第2話 Project:Urban Legends
ラウラ・ドームにまことしやかに流行している都市伝説があった。
『真夜中の一本だたら』
ぎぎぎ、がっちゃん、ぎーこぎーこ
深夜になり、金属の軋む音がドーム内に響く。
ぎ、ぎぎ、ぎ、ぎぎぎぎ……がっちゃん、がっちゃん。ぎーこ、ぎーこ
音は不規則に、不快に、不気味に響く。響く。響く。
音の正体を探ろうとする者もいたが、音の発生源は一定ではなく、監視システムにも引っかからない。
しかし、住民の一人が遂に音の正体を見た。
背は人の倍以上でその身体をマントで隠す。両手を大きく広げ、その手に人間のような何かを持つ一本足の何か。さらには、その顔には妖しく光る一つ目だけが光っていた。
何かの姿を見た住民は恐怖のあまり気を失った。
すると、翌朝には畑の中で目を覚ましていた。
その後、何人か同じような証言をする者が現れ、その何かが実在するとドーム内で信じられる。
その姿形から、過去のデータと合致する名前がいつからか名づけられた。
『真夜中の一本だたら』、と。
そして、真夜中の怪音は今も続いている……。
「……と、いうのが現状です」
ゼンマイは彼が呼びつけたアルド、エイミ、リィカに事情を説明し終えた。
いやに雰囲気を出すことに拘っており、わざわざ『持ち運び暗幕スクリーン(自作)』と『携帯型ライト』を使って演出した。
その無駄な熱意に若干引きつつも、アルドだけが苦笑という出来る限りのリアクションを返した。他二人は、ゼンマイの語りの最中、辛辣なコメントばかり口にしていた。
そんなアウェーな空気をまったく気にせず、ゼンマイは本題に入る。
「アルドさんたちには、この一本だたらの正体を探ってほしいんです」
「それは構わないけど……。どうして、ゼンマイが依頼してくるんだ?」
アルドの疑問に、さらにエイミが付け加える。
「それに被害らしい被害は出てないんでしょ。聞いてる限りじゃ騒音被害ぐらい。わざわざ正体を突き止めてどうしようっていうの?」
「それにお答えする前に、まずこちらを見てください」
二人の質問を受けたゼンマイは腕輪型のコンパクトコンピュータを起動して、一つのデータをホログラムに写した。
過去の世界から来たアルドには空中に投影されたグラフと数字の意味はわからなかった。が、同じように投影されている中に、夜中のドーム内を定点から写した監視カメラの映像があることはわかった。
ホログラムの内容にアルドがあくせくしている最中、同じ映像を見ていたエイミが納得したように頷く。
「なるほどね。気を失った被害者の数がわずかに上昇傾向にあるわね、活動が活発化してる? それに、合成人間らしき破損パーツも発見されてるのね。ここに書いてる仮定ルートは?」
「音が確認された地点と住民の証言から算出した有志のデータです。これらのデータ込みで、僕に調査依頼と提供がありました」
ゼンマイが言うには、前回の改造案山子の一件からドーム内で彼は一目置かれる存在になっているらしい。その信頼から、彼の言うところの有志たちから調査を頼まれたそうだ。
話を聞いたリィカが胸部パーツに手を置いた。
「皆様の生活を守る為、ワタシも協力しマス。データをワタシに送信してくだサイ、確認しマス」
「なら、リィカ。並列処理でラウラ・ドーム内の監視システムを確認してくれる? まずは不審点の洗い出しをしなきゃ」
「了解しまシタ」
三人は調査に乗り気になり、盛り上がっている。それを傍から見ているアルドは内容についていくのがやっと、といった様子だった。
そんなアルドに気付いたエイミが簡単に状況を説明する。
「都市伝説では気を失った人が畑で目覚めるでしょ。その被害者の数が増えてる。もしかしたら、活動が活発化しているのかも。しかも、合成人間の仕業かもしれない証拠が出てる。一度しっかり調査して、真相を探った方が良いわ。いい、アルド?」
「あ、ああ、構わないよ。……悪い、説明ありがとう」
気にしないで、とフォローを入れたあと、エイミはリィカが提示したデータを真剣なまなざしで閲覧し始めた。リィカも何か説明をしている。
アルドはエイミとリィカが調査方針を決めるだろうと思い、自分は結論が出るまで待機することにした。
エイミの指示でアルドは今、ゼンマイと二人で音の発生源が通過したであろう地点を調査していた。エイミとリィカは監視システムのログに異常を発見したらしく、二人でそれを調査しに行った。
調査の主導はゼンマイで音の発生源の痕跡を探している。アルドはというと、合成人間の破損パーツが他に落ちていないか探していた。
破損パーツから正体に通じる痕跡を探るためだ。
「ふぅ……ものすごく発展してるのに、こういう地道な調査の大変さはかわらないな」
「普通はパトロールの仕事ですけどね。アルドさんの出身じゃ違うんですか?」
「そうだな。もっと地道だな。草の根かき分けて、なんて当たり前だよ」
「へえ。丁寧な仕事なんですね」
「ははは、そうだな」
世間話を挟みながら、二人は一つずつ仮定ルートと合致する音が観測された地点を調査していく。
その過程で、調査地点全てで合成人間の破損パーツが確認されている。アルドがすべて確保しており、ゼンマイが言うにはあと一つパーツがあれば調査するには十分な量らしい。
そして、最後の調査地点。
それは丁度、被害者が目覚める麦畑だった。
最終調査地点でも、アルドたちは合成人間の破損パーツを回収した。調査を終えたこと、パーツのことを通信でエイミたちに伝えて、麦畑近くで合流することにした。
「よし。それじゃあ、畑から出よう」
「あ、ちょっと待ってください」
「……? どうしたんだ」
ゼンマイは最後に回収した破損パーツを、信じられない物をみるような顔で見つめている。
アルドも傍まで寄って、それを覗きこむ。
何度も合成人間と戦闘経験のあるアルドは、大まかなだがパーツの形を覚えていた。そんな彼が見覚えを感じたそのパーツは、合成人間の手あたりのパーツだった。
そして、そのパーツの端は高熱で焼き切られたような溶け方と焦げ跡が残っていた。ゼンマイはその跡を見て驚愕しているようだが、アルドには理由がまるでわからない。
アルドが痕跡から推測できるのは、炎系の魔法か能力によって合成人間が攻撃されたこと。しかし、それでは未来世界の世界観と合わない。
こちらの世界で炎系と似たような痕跡が出来る攻撃といえば、合成人間の一部も攻撃として使用してくるビームが該当するだろう。しかし、合成人間同士で争うのもおかしな話だ。ヘレナのように事情があるのだろうか。
アルドはゼンマイに気付いたことを尋ねてみる。
「なあ、どうしたんだ?」
「これと同じような跡を見たことが、あります」
「本当か? なら、犯人がわかるのか?」
「はい……」
ずっと欲していた情報だというのに、どうにもゼンマイの歯切れが悪い。彼の顔からは余裕が消えて、不安や懸念に満ちた表情を浮かべている。
やはり何かに気付いている。思えば彼は、エイミたちと別れる前から残骸回収を積極的に勧めてきた。
もしかすると、最初から何か知っていたのか?
疑念を持ったアルドが心配で声をこけようとしたら、丁度アルドたちを探しにやって来たエイミたちが到着した。
エイミは慌てた様子で、アルドに向けて叫んだ。
「アルド、大変なのよ! 犯人は――」
ぎぎぎ、ぎーこ
「――気を付けて下サイ! 動態反応がすぐ近くデス」
リィカの警告の直後、アルドとゼンマイのすぐ側の麦が大きく揺れた。その時、例の音が鳴った。
「――ッ」
危機を察知したアルドがゼンマイの襟首を掴み、ゼンマイごとすぐさま後ろに跳んだ。
ビュンッ。鞭が空を切るような音がしたあと、麦を裂き、アルドたちが立っていた整備された土が破裂した。
しかし、それをやった存在はそこに居ない。アルドはすぐさま周囲に視線を巡らせるが、麦は絶え間なく揺れ続け、攻撃を加えてきた存在がどこに潜んでいるのかハッキリしない。
「どこだ!?」
エイミとリィカが敵の姿が見えず混乱するアルドの側に立つ。ゼンマイを守るように三人で陣形を組む。
エイミが周囲を警戒しながら言い放つ。
「
「了解しまシタ! アイライト起動 エコーロケーション開始」
エイミの指示に応えたリィカのツインテールがぐるりと一回転し、彼女の眼から強い光が照射された。
すると、光が照射された空間がぐにゃと歪み、緩やかに波打ち始めた。
「なんだ?」
理解が追い付かず、アルドは剣を構えたまま首を傾げた。
徐々に
「クソッ。まさか、あのイカれた守衛ロボットだけじゃなく人間などに見つかるとはな」
「超音波で見つけて、強力な光で
掛け声と共にエイミが突っ込む。それに合わせて、アルドも連携を取るように正体を現した合成人間に突撃した。
◇
(バトル勝利後)
致命的なダメージを受けた合成人間は、遂に
麦畑に紛れて逃げようとする合成人間をアルドたちが追いかけるが、例のぎぎぎ、ぎーこという音がまた聞こえた。
その音にアルドたちは新手かと警戒して足を止めた。その間にも、合成人間が遠ざかっていく姿を横目に歯噛みする。
合成人間は言語機能も故障しているのか、人間でいうなら息も絶えだえといった感じのノイズが漏れ出ている。あともう少しで、麦畑に逃げ込める。
その合成人間の頭部をグワッと伸びてきた大きな手が掴み、合成人間をぐるんぐるんと振り回す。その間も、ぎーこぎーこと鳴り続けている。
そして、ピタッと動きを止めて、合成人間の頭部を地面に叩き付けた。
その衝撃と共に、バギッという固いモノが壊れる音がした。
「な、なんだ……」
アルドが土煙の中によく目を凝らすと、一本足のようなシルエットが浮かび上がる。
一本足の妖しく光る一つ目がさらに輝きを増して、収束した光を倒れた合成人間に撃ち出した。
それにより、合成人間は完全に動きを静止させた。
土埃が完全に晴れ、そこにぎーこぎーこと小さく揺れながら立つ改造案山子が姿を現した。
「なんで、案山子がここに」
「やっぱり……」
いつの間にか、ゼンマイがアルドたちの横に立っていた。
彼は改造案山子に険しい表情を向けていた。
「ゼンマイ、どういうことなんだ?」
「……きっと、あの案山子が夜な夜な
ゼンマイの推測に、エイミが同意する。
「その通りよ。監視システムにはクラッキングの痕跡があった。監視映像は編集されて、音の発生源――つまり、合成人間を狩っていたあの案山子が意図的に消されていた。あいつ自身によってね」
「じゃあ、都市伝説の正体って、あの案山子か?」
「しかし、疑問デス。なぜ、ゼンマイさんはあの案山子が合成人間狩りをしているのを隠していたノデスカ?」
リィカの質問にゼンマイは強く首を横に振った。
「僕も知らないことでした。そんな命令は出してないし、そんなプログラムもない。監視システムに介入するなんて、僕も知らない機能だ。あれは勝手に行動している」
「暴走してるってことか?」
「かも、しれません。……みなさん、案山子を捕まえるのを手伝ってください。原因を探ってオーバーホールします」
案山子の暴走に危機を感じたゼンマイの頼みに、アルドたちは頷きで応えた。
案山子を取り押さえようと、ゆっくり近付く。今はゆらゆらと揺れているが、合成人間を倒した時のように暴れ出したら危険だ。実力行使も必要かもしれない。
アルドたちがじりじりと接近する。
ゼンマイは、どこか悲しげな顔で案山子を見つめている。
ピタリ。と、案山子が静止した。
アルドたちが警戒して様子を窺っていると、案山子はぐるぐると回転し始めた。
回転で巻き上げられた土煙で一瞬で視界が奪われる。
「なんだ!?」
「リィカ、見失わないで!」
「―― ダメです、ジャミングでレーダーが効きまセン!」
ぎぎぎ、ぎーこぎーこ
音が最後に聞こえた。視界が戻ると、そこに案山子の姿は無かった。アルドとエイミがすぐに周囲を調べたが、どこにも大きな案山子の姿は見当たらない。リィカが復旧した探知機能を動員するが、それでも見つけられず、もうこの辺りには居ないと思われた。
畑から出たところで、他の誰にも聞こえない小声でゼンマイが一人青ざめた顔をして、うわ言のように呟いた。
「まるで、知能があるようだった……」
ラウラ・ドーム内に合成人間が潜入していたことを警備の人間に伝え、本格的な調査が行われた。しかし、他に合成人間は見つからず、アルドたちが発見したのが最後の個体だったようだ。
調査の結果潜入ルートも発見され、念入りに潰された。そして、調査過程で破壊された合成人間の残骸がドーム外に廃棄されているのが発見された。
恐らくは、案山子が夜中に破壊していた個体だろうとアルドたちは考えた。
しばらく日は経っても、案山子はドームに帰ってくることがなかった。住民たいは最初こそ寂しがっていたが、すでに記憶から薄れてきている。
それもその筈だった。アルドたちはゼンマイからの強い要望で、案山子の件については秘密にしていた。代わりに、ゼンマイが責任を持って案山子の行方を追跡し、発見し次第アルドたちに連絡する約束になっている。
最初は難色を示していたアルドたちだったが、ゼンマイのしつこさに根負けした。
ラウラ・ドームに流行っていた『真夜中の一本だたら』の都市伝説は、原因だった合成人間と正体の案山子が居なくなったことで終息した。最初こそ、音がしなくなった理由が憶測を生んでいたが、これもまた忘れられつつある。
都市伝説は正体が明らかにならず、有耶無耶のまま事件は終わった。
しかし、都市伝説『真夜中の一本だたら』は知性を感じさせた暴走案山子という新たな謎を生み、アルドたちは腑に落ちない感覚のまま、後ろ髪を引かれる想いで幕を下ろした。
次の幕が開くまで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます