第26話 抑えた気持ちはいつか弾け飛ぶ
血走った目でTabキーを押す。入力欄はあと一つ。それさえ入力すれば出品情報の変更ができる。
最後のアルファベットに指を伸ばした瞬間、画面が切り替わった。表示される注意喚起。
『出品は締め切りました』
何度キーを叩いても表示が明滅するだけで入力はできない。
「っくそおおおっ!」
ワイヤレスマウスを放り投げて振り返る。これ以上ない
だが思ったような反応はなかった。
なぜかスマホは
押したのか、押していないのか、面々の表情からは読み取れない。
「えっ……と、どうなって?」
「一つ教えてくれないかしら、
「それはっ……」
あれは親が勝手に、という言葉は飲み込んだが、
「あれはご両親が申請したそうね。今回の件はお金のため? それとも平和ボケした他人が羨ましかったのかしら?」
静かな問いかけ。
「後腐れないから貧乏人を避けてたの事実だけど。別にどっちでもないですよ」
「それは、足がつきやすくなるリスクを背負ってでも写真を付けたことと関係あるのかしら」
「ありです。ていうかそれがいいんじゃないすか。だって、下着盗まれたってだけであんだけ怯える奴らが、自分の写真までいいように使われてるって知ったらどんな顔見せてくれるのかってさ。むしろそれバレないかってずっと思ってたくらいで……あ」
現状が分からず浮足立っているせいかつい本音を話してしまった。
(~〜っ、もういいや。どうせ生徒会からの処分は
スマホを手にして周囲に意識を走らせる。そして一人の少女に目を留めた。スポ特待生の一年生。あの子は間違いなく新聞部のインタビューを受け、
今回はそれで留飲を下げることにしよう。
「そうそう、あんたの下着さあ。けっこうヤバイ奴に売れたみたいで、使用感とか言って写真が送られてきたんだけど」
「うわあ……キモっ」
「でっしょー? ほらもっとよく見て──痛っ」
肩を叩いて少女に画面を見せる。そのスマホを横から叩き落とされた。
「ちょっとお、うちの子になんてもの見せてくれてんのよお!!」
「なんで女口調!? どこの立場からモノ申してんだコイツ」
さらに
「この子の心に消えない傷がついたらどうしてくれるのよおっ! 訴えるわよおお!」
「とにかく口調がキメぇ!」
「はいはい、
「何かノリでえ」
「わたしは別にどうでもいいです。ていうかとめき先輩なにか香水付けてます?」
「なんも付けてねえよお?」
「嘘ぉ?」
三人の空気はなぜか
「…………なんなんだよ。そこのスポ特待生さ、怖くないの? 自分の物がそういうことに使われてんだよ? 写真見たよね?
思い通りにならない憤りをぶつけると、スポ特少女はあどけないほどの表情で不思議そうに瞳を丸くした。
「だって、それはわたし自身じゃありませんし」
「はぁ?」
「
「とめき先輩は違うんですか?」
「オレはちょっと気持ち
「よほど思い入れのある品なら嫌だけれど、私もあまり気にしないほうかな」
「ええ~? オレだけ
また和やかな雰囲気に戻ってしまう。
「なんなんだよお前らは! んなの何も面白くないっ。もっとさあ、絶望して。苦しんで。恥ずかしがれよ。そんなさらっと流されたら何も面白くないじゃん!」
「他人を
「は? なに。生徒会役員だからって偉そうに。そうだよね、あんたらみたいな勝ち組に、私の抱えてるものなんてわかんないよね!」
「そうね。分かるはずがないし、分かるべきでもない。改めて思うよ、私はそっちに行きたくない。……でもね、話を聞くことはできるのよ。
もう逃げられない。手を握りこんで爪が食い込む。敗北感に打ちひしがれる
「おめでとう、あなたにもこれくらいの価値はあったようよ」
映し出された下着の写真と落札の文字、少ない金額。
あっと思った時には肩に感じた細腕の感覚はなく、背後でもう扉は閉められていた。
◇ ◆ ◇
「
「落札者の名前を見てみて」
「『Yanonekko』? あ、これって」
「そう、生徒会長よ。出品を阻止できなかった場合は会長がすべて
だから何も心配はいらなかったのだ。作戦を知らない
「……過剰な私刑は禁止とか言ってませんでした?」
声に非難の色はなかった。単純に理由を訊かれているのだと解釈して、
「
事務的に言って目を閉じる。本心は胸底に沈めるべきだ。
深呼吸する
「それ以上に、ちったあ痛い目遭わせたほうがスッキリすんだろお?」
「あ…………」
降り注いだ本心に、
ゆるみそうになる頬を理性で引き結ぶことしかできない。
平静を保つことに成功した
代わりに、
「……とめき先輩。先輩のパンツ、類似品歴代一位の高額で落札されてますっ──ぶふっ」
それで限界だったらしい。思い切り噴き出し、次いで
「んん?」
表示された金額は、皆がなんとなく想像していたものより桁が二つばかり多い。それだけではない。落札者の名前が──。
その時ちょうど
「どうされました? ……はい、了解しました」
指示された通り音声をスピーカーへ切り替える。響いたのは、低くも女性らしい落ち着いた声音。
『
「ああ? その声は
戸惑いを隠せない
『君の下着だけ競り負けたのだよ。ごめんね』
「はいい?」
「な……なんでだあああああああああ!?」
空を割らんばかりに汚い悲鳴が上がる。頭を抱えてうねうね暴れる少年の困惑顔に、
「くふっ、ふふっははっ。これじゃっ、現役女子高生の華も何もないねっ、くふふ。男のほうがっ高く売れるなん──あはははははっ! なんって
腹筋が痛い。
腹を抱え、
◇ ◆ ◇
あれだけ騒がしかった写真部の部室はしんと静まり返っていた。
「いやー最後すごく面白かったですね」
「そ、そう? おな、同じ男として、こ、怖かった、よ」
「たかが使用済みの下着がどうしてあんな高額になるんでしょうかね」
心底疑問である。使い道に心当たりはあるものの、やはりそれに大枚をはたく気が知れない。
落札した人間の顔が見てみたいものだと
生徒会長への報告は長くなるから先に帰っていいと、
「新聞部ってどんな感じなんですか」
「えっとぼ、僕らが手足で、ぶ、部長がとりまとめ、てるボスって感じ」
「あ~すごく分かります。
「先輩ああ見えて、や、優しいし。ひ、人に命令、されて動く、のき、嫌いじゃない、から」
「その気持ちも分かります。なんか気楽ですよね」
今までは警戒していたが、こうして話してみると気分が
下駄箱で別れようとすると、
「とこ、ところで
「はい?」
意味が分からず思わず聞き返す。
「えっと……何を仰ってるので? わたしと
思わず問い詰めるような態勢になってしまった。
「前、彼にだき、抱き着いてた、から」
「そんなことありましたっけ?」
さっき
煮え切らない
「でも好きじゃない、なら、よかった。だって十瑪岐君きみ、のこと、気安い奴ってうざ、うざそうに言って、た、から」
たどたどしい言葉に、
【二周目 フィニッシュ
三周目へ】
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