第3話 働く
日曜日。さすがに少し間引いておかないと、これからの季節、とんでもないことになる、とわかっていたから、ドーレマはローズマリージャングルに分け入り、わきへ伸びた枝を伐採していた。
伐採した枝は、穂先だけ別に集めておいて、あとは乾燥させてから葉っぱをこそいで落とし、適当な長さにカットして薪にする。葉っぱは、キッチンでもお風呂でも、いろいろ使えて便利だ。フレッシュな葉でローションを作ったりもする。
向こうの庭から話し声が聞こえてきた。またじいちゃんにお客さんか? 日曜日なのにご苦労なこった、と思っていたら、お客さんがユキちゃんの声であることに気づいた。
「ユキちゃん、いらっしゃい!」
剪定鋏を投げ出し、ドーレマはユキちゃんを出迎える。
「こんにちは、ドーレマ。フィレールがきれいねぇ。私、好きなんだ」
「へ?」
フィレールってだれ? なに? 聞いたことあるような・・・
「よく
と、じいちゃん。あー、バラの名まえか・・。
昔モイラはバラの名まえをよく覚えていて、教わったとおりきちんと世話をしていたから、じいちゃんも教え甲斐があったようだが、ドーレマのほうは、からっきしダメだ。
なにしろ、バラはこの庭に植わってるやつだけでも、両手でも数えきれないほどたくさんの品種があるし、それぞれの名まえも、〈スヴニール・ドゥ・ラ・なんとか〉やら〈ジュビレ・デュ・なんとか〉やら、舌がもつれそうなややこしい名まえで、覚えられない。同じに見えるのに名まえが違うやつもあるし、触ると堅い棘が刺さって痛い。
「田舎の母が新茶を送ってきたから、おすそ分けに来たの。一緒に飲みましょ」
ユキちゃんの実家はテッラ。テッラといえば大都会じゃん。それを『田舎』だなんて、なんと謙虚な・・・。
「ほぅ、緑茶かね。いいねぇ。テッラはいつでもおいしい緑茶が飲めるから羨ましい・・」
それからユキちゃんとじいちゃんは、舌を噛みそうな名まえのバラを流暢な発音で語りながらコンサバトリーへ向かい、ドーレマがそのあとをよぼよぼとついて行く。
なんとも良い香りの煎茶でひことま
「ごちそうさま。ゆっくりしてお行き」
ユキちゃんに挨拶して、再びバラ野原へ戻った。
ドーレマはユキちゃんに、リビングへ上がってもらい、一緒に課題の勉強をする。
小学生の頃から、ドーレマはいつもこのリビングの大テーブルで勉強していた。その日の気分によって、あっちの
サターンワッカアルの第六大へ行ってしまった幼馴染のわんぱく坊主ピロスも、しょっちゅうリビングへ上がり込んできて、このテーブルで一緒に宿題をしていた。
だだっ広いテーブルに慣れているドーレマには、学校の机は小さすぎて、よく物を落っことしていた。
ユキちゃんもこのテーブルが好きだという。
『机が広いとアタマのキャパも広くなるような気がする』
らしい。ようやく慣れてきた大学の課題がサクサクはかどるのは、このテーブルのおかげなのか?
でもドーレマには、きっとユキちゃんと一緒にやってるからだろうな、とも思える。ユキちゃんの度量もなかなか大きいぞ、と感じているのだ。
休日にはこんなふうにユキちゃんが来てくれて、一緒に勉強して、ユキちゃんはバラを愛でる。たまに、ドーレマが伐採したローズマリーの枝を薪にするのを手伝ってくれる。
リビングでユキちゃんとおしゃべりしながら勉強していると、墓地に
「ドーレマちゃん、こんにちは」
「あ、こんにちは、レイヤさん。休日出勤お疲れさまでした」
「パトスさん、どっか行ってるみたいだから、このまま帰るわね。よろしく言っといてね」
「はい、伝えておきます。お気をつけて」
じいちゃんはまたバラ野原の向こうまで遠征だな。侵略の前線がだんだん遠くへいくなぁ。
「ねえ、ドーレマ。今のかた、呪術師さん? 素敵な人ね」
「そうよ。レイヤさんっていう人。大学の近くに住んでおられて、たまにこの墓地へも仕事に来られるの」
「へぇ。ああいう人、憧れるなぁ」
たしかに、レイヤさんは素敵な人だ。お年はたしか五〇近いはずなのに、もっと若く見えて、手際よくてきぱきとお仕事なさるけれど、ご自身はほんわかとした可愛らしい雰囲気のおばさんだ。
ただ・・・一点だけ、残念なところがある。
変人錬金術師グル・クリュソワの奥様なのだ・・・。
じいちゃんによれば、グル・クリュソワ師匠とレイヤさんは、ご先祖の墓が南部霊園墓地にあるそうなのだが、師匠が職場の第五大学の近くに家を構えているので、レイヤさんも、葬祭関連の仕事は、ここ北部霊園墓地が多いらしい。
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