受けたからね)

 ドーレマはまたまたしどろもどろに、どんな挨拶を返したのだか覚えていない。


 ありがたきお言葉。デューンさまからお声をかけていただいた。(いや同級生だから)

 デューンさまのお声を初めて聞いた。(だから神様じゃないって)

 デューンさまって、しゃべるんだ。(あたりまえだ)

 ちょっとかすれた、優しいお声だった。(はいはい)

 肩をぽんぽんって。(・・・・・)


 あーでも師匠の息子なのか・・・。(悪いか)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る