錆びた鉄クズの記憶
桃山ほんま
第1話 Project:『再起動』
アルドとエイミとリィカの三人はラウラ・ドームにやって来ていた。
最近、増えた仲間の装備品などを調達するのが目的だ。すでに目的は終えていて、今はドームでの困りごとの解決や情報収集をやっている最中だ。
地上での生活様式や文化を尊ぶラウラ・ドームでは、機械によってドーム内の環境管理がなされている。しかし、そこで維持・管理がされている麦畑は完全な人力というわけではないが、多くの作業を人の手で行っている。
次元の狭間からの入り口がラウラ・ドームの麦畑につながっていることもあり、アルドは度々この麦畑を目にしていた。
煌びやかな黄金の実を付ける麦畑は、アルドにとっても心が落ち着くいい景色だった。
しかし、今、その景色の中に見慣れない物――いや、畑にあっても不思議ではないが、今までそこには無かった物が立っていた。
鉄くずの案山子。それをアルドは見上げていた。
「これ、いつの間に出来たんだ?」
他の二人は自分たちだけで別の買い物に行ってしまったから、暇になったアルドは麦畑を見に来た。そこで案山子を発見した。
麦よりも背が高いから、今まで見かけなかったとは思えないのだが。アルドは一人案山子を見上げて、うーんと首を捻った。
すると、案山子を見つめているアルドに声をかけてくる人物がいた。
「その案山子、気になりますか?」
「え?」
アルドと同じくらいの背丈の青年がアルドの方を窺っていた。そわそわとしていて、どこか嬉しそうな表情をしている。
「あ、ああ。これ、前までここに無かったよな。だから、気になってさ」
青年が納得して、アルドの横にやって来た。そして、同じように案山子を見上げた。
「そうですね。ついこの間、ここに設置したばかりなんですよ。やっと完成して」
「もしかして、あんたが作ったのか?」
青年が小恥ずかしそうに顔を赤らめ、頬を掻いた。
「へへ、そうなんですよ。亡くなった祖父との共作なんですけどね」
「へえ、立派な案山子だな。ここじゃ珍しいよな」
アルドはなんとなくの感想を口にしただけなのだが、それを聞いた青年は仲間を得たみたいな大喜びをし始めた。
「嬉しいです! あなたみたいに関心を持ってくれる人は中々いなくて。それに仰る通り、案山子は需要がないせいで、畑があっても作られることはないんです」
青年のリアクションに若干引き気味になっているアルドだったが、青年が口にした言葉に気になる部分があった。
「需要がないって、どういうことだ?」
「ほら、ドームって管理が行き届いてるじゃないですか。だから、害虫も鳥もわかないんです」
ああ、とアルドは頷いた。
「案山子を立てる意味がないんだな、なるほど」
「そうなんですよ。いやぁ、嬉しいな。案山子について知ってる人もほとんどいなくて、こうして話が通じるの久々ですよ」
「あー……そう、なのか。ははは」
青年から聞いた限りでは、未来世界で必要とされなくなった案山子のことを人々が知らなくても仕方がない。むしろ、過去からきているアルドだからこそ、こうして案山子について馴染みがあった。
(それを言う訳にはいかないんだよな)
アルドは内心で騙しているようで少し申し訳ないと思いながら、適当に青年の話に合わせた。
嬉しそうに話し続ける青年の腕から、急にアラームが鳴り響いた。
「あ、しまった! ごめんなさい、話し込んでしまって。これで失礼します。話が出来て楽しかったです」
「ああ、じゃあな」
走り去っていく青年の背に向かって、アルドは別れを告げる。
入れ替わりにエイミたちが戻ってきた。リィカが大きな荷物を抱えている。
「おかえり、二人とも。スゴイ荷物だな」
「見てたら結構ね。それより、さっきのは知り合い?」
エイミが言っているのは、すれ違った青年のことだろう。アルドは首を横に振った。
「いや、違うよ。この案山子を見てたら、偶然作った彼に声をかけられてな」
「ふーん、案山子ね。案山子って、アルドの時代に畑で見かけたまぬけ顔の人形よね」
荷物を抱えたまま、リィカが反応した。
「鳥害を防止するため、人間を模した人形を畑や田んぼに立てた物が案山子デス。この時代だとドームが管理されているため、案山子は必要とされていまセン」
「解説ありがとう、リィカ」
「彼が言ってたけど、おじいさんが趣味で作ってたのを彼が完成させたんだって」
帰路につきながら、アルドは彼の話してくれた内容を話した。
別の日、またラウラ・ドームに三人でやって来ていた。
エルジオンにて、エイミの知り合いがアルドたちを呼んでいる人物がラウラ・ドームに居ると伝えに来た。丁度、自由に動けるのがこの三人だったので、前と同じパーティでやってきた。
これまた偶然にも、待ち人は畑の案山子前で待っているらしい。
案山子のところに着くと、案山子を寂しそうな顔で眺めている人物がいた。
アルドはその顔に見覚えがあった。彼は以前、アルドに案山子のことを熱弁してくれた青年だ。
「もしかして、あんたが依頼人か?」
アルドの声掛けに、青年は驚いて振り向いた。そして、アルドの顔を認めてきょとんとした。
「あれ、あなたはこの前の。じゃあ、あなたたちが案山子を守ってくれるんですか?」
青年の懇願するような表情に、三人は顔を見合わせる。
「自分はゼンマイと言います」
詳しい話を聞くため、近くのベンチでゼンマイの話を聞くことにした。
「『伝統再生プロジェクト』というプロジェクトの一環で、祖父が昔から作っていた案山子を僕が完成させて、飾っていたんです」
ゼンマイの言葉を受けて、即座にリィカが検索をかける。
「『伝統再生プロジェクト』……。ドームの行政からは凍結指示が発行されているプロジェクトデス。凍結理由は『有用性および必要性が皆無』だソウデス。企画立案者はリュウズ、という方デス」
「あ、リュウズは私の祖父です。そして、そのプロジェクトの中で唯一残っているのが案山子なんです。他にも色々あったんですけど、案山子以外は維持コストの方が高いという理由で早々に処分されまして」
ただ立っているだけの案山子なら、大したコストはかからないだろうと、アルドは聞きながら思った。
「けど、遂にあの案山子まで必要ないって声が高まってて。どうにか、残したいんです」
ゼンマイは理由を語り始めた。
祖父リュウズが相当な農具マニアだった影響で、ゼンマイも同じように農具マニアになっていた。特に、案山子というものに強い思い入れを持っていた。
それは大好きな祖父の作った案山子を、ずっと見てきたからという理由があった。彼にとっては、案山子が祖父との思い出の象徴だった。
そして、祖父リュウズが亡くなったあと、プロジェクトの話が彼の耳にも入り自分の手で未完成だった案山子を完成させた。
しかし今、彼の愛した案山子は使えないという理由で廃棄されかかっていた。
「なので、どうにか知恵を貸してもらえないかと」
「そう、言われてもなぁ」
アルドは歯切れ悪く相槌を返した。何せ、自分は案山子博士でもなければ、農具のスペシャリストでもない。
ただ、それらを実際に、同時代に目撃していただけなのだ。それ以上の知識はない。この未来世界での案山子の有効活用なんて思いつかない。
少し心を痛めながら、アルドはゼンマイの頼みを断る。
「すまない。俺にはどうすることもできないよ」
「そんな! アルドさんの豊富な知識をもってしても無理なんですか」
「いや、そんなもんじゃないんだけど……」
「……やっぱり、本来の役割を果たせない、役に立たない案山子は無価値なんですかね」
意気消沈するゼンマイの言葉に、リィカが反応した。
「そんなことはありまセン。本来の役割ではなくとも、ゼンマイさんが必要としていたのなら、被造物には価値がありマス。物は必要とされるから働けるノデス」
エイミもリィカの言葉に同意する。彼女にも、もう会えない大事な人との思い出の品がある。だから、想うところがあるのだろう。
「そうね。確かに、ドームで案山子は必要ないでしょうけど、貴方が同じように必要ないなんて思うことはないんじゃないかしら。おじいさんとの思い出が籠もっている物なら尚更よ」
二人の言葉にゼンマイは感極まって鼻をすすりながら、無言で頭を下げた。
すると――。
キャアアア!
麦畑の方から悲鳴が聞こえてきた。悲鳴に混じり、混乱する人の声が届く。
「ど、どうしたんだ?」
「合成人間のドローンが現れたんだ! 畑の方に行っちまった。まだ人がいる」
悲鳴と怒号が飛び交い、よろけながら人々が避難する。
アルドたちはゼンマイに避難するように告げて、すぐさま麦畑に走り出した。人の流れに逆らい麦畑の方に向かう。
麦畑にはドローンから畑を守ろうとしている人たちが残っていた。
アルドたちは彼らの前に躍り出て、避難するように叫ぶ。
「おい! ドローンは俺たちが食い止める。皆、下がるんだ。二人とも、やるぞ」
「任せて! 誰も傷つけさせない!」
「戦闘モードに移行しマス」
◇
(バトル勝利後)
ドローンを数機撃破したが、一機がアルドたちの包囲を抜けて畑の方に向かった。
「まずい、抜けたぞ」
「ダメ、こっちも無視できない!」
ドローンが向かった先はアルドたちが来た方向ではない。だから、そこに黒い人影があるのに今まで気付かなかった。
アルドが人影に向かって叫ぶ。
「おい、そこの人。逃げろ!」
しかし、人影は逃げるどころか、むしろドローンに立ち向かっていく。ドローンは小型機銃の銃口を人影に向ける。
次の瞬間には、人影は機銃掃射に蜂の巣にされるだろう。
アルドは守りきれないことを覚悟するも、しかし、諦めずに走る。エイミの静止の声も今のアルドには届かない。
間に会え、間に合えと心で強く念じるも、それは無惨にも裏切られる。
ドローンの機銃が光を放つ。
ガガガガガガガ!
しかし――
ビュウッ、ジュ。
不思議な音が聞こえたあと、ぎぎぎと音がしドローンが墜落した。
突如発射されたビームに、ドローンが正面から機銃ごと撃ち抜かれたのだ。
アルドは目の前の出来事に追いつけず、走り出した姿勢のままピタリと止まり、ただ眼前の人影から目を離せない。
ビームを発射した反動で人影のマントのようなボロ布が翻っていた。
マントの中身は、鉄くずをより合わせて作った身体、人間のようにデザインされたガラクタの顔、ビームが発射できる目。磔にされた鉄棒の身体とぶらぶらと揺れる腕。
それを一言で表すなら、鉄くずの案山子。あの案山子だった。
案山子はアルドの方にゆらゆらと揺れながら近づいてくる。アルドはその異様な風貌とビームを発射した事実に警戒を強める。
そんなアルドの前に、バサッと麦をかき分けて案山子を抱えたゼンマイが現れた。
「ご、ご無事ですか!?」
「ゼンマイ、それ」
「今こそ、本来の役割、合成人間を撃退する役割を果たさせてやれる!」
「オレが知ってるのと違う!?」
ゼンマイが持ってきた案山子は次々とドローンに向かってビームを発射する。
エイミも驚いて唖然としている。リィカだけが特に気にすることもなく、案山子と一緒に戦っている。
そして、案山子の協力もあってドローンはすべて撃墜できた。リィカがツインテールをぐるりと回した。
「戦闘終了、作戦行動を終了しマス。お疲れ様デシタ」
リィカの勝利宣言を聞いた途端、ゼンマイはその場にへたり込んだ。
彼の手から離れた案山子がガシャンと倒れる。
「や、やった……?」
「すごいじゃないか、ゼンマイ!」
「ええ、ホントに。助かったわ、それが例の案山子?」
「は、はい。祖父が作った合成人間撃退用の改造案山子です」
「合成人間撃退……」
「改造案山子……」
アルドとエイミの二人は、想像していた田んぼを鳥から守る案山子のイメージがあるせいか、目の前で活躍した改造案山子の姿が今も信じられず、少し戸惑っていた。
わらわらと、避難していた住民たちが畑を心配して戻ってきて、アルドたちの側でへたり込むゼンマイと改造案山子を発見した。
住民たちはそれを見て次々と口を開く。
「なんだ、あれは?」
「あの案山子じゃないか」
「ゼンマイのじいさんの? まだ残ってたのか」
彼らはなぜここに改造案山子があるのか、理解出来ていなかった。
一人の女性が声を上げた。
「私見たわ。あの案山子がビームでドローンを撃ち落としてたのよ!」
住民たちはにわかには案山子が活躍したことを信じていない。しかし、同じように目撃者が名乗りを上げていくにつれ、徐々に案山子を称賛する声が高まってきた。
最後は案山子コールが巻き起こるほどの盛り上がりを見せ、ゼンマイもアルドたちも置いてけぼりで熱量が上がる。
盛り上がっている住民たちの壁から、一人の女性が出て来た。彼女はゼンマイの側に来ると、彼の手を取り何度も頭を下げた。
「ありがとう、ゼンマイ。あなたと案山子のお陰で畑が守られたわ」
「そ、そんなこと」
「さあ、皆! 彼らを称賛しましょう!」
おお、と住民たちが喝采を上げ、瞬く間にゼンマイを取り囲み、案山子を神輿のように上下させている。
お祭り騒ぎの様子を遠巻きから眺めているもう一組の立役者たち。その内の一人、エイミが肩を竦める。
「……すっかり蚊帳の外ね」
まいったわ、と言う彼女の口元は柔らかく、それほど嫌な気分ではなかった。対してリィカが機械的に憤慨している。
「ワタシタチもドローンを撃退しました。現状は正当な評価とは言えまセン」
「まあまあ。これでいいんだよ」
そういうアルドの顔も晴れやかで、その目は状況についていけず困惑したまま揉みくちゃにされるゼンマイを見守っていた。
首を傾げるリィカを連れて、アルドたちは未だに加熱していく喧騒から離れていった。
それから。
案山子はドローン撃退の活躍と住民たちからの懇願によって、畑の監視役兼オブジェクトとしてのこされた。
ゼンマイは案山子をメンテナンスし、古いデザインを一新。前の不気味な継ぎ接ぎから、まだ人間らしく見えるようなデザインに変わった。
今も住民の中には案山子を邪魔物としてみる者もいるが、それでも前よりも受け入れられている。ゼンマイはそれだけで十分満足だと、アルドたちに嬉しそうに話した。
今日も物言わぬ案山子は、麦畑を脅威から守り続ける。
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