第24話 悪戯仲間にゃ信置く者を


 針金を固定しドライバーを回す。確かな手ごたえ。つぼみは鍵穴をできるだけ傷つけないように針金を抜いた。


 忘れ物をしてきていないかショルダーバックを覗く。


「えっと……ピッキング道具よし、USBも回収した。中にデータを保存できたのは確認済。SDカードは使わなかったから入れっぱなしで、なんかよく分からない機械も全部ある」


 すべて確認を済ませ写真部の部室前から五、六歩離れると、どっと息を吐いた。


「はぁ~っ、ドキドキしたぁ。今日は配管のメンテで文化部総休みって本当だったんだ。すごいな十瑪岐とめき先輩、どこからそんなの聞いてくるんだろ友達いないのに。でも心臓壊れるかと思った〜。無事に済んでよかった……」


 極度の緊張から解放され思わず饒舌じょうぜつになってしまった。小さな声でぶつぶつ呟きながら額の汗を拭う。


 心臓の音が大きすぎたせいだ。完全に油断して、つぼみは声をかけられるまでその複数の足音に気づかなかった。


「あら、つぼみちゃんじゃない。今日はどこも部活の活動届は受理していないはずだけど」


「ひゃぎっ!?  鳴乍なりさ先輩……!」


 飛び上がって振り返る。そこには、両手に執行部員を連れた鳴乍なりさが書類の束を抱えていた。


 人に会うと思っていなかったつぼみはとっさに言葉が出ない。

 そんな彼女の青い顔を見て、鳴乍なりさは執行部員たちに耳打ちした。


「みんな先に行っておいて。友達なの」


 連れの二人はうやうやしく頭を下げて指示通りにする。


 つぼみは足音が聞こえなくなるのを待って、笑みを引きつらせた。


「にゃ、鳴乍なりさ先輩はいったい全体何事どうして文化部棟に? 休日なのに……」


「私は生徒会の会計監査で少しね。つぼみちゃんこそどうして文化部棟に」


 言いながらつぼみの姿を上から下まで視線を送る。つぼみの格好は普段のユニフォームと違う。


 髪を後ろで一まとめにし、前髪もヘアピンで固定している。手にはビニール手袋を付け足元はなぜかサイズの大きい新品の上靴を履いていた。ちらちらと特定の部屋へ注がれる視線、そして腰のショルダーバッグから覗く針金……。何よりつぼみの挙動不審さが事態を物語っていた。


 鳴乍なりさは口元に手をやって背を丸くする。


「前科……」


「えっ!?」


「塀の中の知り合いには紹介状書くから安心して馴染んでね……」


「ちょっ、後生です! 投獄前提はやめてっ! 話を聞いてください!」


 涙目でとりすがるつぼみに、鳴乍なりさは耐えきれず吹き出した。


「ぷっ、くふふっふふっ冗談よ。本当に可愛らしいんだから貴女あなた十瑪岐とめきくんの指示なの?」


 そっとショルダーバックの針金を中へ押し入れてジッパーを閉めてやると、つぼみが高速で頷く。


「もちろんです。とめき先輩が主犯です。ちなみにこの後女子寮にもお邪魔する予定です」


「白状しすぎよ。部へ貸し出してるパソコンのパスワードを訊かれたのはそういうことね。証拠集めなんでしょう? 女子寮ということは、犯人は内部生か技能特待生かのどちらかかしら。でも、どうやって入るの? うちの寮は個室にも電子ロックがかかっていて専用のカードキーがないと……」


「偽装ID? を預かりました。これでなんか全部屋入れるそうです」


「セキュリティを強化する必要がありそうね……。予算案提出しておこうかしら」


「そのほうがいいと思います」


 真面目な声に深く同意する。

 鳴乍なりさは両手の指先を合わせて、それにしてもと微笑ほほえんだ。


「彼が身内以外にその辺りを任せるとは。つぼみちゃんは信頼されているのね」


「いえ、便利にパシられてるだけだと思いますけど」


 真顔で異論を唱える。鳴乍なりさはやけに微笑ましげな様子でつぼみを見つめた。


「そうだとしても、彼は信用できないものを使いはしないと思うよ」


 やけに確信の籠った視線に、つぼみは納得のいかないまま首を傾げた。



      ◇   ◆   ◇



 葛和くずわてい内には使用人が寝泊まりする区画が存在する。その地下に増設されたコンピューター室は、正確には使用人でもなんでもない一人の少女によってほぼ占領されていた。というより彼女のために作られた部屋だったりする。


 馴染みの警備員に賄賂わいろの肉まんを渡し敷地に入った十瑪岐とめきは、使用人用の通用口を通って皆の寝静まった廊下をこっそり進んだ。冷えた階段を降りて扉を開ける。


「こお~ま~ざあ~ちゃんっ。居るう?」


 大きなリクライニングチェアに完全に隠れてしまっている部屋の主へ呼びかける。すると椅子が回転して、赤毛の少女が姿を現した。


「なんだ十瑪岐とめき。また忍び込んで来たのか」


「やっぱここに居たんだなあ。お疲れ様。ジュースいる?」


 扉を閉めて横につく。フルーツミックスジュースを差し入れすると少女が目元を和らげた。この部屋の中で一人のときの椎衣しいは、学校で睨みを利かせている時よりもほんの少しだけ人当たりがよくなることを、十瑪岐とめきは承知していた。


「なんだ、また懐かしい飲み物を」


「初等部入る前から好きだったっしょお?」


「変なことばかり覚えているな。それで、貴様がわざわざ足を運ぶとは何用だ? 今月は先月からの引継ぎを含め三件の仕事を請け負っている。貴様の言うことを聞くいわれはもうないぞ」


「新しい依頼じゃなくてねえ。ほらあ、蕗谷ふきのやつぼみのストーカーが撮り貯めてた録画映像さあ、データ化整理頼んでたじゃん。終わったあ? 証拠がそれで揃うんだよなあ」


「……まだだが」


「ええ~。サボってたのお狛左こまざちゃん」


 半笑いでほっぺをつんつんすると、椎衣しいは途端に憤怒の形相に変わる。


「総録画時間がどれだけ膨大か分かっているのか! そもそも仕事量が多い! 蕗谷ふきのやつぼみのストーカーからの護衛、ストーカーの処遇に後始末資料整理エトセトラetc……。この一連をすべて一件として勘定するのは割に合わない。来月分の前借ということにしていいか」


「ダメえやめてえっ。オレたちの仲だろお」


「気色悪い声を出すな。不快で耳の穴がかゆくなるっ。アンパンマンのお喋りタブレットを貸し出すから一生それで喋っていろ」


「え……なんでそんなん持ってんのお? 『僕アンパンマン!』押しちゃったあ」


 本当に渡されてちょっと引いてしまう十瑪岐とめきである。

 椎衣しいは大きなため息をついて眉間のしわを深めた。


「ふんっ。今夜は手が空いている。急ぎなら明後日までには終わらせてやるが」


「マジでえ? 幸滉ゆきひろのお守しなくていいのか? ああそういやあ今日は許嫁いいなずけちゃんとディナーの日だったかあ。お留守番するしかなくていじけてんのねえ狛左こまざちゃん」


「無駄な発言しかできないのならその喉仏えぐり取ってやろうかっ」


「やめてえ美少女ボイスになっちゃうう」


「なるわけないだろう、解剖学を学びなおせ! ~っ体をくねらせるな気色悪いっ!」


 椎衣しいが部屋にネズミが出た乙女のように自分の体をかき抱く。十瑪岐とめきはイヤーカフスを触りながらひょいと彼女から離れた。


「全部やっちまう必要ないぜえ。時間と人の目星はついてる。そこだけ抜き出して整理してくんねえ?」


「また何かやっているのか貴様は」


「生徒会長の依頼でなあ。なあに、オレの目標には影響ない。安心しろよ狛左こまざちゃん」


 目を細め、八重歯を見せて獰猛どうもうに笑う。


「全部ちゃあんとぶち壊してやるからよお。それがオレと『僕アンパンマン!』いいとこで押しちまったああ! と、とにかく、この資料読めばわかるから、あと頼んだなあ」


 いろいろ椎衣しいに押し付けて、十瑪岐とめきは部屋を飛び出して行った。さすがに居たたまれず逃げたらしい。


 椎衣しいは手の中のファイルとお喋りタブレットを交互に見て鼻で笑う。


「ふんっ。クズが格好つけるからだ」


 嫌いな男の失態に心底愉快そうな笑みを浮かべた後、椎衣しいはチェアを回転させて作業に戻った。


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