第4話 思う

 じいちゃんを補佐できる認定墓守になるため、大学では勉学に励んでいるドーレマだが、週に1回だけ、基礎占星術学の大講義室では、1週ごとに、〈彼〉が気になっていく。

 それというのも、他学部の人は一人一人の顔は覚えられなくても、全体の景色みたいなものに馴染んできて、ちょっとした挙動が目に入る余裕ができてきたからだ。


 あ、顔を上げた。書いてる。ペン回した。落とした。隣の人と喋ってる。笑った。

 どの学生もたいがい同じことをしてるから、だれを見てもそんなふうなんだけど、ドーレマの目には〈彼〉以外はモノクロに見えるようになっている。


 やがて、うつむいていることが多い→勉強熱心。敏捷でなさそう→落ち着いてる。暗そう→思慮深そう。快活でない→繊細かも。

 ドーレマの意識の中で、〈彼〉のイメージが勝手に言い換えられていく。



「それは普通に健全なことだよ~。見たままの現象で人の属性を記憶に落とし込んでたら、この世のカップルは半減するよ」

「は?」

 なんかよくわからんが、だれかに憧れを抱くということは、自動的に、幻想の作用により情報が書き換えられる、ということらしい。そして、一生懸命勉強することと、異性に恋することは、同一地平線上にあり、地続きでよい、という。ふんふん。

 やはりよくわからんが、無理に禁欲を課す必要はなさそうだ。


 ユキちゃんはおしゃべりしながら、鼻歌交じりに、二種類のバラのつるを器用に、じいちゃん手作りのフェンスに絡ませる。庭を囲むフェンスじゃなくて、区画を分けるための衝立のようなやつだ。トレリスともいう。じいちゃんは、バラ野原を、特に東の空地方面を〈ここまで〉と囲む気はないらしい。どこまでいくんだろう・・・



「これは遺魂いだまね。どなたの?」

 祭壇の遺魂だ。テッラでは火葬をする地方なら遺骨はほぼすべて墓へ納めて、故人を偲ぶのは、顔写真(遺影)。着物と背景を合成したりもするそうだ。宗教によっては、生前の名まえとは違う名まえ(戒名)を書いた札(位牌)を祭壇(仏壇)に祀るらしい。


 第五大で学び始めてから遺魂のことを知ったユキちゃんは、

〈現代の錬金術師はそういうことで日銭を稼いでいるのか〉

 と納得したらしい。いや、それは葬祭関連業界の冶金系錬金術師の仕事。本来は、いろいろ変容させる物質やら精神やら、次元に橋を架ける垂直方向やら水平方向やらの仕事がありまして・・・。



「遺魂はね、じいちゃんの奥さんと子どもと、私のお姉さんのようだった人」

 メリッタという奥さんと、ロドゥという息子は、不幸にも事故で亡くなったらしい。二人の遺魂は、透き通った薄いピンク色の地石に、灰色(遺骨)と濃いピンク色の粒がちりばめられている。

 

 ドーレマは、モイラの可愛いマーブル模様の遺魂を撫で、彼女が自分と同じく、じいちゃんに育てられた捨て子であったことや、限られた言葉しか話さないけど、優しく面倒をみてくれていたことや、モイラとの思い出のいくつかを、ユキちゃんに語った。



 バラ野原でユキちゃんは、パトスじいちゃんがなぜこれほどバラが好きなのか、尋ねたことがあったらしい。

 過去の事について、なかなか口を割らないじいちゃんだが、それはドーレマが特に詳しく尋ねもしないからだ。なぜバラが好きなのか、訊いてみたこともなかった。やはりユキちゃんは考えることがドーレマより深い。



「新婚旅行で、ネプチュン鳥島へ行ったんだって」

「へ?」

 それは初耳だ。

 

 あちこち飛び回ることが好きだったメリッタさんが、ぜひいちどネプチュン鳥島へ行ってみたいというから、新婚旅行で行ってみた。

 環境保護の観点から、観光客誘致をしていないネプチュン鳥島だが、ビジネス関係で訪れる数少ないお客さん用のホテルが一軒だけあり、メリッタさんが頼み込んで宿泊させてもらったという。


「そこがもう、ピンク天国だった、って」

「ほう。安っぽい連れ込みホテルだった、と?」

「いや、そうじゃなくて・・・」

 島の面積の八割ほどが、バラの花園だったというのだ。人々はそのお花畑のなかに、ちょっとした農地を拓き、道路を通し、家とか工場とか公共施設とかを建てて暮らしている。


 バラといっても、ここのバラ野原みたいなのじゃなくて、たった一種類〈ビイル薔薇〉というやつだけ。それでも、白っぽいのから濃いのまで、ピンク系の色味で豊富なバリエーションがあり、決して見飽きないお花畑らしい。


 しかもそれがいい香り過ぎて、生きた心地がしない。

「?」

 ・・・この世のものとは思えないくらい良い香りが島じゅうに満ちていて、天国にいるみたいな心地だったそうだ。


「それはそれは・・・。新婚旅行としてはちょうどよい、ろまんちっくなロケーションだな」

「その花を一株引っこ抜いて持ち帰ろうとしたら、港の検疫に引っかかって、没収されたらしいの。ビイル薔薇は、繁殖力がとんでもないから、島外持ち出し厳禁だった、って」


 そういうわけで、じいちゃんは定年後の道楽でバラを育て始めたんだな。若い頃の奥さんとのラブラブな思い出なんか、ドーレマには一度も話してくれたことがなかったぞ。




 夜、じいちゃん本人にそのことを訊いてみた。

 ビイル薔薇は、やはり、ジュピタンではどのグリーンショップにも苗が置いてなくて、通販でも売られていない。初めのうちは、ビイル薔薇に似た姿のバラを探して育てていたが、そのうちに、バラ栽培そのものが楽しくなり、められなくなった、という。


「へぇー。ビイル薔薇、か・・・。厳重管理されてるんだねぇ」

「けど、メリッタがネプチュン鳥島からこっそり持ち帰ったものがあってな」

「おっ、やるねぇ、奥さん。んで、その禁断のお土産とは?」

「石ころ」

「へ?」

「左右のポケットに一個ずつ、隠して持って帰った」

「・・・・・」

「ただの石じゃないぞ。ネプチュン鳥島の石だ」

「石はどこでも石でしょ」

 じいちゃんはドーレマの目の前で人差し指をメトロノームにして、にやりと笑う。


「ネプチュン鳥島は、石までバラ色なんだよ」

「それ、なんていう鉱物?」

「友達の錬金術師に見てもらったら、なんとかかんとかって言うとったが、忘れた」

「なんとかかんとか・・・知りたいような、どうでもいいような・・・」


「そこにおるよ」

 じいちゃんは祭壇を見遣る。

 薄ピンク色の二つの遺魂・・・

 そういえば、ロドゥって〈バラの・・〉っていう意味だったな。

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