墓守の翁が拾って育てた捨て子は、本当はお姫様…じゃなくて、どこの馬のホネだか

溟翠

第1話 育った


 ふふっ。いい湯だ~~。字義どおりの秘湯だなぁ、ここは。温泉が湧くところに家を建ててくれてありがとう、じいちゃん。


 極楽浴室の壁を隔てれば露天風呂もある。まれに、秘湯巡りミステリーツアーとかいう、モノ好きな観光客が入っていくけど、普段は人は来ない。野生の猿とかが時々浸かっている。


 露天風呂の眼前に迫り、厳かにそびえる煙突は、この国の近代化を支えた高炉の遺構・・・じゃなくて、現役の炉だ。火葬場の。


 ひと山越えれば本物の温泉街だけれど、ジュピタン北部霊園公営墓地、すなわち墓場のなかにあるここんの温泉は、ワタシたちだけのプライベートビーチ、じゃなくてプライベートの湯。

 慣れない人には気味悪いらしいが、物心つく前からすでにこの家にいるドーレマにとっては、ぜんぜん普通。



 生まれたばかり(たぶん)で墓に落ちていた(捨てられていた)ドーレマを、墓守のじいちゃんが拾って育ててくれた。このお風呂のおかげで、ドーレマにとっては、我が家=温泉=たまたま墓場=だけど極楽、だ。まるで楽園の住人だ。



 しかも、今日はちょっと嬉しいことがあった。


 大学に入ってふた月余り。講義にも慣れてきて、家からわりと近いのに入試の時までその敷地に足を踏み入れたことがなかった第五大学の広すぎるキャンパスで、迷子になる回数も減り、友達もできた。

 千人教室とよばれる大講義室では、さっそく、ソーラーシステム第五大学の看板学部〈占星術学部〉の教授から直々に講義を受ける。一回生が二~三学部ずつ、五つのブロックに分けられ、大講義室で週一回二年間、占星術の基礎を叩き込まれる、全学部共通基礎課程だ。


 入学して一番に友達になった、テッラ出身のユキちゃんによれば、テッラの言語では〈占星術〉も〈占星学〉も同じ単語として綴られるらしいが、ソーラーシステム最古のアカデミーである第五大では、それらはそれぞれ独立した系統の学問であり、〈占星術学〉と総合的な名称で言い習わされる。


 呪術学部のドーレマたちは、錬金術学部の一回生と同じブロックで講義を受けている。ジュピタンにおいて呪術師と錬金術師は、冠婚葬祭現場を通じて業務上の付き合いが多いから、共通基礎課程でもセットで括られるらしい。


 大講義室ではもう誰がどの学部だか最初はわからなかったけど、専門科目の講義で顔を合わせたら同じ学部の人なのだな、とわかる。


 ドーレマが、入学早々、おや? ちょっといいな~なんて感じていた男子学生が、今日、錬金術学部の人だとわかったのだ。同じ学部じゃなかったのは残念だけど、学部がわかっただけでも嬉しい。

 その子は、後ろ姿が、なんだか懐かしいような、でも近寄りがたいような、不思議な居住まいで、おとなしそうな学生だ。


 べつにアタックするとかそんな気は毛頭ない。ちょっと憧れるだけだ。ドーレマは何より勉強がしたいし、しなくてはならない。呪術師の国家資格を取って学部を卒業し、じいちゃんの仕事を手伝いたい。

 最近ちょっとばかり足腰の弱ってきたじいちゃん。さすがに老いてきた。

〈ワタシも一人前の呪術師になって、役所から墓守の認定を受けるのだ〉

 じいちゃんの先行きを考えると、極楽温泉に浸かっていても、なんだか寂しくなる。




 ドーレマは、パトスじいちゃんが拾った二人目の捨て子だ。人生で二度も捨て子を拾う人はあまりいないだろうな。


 パトスじいちゃんは、葬祭業を担当する役所の公務員呪術師だった。若い頃に妻子を失くし、やもめ暮らしを続けていたが、四〇代半ばくらいのとき、仕事(呪術)現場の墓地で捨て子を拾う。

 そのうち親が名乗り出るだろうと期待し、警察に届け出た。たまたま、保護施設が満杯とかいう事情があり、役場内で協議し、パトスが里親としてその子を預かることになった。それがモイラだ。

 モイラは、歩き始め、言葉を話し始めるようになるころ、知的障害があることがわかるが、パトスは根気強くモイラに言葉を教え、身の回りのことを自分でできるようにしてやった。

 十年経っても親は名乗り出ず、パトスはモイラを養女にした。



 パトスは定年退職後、北部霊園公営墓地の嘱託墓守になる。モイラの親が、子を捨てた場所を訪ねてくるやも知れぬ、その時にはお返しせねば、それまで大事にお預かりしよう、という思いも頭の片隅にあり、その場所で余生を送ろうと考えたのだ。

 宿舎のある敷地を買い取り、温泉を中心に家を建て替えた。

 お風呂好きのじいちゃんだから、この場所を選んだ一番の理由は温泉だったのかもしれない。



 趣味でこしらえたバラ園の苗木が花を付けはじめ、墓守の仕事も安定してきたころ、二人目の捨て子を拾っちゃった。これがドーレマ。ここ北部墓地は、子を捨てやすい立地なのだろうか・・・?


 この子はジュピタン人とは違う、青灰色の目をしている。どんな事情があって捨てられたのかわからないけど、パトスは今度は捨て子を最初から、自分の養女としてまじない、役所へ届けを出した。

 呪術でこの子の誕生日を探ると、不幸の星まわりだったから、出生日の欄にはひと月ほどずらした日付を記入した。


 モイラを預かった時と同じように、ソーラーシステム大御神様へ祈りを捧げる祭壇をこしらえ、誕生祝いの呪術を執り行なった。


「おまえの誕生日に天体三〇度の運行をあげよう。天から許されるぎりぎりの角度だよ。それから、愛を・・こちらは数量無制限だ。希望は適量にしておこうね。多すぎると背負いきれなくなるだろうから。

 名は・・・〈ドーレーマ〉だ。〈贈られたもの〉という意味だよ。おまえが幸せに生きられるように、わたしは祈りと労働を捧げよう」


 ドーレマが小さい頃、

『ドーレマどこから来たの?』

 と尋ねると、じいちゃんはいつも、

『墓に落ちとった』

 と、愉快そうに言う。それを聞いてドーレマもケラケラ笑う。仔猫でも拾ってきたみたいな言い方だ。

 パトスの兄パラメノじいさんがよく言っていた。

『じいちゃんは宝物を拾ったのさ』

 じいちゃんたちは、ジュピタンの中でも南部田舎町の訛りを帯びたアクセントが優しい。

『じいちゃんが拾ってくれてよかった』

 屈託のない笑顔で甘えるドーレマ。

 横でモイラも同じように、

『じいちゃんが拾ってくれてよかったね』

 オウム返しみたいだけど優しいアクセントで言う。


 感情があるのかないのかすら解らないモイラは、いつも無表情だったが、じいちゃんから教わった言葉を正しく使い、犬や猫の子と同じように、ドーレマのことも可愛がった。


 ドーレマが好きなモイラの言葉は〈お食べなさい〉だ。

 なんだかんだで家事一切ができるように育てられたモイラが、ごはんを作り、ドーレマを座らせて『お食べなさい』と言う。語尾を少し上げて、おっとりとした優しいアクセントで、そう言ってくれる。

 美味しいごはんと、優しい言葉。ドーレマがひねくれもせず素直に育ったのは、じいちゃんと、温泉と、モイラのおかげだ。


 お母さんのようでもあり、お姉さんのようでもあり、そのどちらでもないようでもあり、無表情で従順なモイラ。

 一人で街へ買い物に出かけても、聞いたままの言葉で、じいちゃんが頼んだとおりのものしか買わない。

 市場の人たちは、暗黙のうちに、そんなモイラの買い物をそれとなく見守るようになっていた。肉でも魚でも、モイラの言うとおりの物が店になければ、ちゃんと代わりになる物を、モイラにわかるように説明して売ってくれる。

 モイラが不審なキャッチセールスとかに引っかからないよう、そっと守ってもくれていた。

 ドーレマも家事をこなせるようになり、モイラと二人で街へ出てお買い物をしたり、じいちゃんの商売用の花畑や果樹園の手入れを一緒に手伝ったり・・・年の離れた仲良し姉妹のような二人。



 モイラが亡くなったのは、ドーレマが中学を卒業する頃だった。

 じいちゃんと分担して墓地の清掃に回っていたとき、モイラは、昔自分が捨てられていた墓の近くで倒れていた。心不全だったらしい。じいちゃんは、モイラの異変に早くに気付いてやれなかったことを悔やんで泣いた。

 知人を招き集め、魂帰たまがえしのまじないを行ない、モイラの魂を丁寧にあの世へ送った。


 モイラの遺魂いだま(遺玉)(錬金術師が故人の遺骨の一部を使って作る玉。ジュピタンでは遺影に等しい)が、じいちゃんの妻子の遺魂とともに家の祭壇に祀られている。

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