第2話 集う

 ソーラーシステム第五大学の北側、大学都市の広壮な敷地を囲む遊歩道を途中から逸れて、北の丘へと続く小道を行くと、突き当たるところが北部霊園公営墓地。

 墓地の一角、併設する火葬場のお隣に、煉瓦造りの落ち着いた佇まいの墓守の家。


 墓守の家のコンサバトリーは、ちょっとしたサロンのようだ。


 母屋にも、だだっ広いオーク張りの床に無垢材の大テーブルを構えるリビングがあり、パトスじいちゃんの友達や親戚のおじさんおばさんたちは、靴を脱いでリビングへ上がり、くつろいでいく。

 いっぽう仕事関係で立ち寄る人たちには、土足のまま入れるコンサバトリーのほうが気楽で便利らしい。

 石敷の土間に、リビングのと同じくらい大きなテーブルを囲んで長椅子を配し、客人たちがそこへ好きなように腰かけ、お茶を飲みながらおしゃべりをする。


 花を買いに来る墓参客や、建墓・葬式・納骨・墓じまいなど、仕事を終えて一服する呪術師やご遺族、お隣の火葬場の職員たちも空いた時間にぶらりとやってきて、じいちゃんと世間話などしていく。


 火葬場の職員の半数近くは、公務員錬金術師たちだ。

 火葬後の骨上げは、遺族と錬金術師が共同で行なう。遺骨の一部を錬金術師が預かり、鉱石などに混ぜて遺魂いだまを製造するのだ。

 故人の生前の希望や、遺族の注文に合わせて、色をつけたり、時には模様なども描いて玉を作り、それが故人の遺影となる。

 腕利きの民間錬金術師に製作を依頼する金持ちもいるが、ほとんどの遺族は、火葬場直属の錬金術師にお手頃価格で作ってもらう。


 ジュピタン人の瞳と同じヒスイ色が一番人気かといえば、そうでもない。ヒスイ色だと、故人の目玉が片方だけくり抜かれてこちらを睨んでるような気がして気色悪いらしい。

 だから、あまり目玉を連想させないような色とか、ポップなピンク色やオレンジ色とか、最近ではマーブル模様など、アートっぽい注文も多いようだ。


 そんな公務員錬金術師らから『師匠』と呼ばれているおっさんが、パトスじいちゃんをしょっちゅう訪ねてくる。第五大学錬金術学研究科の教授、グル・クリュソワだ。

 このおっさんは、大学の研究室とは別に、独自のプロジェクトのラボラトリーを構えている、なにやら怪しい錬金術師だ。これといった用事があるわけでもないのに、散歩の途中につい、墓守のところへ寄ってしまう。そして、パトスじいちゃんとチェスの勝負をして遊んで帰る。


 グル・クリュソワは、じいちゃんの対局相手として、長椅子の角っこに無為な風情で腰かけている姿で、ドーレマの印象の中に鎮座していた。

 いつの頃からか、ドーレマも、周囲のおとなたちと同じように、このおっさんを『師匠』と呼ぶようになった。


 師匠が油を売りにやってきて、じいちゃんと向かい合い、熱中するチェスは、ヘンテコな駒を使っていた。

 師匠が監修する錬金術学部のゼミで、金の製造実験に失敗した物質の塊を、適当な大きさにカットして、駒にしているらしい。資源の再利用だ。


 この人はいつも禅問答みたいにわけのわからないことをぶつぶつ言うおっさんなのだが、じいちゃんとウマが合うらしく、ふたりの会話は、哲学的というかとんちんかんというか、だまし絵を言葉にしたようで、絶妙な間合いが面白い。意味はわからないけど。


 グル・クリュソワの他にも、第五大関係者やOB呪術師など、墓守の家へ油を売りに来るおっさんたちが何人もいる。



 パトスじいちゃんの仕事は、墓地の清掃と、墓参用の花の栽培。見回りの途中、なにかの事情でまじないを必要としている墓をみつけると、軽くまじなう。

 それから、街の現役公務員呪術師では手のまわらない、ちょいと訳ありの魂とか、ややこしい事案のやつは、OBであるじいちゃんのところへまわってくる。


 そんなじいちゃんの道楽が温泉とバラ庭だ。

 温泉のほうは、言わずもがなおうちで毎日温泉リゾート三昧。モイラとドーレマも、エブリデイリゾートな温泉浴を楽しんできた。

 バラのほうは、一年の間に花を愛でられる日数は多くない。そのわりに手入れにかかる仕事は一年じゅうなんだかんだとある。割りに合わない労働なくせに、ロザリアンにとってはそんなオフシーズンの労働さえ、心躍るお楽しみの時間なのだそうだ。そこのところはドーレマにはよくわからない。


 じいちゃんは日曜大工でパーゴラやアーチを手作りし、つるバラをわんさか這わせてもいるけれど、素朴な感じがいい、とか言って、オールド・ローズなどシュラブ樹形のバラをたくさん植えている。

 家を南東側から東側へぐるりと取り囲むバラの庭。もはや庭とはいえない。敷地を囲むフェンスもないし、東の空地を浸食していってるから、なんだか野生っぽいバラ野原だけど、じいちゃんに言わせると、その〈ナチュラルな風情〉を作り出すために、結構手間がかかっているらしい。

 墓参客の多くは、先祖を拝んだあと、このバラ野原を散策してから帰り、仕事で訪れる呪術師さんたちも〈パトスさんのバラ園〉とか勝手に名づけて、花を愛でたり、切り花を持ち帰ったりしている。



 ちょっとした果樹園も敷地の外れにあり、安定供給できるほどではないけど、その年に収穫量が多かった果実を、農協さんが買い取ってくださる。

 西側のお隣さん(火葬場)の建物との間はローズマリージャングル・・・になってしまった。

 頑丈なもんだから、手入れがつい後回しになるうちに、ワイルドに繁殖してしまったが、ドーレマはローズマリーの香りが好きだ。穂先をカットして集めてお風呂に入れるのもいい。

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