第3話 『Tout finit par des chansons.』

 ゼンマイの祖父リュウズが作った改造案山子が原因不明の暴走をし、アルドたちの前から姿を消した。合成人間だけにその脅威が向いていたが、それがいつ人間を対象にするかわからない以上、アルドたちに放置する選択肢はなかった。

 アルドたちは調査を買って出たゼンマイからの連絡を待っていた。そして、遂にその連絡が届き、一行はラウラ・ドームで待つゼンマイに訪ねていた。

「ゼンマイ、案山子が見つかったんだって?」

 ゼンマイが力強く頷く。その手には何かの装置が握られていた。

「はい。案山子の反応をエルジオンの工業都市廃墟で発見しました。奴はそこにいます」

「工業都市廃墟? 随分と遠いわ。どうしてそこに?」

 エイミの疑問にゼンマイは少し表情に影を落とし、静かに答えた。

「関係あるかはわかりませんが……祖父リュウズは若い頃、エルジオンの工業都市に居たんです。あの案山子はラウラ・ドームに来てから作っていたらしくて、戦闘機能は工業都市が合成人間に占拠されたと聞いてから改造したものなんです」

「そうだったのか。……余計に、どうしてそこなのか気になるな」

 アルドの言葉に全員が同意した。

 暴走した案山子が創造主がかつて過ごした工業都市に向かったというのは、決して偶然と割り切れるものではない。目的は誰にもわからなかったが、そんな予感だけは一同の意識にあった。

 加えてゼンマイには、一つ気がかりなことがあった。

「あの……」

「どうした?」

「調査のために祖父があの案山子を制作したときの資料を漁ってみたんです。そしたら、あの案山子について、僕が知らなかったことがわかってきました。聞いてくれますか?」

「ああ、聞かせてくれ」

 アルドの快諾にゼンマイは一度頭を下げ、手に持っていた装置を差し出した。

「これが、あの案山子には内臓されているんです」

「これは?」

「擬似記憶回路と祖父は名付けていました。この回路とロボットや合成人間を繋ぐと、保存されている架空の記憶を自分の記憶だと思うようになります」

「偽物の記憶を無理矢理? そんなことをして、どうなるんだ?」

「恐らく、機械ならば処理できないデータ群がバグとなり、強制的な暴走あるいはショートが発生しマス。対して合成人間の場合、対象の人間の思い出を求める習性が悪化するか、ごく僅かですが改善される可能性がありマス。しかし、擬似記憶」

 リィカが解説した起こり得る可能性を聞き、アルドは驚愕する。

「それじゃあ、リュウズって人は暴走するのがわかってて案山子にそれを組み込んだのか。なんのために」

 三人の視線がゼンマイに集まった。孫であるゼンマイならばと思ったが、彼は首を横に振った。

 彼の答えを信じ三人は次の話に移った。

「それじゃ居場所もわかったし、とりあえずは案山子を追跡しましょう」

 エイミの提案に全員が頷く。アルドたちの誰も、ゼンマイがついてくることを止めなかった。祖父の仕組んだ物が原因で、自分の大事にしてきた物が暴走しているのだ。真相を知りたいという想いを止めることはできない。

 ゼンマイから案山子の位置データを受け取ったリィカのレーダーを頼りに、案内は方向音痴のリィカではなくエイミに任せて、一行はエルジオンの工業都市廃墟に向かった。



 未だに、エルジオン工業都市廃墟の周辺には合成人間が闊歩している。

 リーダーを失ったあとでも、彼らの人間に対する憎しみは消えず、それどころか歯止めが利かなくなっている様子さえあった。

 だからこそ、アルドたちはゼンマイを守るために慎重に目的地まで進んでいた。

 しかし、目標の廃墟入口付近には合成人間の無惨に破壊された残骸が転がっているだけだった。

 それを前に、ゼンマイが唖然としたまま細く呟いた。

「まさか、これを案山子が……」

 合成人間の残骸の側でしゃがみこんでいたエイミが肯定した。

「……ラウラ・ドームで案山子に破壊された痕跡と一致したわ」

「高い確率で改造案山子が犯人だと思われマス」

「……」

 二人の言葉にゼンマイは落ち込んだ。

「……進もう。リィカ、位置は判るな?」

 かける言葉を考えるよりも先へ進む事を選んだアルドは先頭に立って廃墟に侵入した。



 廃墟内にも同様に合成人間の残骸があったが、それでも内部にはまだまだ合成人間たちが跋扈していた。

 ゼンマイを守りながら、敵を蹴散らしリィカの指示する方向へ進むアルドたち。

 しかし、途中で案山子の反応が消えた。リィカが再度探知しようとするも、レーダーで捉えることが出来なくなっていた。探知を阻害する機能はないとゼンマイも困惑し、仕方ないので一行はとりあえず先に進むことにした。

 1フロア越えた辺りで、とある部屋の前でゼンマイが立ち止まった。

「――あ、あの!」

 ゼンマイの呼び止める声に、アルドたちは振り返った。

「どうした?」

「ここ、祖父の遺した資料にありました。祖父が働いていた近くです」

 ゼンマイの言葉を受け手、アルドはエイミとリィカに目くばせした。

 アルドの意図を察したエイミがリィカを連れて、周囲に案山子の痕跡がないか捜索に出た。ゼンマイは持ってきていたリュウズのデータ資料を見つめていた。

「ゼンマイ、俺たちはここを調査しようと思う。もしかしたら、案山子の痕跡が見つかるかもしれない」

「僕も……そうすべきかと……」

 ゼンマイの表情は晴れない。心ここにあらずといった感じで、反応も薄かった。

 アルドは酷かとも思いつつ、しなければならないことをしようとゼンマイに疑問をぶつける。

「なあ、その資料には何が書かれていたんだ?」

「え」

「お前はその資料を見るとき、いつも苦しそうな顔している。もしかして、何かそこに案山子について書かれてるんじゃないかって、思ったんだ。……お前にとっては、嬉しくない内容の」

 アルドの指摘にゼンマイは物憂げにまた、資料を見つめた。

 思うところはあるようだが、ゼンマイは観念して静かに重い口を開いた。

「祖父はここで、多くの得難い体験をしたそうです。友人、恩人、初めての仕事、初めての大きな失敗。初恋も、初めての恋人も。……ここは祖父の人生そのものでした」

 語るゼンマイの顔には、遠いの若い祖父を想い、愛おしいさと物悲しさが溢れていた。

「祖父が案山子を作ろうと思ったのは、初めての恋人のためでした。彼女は過去文明の生活スタイルを敬愛しており、いつかこの工業都市を出て、今のラウラ・ドームのような物を自ら作りたいと夢見ていたそうです」

「それは農場も自分で作りたいってことか?」

「はい。とても気が遠くなるような馬鹿げた話で、実現不可能です。祖父も最初はそう思って馬鹿にしていたそうなんですが、それでも諦めない彼女の姿勢に惹かれ、いつしか同じ夢を持っていたそうです。案山子を作ろうとしたのは、祖父はとても不器用で、それ以外に夢に役立つプレゼントが思い付かなかったと」

 それまで悪くない表情だったゼンマイの顔が、一気に曇った。

「工業都市の方針で祖父だけがラウラ・ドームに移住することになり、恋人に渡す筈だった案山子を完成させられず、悔いを残して別れたそうです。次の再会を約束して。けれど……」

 ゼンマイはそこから先を言いよどんだ。

 まるで自分のことのように苦しそうな顔をしている。あるいは、祖父の気持ちを慮っているのかもしれない。

 アルドは彼が続きを言えるほど落ち着くまで待った。

 落ち着いたゼンマイは一度深呼吸して、虚空を見つめて続きを喋り始める。

「けれど、ここは合成人間に襲撃され、多くの犠牲者を出した上に占拠されてしまった。祖父はひどく悲しみ、後悔し、彼女の死を嘆いたそうです」

「……」

「それから、祖父は擬似記憶回路の制作に着手し始めました。初めは、在りし日の記憶を追体験したいがため。けれど、祖父の中には拭えない合成人間への怒りと憎しみがあったのです」

「どういうことだ?」

 話の雲行きが怪しくなってきて、アルドは口をはさんだ。

 リュウズという人物は一体、何をしたんだ?

 ゼンマイが資料データから擬似記憶回路のデータを引き出す。

「祖父は自らの怒りと憎しみを、ここでの幸福な記憶と一緒に擬似記憶としてデータ化し、回路に封印しました。その願いを全て、老いていく自分ではなく、制作途中だった案山子に託すつもりで」

「それってまさか……」

 ゼンマイが言っていることが理解出来てしまったがために、想像を超える執念に思い至ってしまったアルドは思わず言葉を飲み込んだ。

 それほどまでに、憎んでいたのか。

 それほどまでに、忘れられない過去だったのか。

 アルドの気持ちを読んだのか、ゼンマイは俯き静かに冷酷な真実を告げた。

「あの案山子には、僕の祖父リュウズの擬似記憶がインストールされています」

「……けど、ただの機械だとそれは処理し切れないんだろ?」

 ゼンマイが首を横に振った。

「残念ながら、あの案山子はただの機械じゃなかった。資料によると、案山子に使われた記憶回路は合成人間から創り出した特別製で、擬似人格を形成するのに耐えられるそうです」

「じゃあ、ホントにあの案山子は、お前のじいさんなのか……」

 ゼンマイが悲しそうな、寂びしそうな顔でポタポタと涙をこぼした。

「僕の知ってる祖父は、本当の彼じゃなかった。自分の記憶を切り取って残った、幸福な過去と怒りを失くした全くの別人。彼にとってしてみれば、大切な過去の代わりに捨て去った未来の姿だったんです」

 抱え込んでいた寂しい想いを言葉にしたとき、彼の感情は歯止めが利かなくなってた。アルドに見られまいと涙を擦るが、いつまでも溢れてくる。

「僕は、祖父のことが大好きだった。色んな物を作れて、優しくて怒った顔なんか見たこともない。じいちゃんが、大好きだったんだ。けれど、けれど……。昔のことを喋らない姿がカッコいいだなんて、なんてマヌケなんだ僕は! 全部、全部、中身のない張りぼてだった! あの人はずっと案山子の中にいた。僕とじいちゃんで完成させた案山子の中に」

「ゼンマイ……」

 壮絶な事実に打ちのめされる彼に、アルドはかける言葉見つからなかった。

 ゼンマイの悲痛な叫びを聞いたエイミたちが慌てて戻ってきた。もう一度彼に話させる訳にもいかず、アルドが簡略的に真実を伝えた。

 エイミが険しい表情で顔を逸らした。アルドと同じく、どう言葉にしていいかわからないといった感じだ。

 リィカの方も、それほどまでに強い執念に機械としての理解が追い付いていない。ずっと無言だ。

 腕で無理矢理に涙を拭ったゼンマイが、アルドたちの方を向く。

「お願い、です……じいちゃんを、あの案山子を破壊してください」

 アルドとエイミは顔を見合わせた。正直、どう答えていいのかわからない。

「……いいのか?」

「はい。……僕の知らない、赤の他人のような存在でも、せめて。せめて、思い出の場所でもう一度眠ってほしい」

 抑えきれぬ感情が涙となって、最後の方は鼻声で言葉にならない感じだった。

 もう一度、二人は顔を見合わせた。エイミが決意を固めた顔で頷く。アルドも彼女と同じ気持ちだと感じ、ゼンマイに応える。

「わかった。俺たちが必ず、案山子を破壊する」

 涙と鼻水でぐちょぐちょの顔を隠し、ゼンマイは深く頭を下げた。

 リィカはじっと何かを考え続けていた。



 エイミたちは案山子の足取りに繋がる痕跡を見つけていた。

 どうやら案山子は工業都市に残っていたジャミング装置を修理し、自身に取りつけたらしい。同型の装置を調べ、ジャミングされない波長でリィカが再度探知をかけた。

 そして、アルドたちは遂に、案山子を追い詰めた。

 案山子はぎーこぎーこと揺れながら、破壊されてしまっているベンチを眺めていた。

 ゼンマイが悲しそうに、案山子――リュウズへと呼びかけた。

「……じいちゃん!」

 しかし、リュウズは一切反応せず、相変わらず揺れていた。

 ゼンマイは漏れそうになる嗚咽を堪え、真っ白になるほど強く拳を握った。

「やっぱり、僕を、知らないんだね……。お願いします、みなさん」

「……わかった」

 アルドたちは一歩前に出た。案山子リュウズが揺れを止め、ぎぎぎぎとアルドたちを捉えた。そして、リィカの姿を認めるとぎぎぎぎぎと激しく全身を軋ませ、その一つ目が真っ赤に光った。

「どうやら、リィカを合成人間と勘違いしてるみたいね」

「失礼デス! 断固抗議しマス!」

「やるぞ、二人とも。ここでゼンマイのじいさんの妄念を終わらせる!」


 ◇

(案山子リュウズとの戦闘終了後)


 アルドの最後の一撃が致命傷となり、案山子リュウズの機械の身体は両断された。

 ボロボロになった案山子がフロアに転がる。ゼンマイがそれを見て、急いで駆け寄る。

「じいちゃん! ……じいちゃん、じいちゃん」

 案山子を抱き上げたゼンマイは、何度も大事な人に呼びかけた。

 案山子の赤い目は未だに妖しく光っている。残った右腕を伸ばしては空を切るを繰り返す。

 この怨霊のような執念は、こんな姿になってもまだ燃えている。

 リュウズの過去は自身を燃料として、まだまだ、まだまだ、燃え盛り続ける。

 アルドはゼンマイの安全のため、とどめを刺そうと剣を逆手に持ち彼らに近付く。

 しかし、そんなアルドより先に、リィカが一歩前に出た。

「ゼンマイさん、その案山子は合成人間の撃退だけが目的なのデスカ?」

 リィカの疑問に、エイミが聞き返した。

「リィカ、どういうこと?」

「危険が無いかスキャンしたところ、その案山子には音楽を再生する装置が内臓されています。しかも、それが負荷となって多くの武器が使用不可能になっていマス」

 リィカの言っていることが理解できないアルドとエイミは、ゼンマイの方を見た。

 ゼンマイも涙を流したまま、何を言っているんだといった顔をしている。しかし、何かを思い出したのか、抱えている案山子に視線を落とした。

「じいちゃんは……案山子が皆の大事なものを守る存在だからって、戦えるようにしていた。けど、それは復讐のためで……」

「待ってくれ。ゼンマイが知ってるおじいさんは、記憶を切り取ったあとのおじいさんなんだろ? だったら、それを言ったのは……」

 アルドの指摘に、ゼンマイも気付いた。

「僕の知ってる、じいちゃん……?」

 ゼンマイは自らの記憶に眠る祖父との思い出を探る。

 そこに答えが在る気がした。

「もう一つ言ってた。昔のことなんか喋らないじいちゃんが一つだけ教えてくれた。

 昔、誰かに『案山子は皆に愛されて、皆を安心させるような物にして』と言われたって。だから、自分が好きな歌を歌わせて、皆に好きになってもらいたいって」

 ゼンマイはふと思い出して、持ってきていたリュウズが残していた擬似記憶回路を取り出した。

 なぜ、そうしたのかはわからない。けれど、そうするべきだと、誰かに背中を押された気がして。

 その瞬間、苦しくて悲しくて、本当のじいちゃんを知らなかった寂しさでぽっかり空いた胸の穴が埋まったような気がした。

 取り出した擬似記憶回路を、今なお執念で幻を追いかける案山子に接続した。

 すると、赤い目が緑色に変わり、ずっと空を切っていた腕も落ち着いた。

 そして、胸のあたりがパカリと開いて、小さな女の子の機械が現れた。

 その女の子はお辞儀をして、歌を歌い始めた。

「歌?」

「ゼンマイの言ってた、おじいさんの?」

「……。じいちゃんの好きな、人形が歌う歌。いっつもこれが工房にかかってたから、僕覚えちゃったよ。じいちゃん」

 ゼンマイは大きな声で泣き、歌を奏で続けるだけの人形となった案山子を抱きしめた。

 人形劇のようなオルゴール調の曲と、女性声の機械音が歌う歌が響いていた。




 アルドたちがラウラ・ドームを訪れると、奇妙な装置を見つけた。

 それはアルドの腰位の高さの箱型で上面に緑色のボタンがついており、アンティーク調の模様が刻まれている。

「これ、何だと思う?」

「うーん……さあ?」

「検索をかけてもヒットしまセン」

 三人が顔を見合わせる。それぞれがお互いの様子を窺っている。

「……押す?」

「ダメに決まってるでしょ。何があるかわからないんだし」

「スキャン開始 スキャン中……

 スキャン完了 完全は確認できまシタ」

 リィカがそういうので、アルドは押したくてそわそわしてきた。止めていたはずのエイミまでチラチラと気にしている。

「……」

「……」

 二人とも、いつ相手が押すのかと待っていると、えい、っとリィカがポタンをおしてしまった。

 すると、箱の上面の真ん中が観音開きで開き、中から小さな舞台がせりあがってきた。

 少しして、音楽が箱から流れ、曲に合わせて小さな機械の人形たちが踊りながら舞台に登場する。そして、ピタリと音楽が止まり、それに合わせて人形も動きを止める。

 今度は激しめの曲が流れ始め、人形たちが倍以上あるぼろ布を纏った案山子人形と戦う演目が始まった。

 案山子が倒されると、曲調が変化し、今度はアルドたちも聞いたことがある曲が流れ始めた。それは、あの案山子が最後に流した人形の歌。

 舞台の上でも変化が起こっていた。倒された案山子を、戦っていた人形たちが起こし、全員で歌に合わせてくるくると踊っていた。

 そして、最後に。曲の終わりに合わせて。


          『お客様に、深く一礼。これに終幕』

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錆びた鉄クズの記憶 桃山ほんま @82ki-aguri

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