第10話 クズなりの幕引き
「今回は王子様の出番は必要なさそうだね。
「はい。迎えの車はすでに待機させております」
「ありがとう。
「かしこまりました」
頭を下げ、主人を見送る。本当ならば彼が自宅に着くまで護衛として付き従いたいのだが、今日はそうもいかない。
気を引き締め目視で少女を確認しようと立ち上がると、同時に勢いよく物体が飛んできた。少女の姿をしたそれは、余裕をもって手すりに着地する。
「よいしょっ……ん? あれ? お久しぶりです
「どうしたはこちらのセリフだ……」
飛んできたのは
断じてここは道ではない。
「あ、ここからあっち見える。もしかして、さっきの見てました?」
振り返って自分がさっきまでいた場所を確認したのだろう。不可解そうに聞いてくる少女に
「…………」
誤魔化すべきか、正直に話してしまうか。どっちにしろ面倒だなと眉間のしわを深めた。
◇ ◆ ◇
「意味わかんない。なんなんだ。なんで俺を頼らない。なんで俺にすり寄らない。なんで、自分のほうが恵まれてるみたいな顔してんだ」
マネージャーは部活をさぼり、息を切らせて寮の自室へと飛び込んだ。フラれたその足で陸上部の練習に行くなどできはしない。唇が裂けるほど屈辱に歯を食いしばる。
部屋に入り電気を点けると、いるはずのない人間が椅子に腰かけ笑っていた。
「はあい、お帰りなさい。こうして会うのは初めましてだなあストーカー野郎」
下卑た笑いを浮かべるのは間違いない。想い人に近づく虫。憎き
驚きのあまり尻餅をつく。
「くっ、
「どんな完璧な警備システムも管理してんのは人間の手なんだよなあ」
「寮監を脅したのか!」
「まさかあ。ちょうっと貸しがあるだけだよ。そんなことより
「は…………なっあれっ、写真が? コレクションは!? テメエ、俺の宝をど、どこへやった!」
落ちついて辺りを見渡しようやく異常に気付いた。壁一面に張っていた拡大写真も、机の上に出ていたはずの録画データもなくなっている。おそらくコツコツ集めて引き出しに仕舞っておいた
あんなものが外に出たら、自分の評判がどうなるかはさすがに分かっている。
慌てふためく
「もちろん証拠として回収しましたあ。澄君のお父さんにも報告済みでえす」
「は?」
さっと血の気が引く。父さん? こいつが言っているのは、あのすぐ手をあげる厳しい父のことか?
「いやあ、パパさん話が分かる人だねえ。澄君がストーカーに成り下がったって証拠写真と一緒に突きつけたらあ、すぐ転校手続きしてくれたよお。週明けから行くのはここより厳格な男子校だってさあ。寮生活も禁止、自宅通いにシフトチェンジ! たったそんだけの罰で済んでよかったじゃん」
「なっ、なにも良くない!! そうだ、お前のせいだ! お前が
「はあ? 自分の失恋、他人のせいにしてんじゃねえよ。好きな女へこませて喜ぶような
「があっ!」
顔面を蹴り上げられた。壁に挟んで踏みつけにされる。開いた口にローファーの
口内に血の味が広がる。きっと歯も何本か折れたに違いない。あまりの痛みに涙がにじむ。
そんなひどい有様を見て、
「はははははは! そうそう
ぐりぐりと
「なんなんだ。お前には迷惑かけてないっ!! おっ、お前も
血と唾液が混ざった泡を吹きながら叫ぶ。
抗議の声に
「
「ううう嘘だ! こんなことしてもお前の得にはならない!」
「あのなあ、オレのモットーは『情けは人のためならず』なのお。オレ頑張ってる奴って好きなんだよねえ。デカい利益を生むのはいつだって必死に頑張ってる連中だろ? その利益が巡り巡ってオレの懐に入るわけだあ。何においても大切にしてやらにゃいけねえだろう? なのにさあ、そういう頑張ってる奴につけ込んで足を引っ張る、自分の徳しか考えてねえ連中が一番鼻につく」
「ゔぉえっ!?」
腹を蹴られて
「そう、お前のことだよクソ野郎。あ〜あ、見てるだけで鼻が不快に曲がりそうだあ。詰まった下水のがまだ愛着湧くってもんだぜ。根性腐ったヘドロ野郎が、オレの利益を害するな」
ニヤニヤした目が狂気じみた睨みに変わる。
全身を寒気が走り、
「……うわっ気絶してやがる。マジか驚くほど根性ねえな。精神杏仁豆腐か?
倒れた
「オレが駄目押しするまでもなかったねこりゃあ」
まとめてベランダに出しておいたストーカーコレクションを引っ張り出した。
「にしても他人は他人でしかない、ね。オレみたいなこというのな、あの後輩」
耳のイヤーカフスを指先で
手には自分のものではない名札を握りしめ、ずぶ濡れになって歩いている子供。濡れて
たどり着いた公園には青色のペンキが剥げかけた、空洞の遊具があった。地面は雨で
「………………なんて、まさかな。一年の梅雨時期なら、オレはまだギリギリ
こんなのは記憶ではなく、脳が想像から
【一周目 フィニッシュ
二周目へ】
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