第5話 脅迫もコミュ力


「っと、話してる間になんかからまれてんぞ」


 目標の少年がガラの悪そうな男子高校生三人組に囲まれている。三人組はメンチ切っててどう足掻いても友好的には見えない。


 十碼岐とめきたちは完全に出遅れてしまったようだ。


面蜂つらはち高校の人達だ。いるんですよね、兎二得とにえの制服着てるだけでお金持ちだと思ってカツアゲしてくる他校生。助けたほうがいいですよね、これ」


「恩の押し売りは交渉の初歩だからなあ。……よし向こうから来るあのどう見てもカタギじゃない方々にご協力願おうじゃねえか」


「えっ、話し合いじゃ……無理ですかね?」


「話が通じる相手なら検討するがここはどう見ても強行突破一択。そのためにゃ全員の気を引く必要がある。いいかあつぼみ、今から言うことを実行するんだ」


「うぅ、了解です」


「オレが合図したら思い切り」


「思い切り?」


「奇声を上げながらそこを全力疾走しろ」


「──はあっ!? 嫌ですよ! 他に方法あるでしょう!?」


「準備してる時間はねえんだ」


「先輩がやればいいじゃないですか」


「オレみたいな見るからにひねくれてる奴が変なことしても、んな目立たねえよ。お前みたいなかわいい顔した女子高生が奇行に走るから脳をバグらせ面白──人目を引くんだ」


「いま面白いって言ったー!」


「ごちゃごちゃ考えんな。即興で爆笑確定の一発芸やれって無茶振られるよりマシだろうが。いいから──」


 さっと取り出したクラッカーを真上に掲げるとつぼみの肩が跳ねる。

 十碼岐とめきは思い切り紐を引き仕掛けを鳴らした。


「さっさと走れ陸上部!」


「!? う、うひゃわわわわわーこんな役割やだああああ!」


 路地に鳴り響く破裂音。つぼみは逃げ場を失ったかのような涙目で駆けだした。顔を真っ赤にしながら律儀に奇声っぽいものもやけくそに叫んでいる。


「ピストルの代わりにクラッカー用意したが……本当に走るとはな」


 想像以上の効果だった。走種目選手はピストル音がしたら走らずにいられない習性でもあるのだろうか。


 付近の人間は皆ぎょっとして、駆けていくつぼみを目で追っている。


 件の少年、それを囲む高校生、そしてちょうどいい位置で立ち尽くすヤ〇ザたち。全員の視線が固定されたその瞬間、すでに十碼岐とめきは路地を飛び出してに手を添えていた。


 仕事はすれ違いの一秒。

 つぼみの声が遠くなり先頭にいたスキンヘッドスーツの男が視線を前方に戻したら完了だ。


「あんじゃあこりゃあ! アイスべっとりやないかいっ!」


 ドスの効いた怒声が上がる。男の胸元にはバニラアイスがべったりと付着していた。正面にいた高校生たちが怒声に驚いて視線をさ迷わせる。


 ゆっくり距離を置こうとして、どうやら睨まれているのは自分たちだと気づいたようだ。


「おいあんちゃん、どうしてくれんのじゃこりゃあ!」


「えっ、それ俺たちじゃなくてコイツの……って居ねえ! しかも俺が持ってる!?」


 カツアゲしようとしていた少年が持っていたはずのドリンクが自分の手にあることに気付いて高校生が唖然と口を開ける。スキンヘッドはそのリアクションをヘタな嘘だと受けとったようだ。


「なに言い逃れしようとしとんのだおどりゃあ! よくも人の一張羅いっちょうら汚してくれよって」


「ひいっ!!」


 悪ぶった高校生たちが本職に取り囲まれていく。そこまで見守って、十碼岐とめきは路地に頭を引っ込めた。


「いやあ危なかったなあ。オレがかっさらわなかったら、あそこにいたのはお前だったぜえ? つーことでこの恩人にとりあえずお名前教えて」


 ウインクしながら振り返る。そこには引っ張って来た少年がいた。少年は手首でメガネを押し上げ、眉間に深いしわを作る。


「……三年の鈴原すずはら。あんた葛和くずわ兄弟のクズのほうだな」


「おっと知られてたかあ、やだオレってば有名人。……ん? 鈴原っていったら期末試験学年三位の秀才じゃんか。いやあお会いできて光栄ですよ先輩。科学大目指してましたよねえ。大学卒業後は葛和うちの研究部門に就職なんかいかがです? あそこオレが乗っ取る予定なんで試験なしのコネで内定でますぜ」


「……くだらない。ぼくに何か用?」


 答える声はとげとげしい。十碼岐とめきの笑みが微かに固くなる。


「んー、非友好的な気配い」


「当たり前だ。飯開はんがい先生の件はみんな知ってる。先生をおとしいれた君を信用しろと? どうせあの面蜂つらはち高生も君の仕込みだろう」


「せっかく助けたのに疑われるなんて悲しいなあ。今日はちょっと聞きたいことあっただけだってのにぃ。冤罪えんざいで泣きそう」


 本当に目の端に涙を溜めて座り込む。だが鈴原の目は冷たいままだ。


 やはり暴力に訴えるのが早いか。このまま拉致らちってゆっくり吐いてもらおうと袖からビニール紐を滑らせた十碼岐とめきの背に、濃い影が差した。


 つぼみが帰って来たかと思ったがおかしい。荒いだ呼吸音がやけにごついし、影が三つある。


 振り返ると、息を切らせた高校生たちがいた。


「見つけた! おいこれテメエらのしわざだろ!」


 怒り心頭といった表情で握りつぶしたドリンクのカップを突き出してくる。十碼岐とめきは飛び退いて鈴原のところまで下がった。


「げっ、予想より早え」


 ヤ〇ザ連中は早々に彼らを解放したらしい。いっそ骨髄こつずいまでしゃぶりつくしてくれていれば良かったのだが。


「あれ、君たちグルじゃないのか」


「んなわけねえだろ。助けたのは善意だったのよ!?」


 鈴原の疑問に情けない悲鳴で返す。

 思惑が十分入っていたことは黙っていよう。


「てめえらのせいで酷い目にあったんだぞ!」

「空になったサイフの中身補充してくれるんだよなあ!?」

慰謝料いしゃりょうだ慰謝料。兎二得とにえ生なら百万二百万はすぐ用意できるだろ」


 無理難題を言いながらどんどん間を詰めてくる。


「やあ落ち着けってお兄さんたちい。オレら貧乏なんでそんな大金は持ってませんのよお?」


 冷や汗を流しながら十碼岐とめきは後方を盗み見た。


 この路地は奥行きこそあるが、その先は行き止まりのようだ。唯一の出口はヤンキーたちに塞がれている。鈴原は戦力にならないだろう。そうなると多勢に無勢。相手が一人ならどうにでもできるが、三人がかりで同時にこられるとキツイ。


(催涙スプレー……駄目だ。狭すぎてこっちにも被害がくる)


「腹出せおら!」


「くそうっとげとげした鉄板仕込んどきゃよかったあ!」


「人のこぶしを壊しにかかるな!」


「ほぎゃあっー!」


 面蜂つらはち高生は見た目に反して喧嘩慣れしていないらしい。振りが雑だ。おかげで十碼岐とめきはギリギリの紙一重で振り下ろされる拳たちを避けることができる。


「ちいっ、ちょろちょろすんな!」

「大人しく殴られやがれ!」


「うるせえ! それで大人しくする阿呆あほうがいるかあ!」


 面蜂つらはち高生たちがしびれを切らし始めた。十碼岐とめきは大きく後ろにステップを踏み、両手を上に掲げる。


「まあまあ落ちついて。取り出したるは隙だらけのお前らからかすめ取ったスマホとサイフ! 返してほしけりゃ大人しく──」


「返しやがれ!」


「どわあっ! 逡巡しゅんじゅんくらいしやがれっ。取引にもならねえ苦手なタイプ! クソっ、オレは調略巡らせて弱み握って退路断って無抵抗になった奴をいたぶる側であって、断じてこんな極限運動させられる人間じゃねえってのおっ。オレもう泣いちゃうからな!」


 どれだけ泣き言をほざいても状況は好転せず、今度こそ囲まれてしまう。もう駄目だと腕でボディーを庇ったそのとき。

 頭の横を何かが通過した。


 それは健康的に日焼けした、柔らかそうな生足。膝上丈のスカートが揺れ、それが着地するころには高校生が一人吹き飛んでいた。


 小柄な少女が十碼岐とめきたちの後方からヤンキーたちに飛び蹴りをかましたのだ。


 突如倒れた仲間に状況を理解できず目を白黒させるヤンキーのあごへ掌底が打ち込まれた。少女は振り向きざまもう一人の腹に回し蹴りを放つ。前屈みになったその頭を掴み顔面に追撃の膝を入れた。


 それはまさしくまたたきの間。


 あれだけ威勢の良かった三人組が、一瞬のうちに地に伏していた。


「怖あー……」


 左手をプラプラゆらす少女は頭に青いバケツを被っていた。あれだけ激しく動いてよく取れないなと思えば、取っ手があごに上手く引っかかって頭部に固定されているらしい。


 十碼岐とめきにはそれが誰か一目瞭然だが、鈴原には突然謎の奇人が現れたように見えるだろう。怯えて後ずさる少年を後回しにして、十碼岐は笑みを作った。


「よくやった!」


「大丈夫ですか豆腐先輩!」


「絹ごしだったら危なかったぜえ!」


 言いながら駆け寄って少女の肩に腕を回す。そうしてがっちり捕まえてから、バケツ越しに囁いた。


「にしてもあっれー? 運動部期待のエースがあ、こんなところで暴力沙汰とかいいのかなあ?」


「えっ」


「なんで殴ったんですか話し合いの余地はなかったんですかあ?」


「ちょっ、助けてあげたのに!?」


「それかぶってんのは顔バレしないためだろう? 他校の生徒殴ったとか学園にバレたら部活動停止は当たり前だからなあ。よかったのかなあ? 殴ってよかったのかなあ?」


「そっそれは……」


「いやいや、殴ることがそのまま暴力と結びつくわけじゃあねえもんな。ボクシングだってスポーツなわけだし。そう、スポーツは他人と時間を共有し理解を促す効果もある。つまりどう言い訳すればいいか、分かるなあ?」


 十碼岐とめきにそう畳み掛けられ、つぼみは震えながら答える。


「いまのは………………拳を使った会話の一種です」


「つまりい?」


「……コミュニケーション術です」


 言った瞬間十碼岐とめきが腕をといて手を叩く。


「はい来ました暴力はコミュニケーション! これはテストに出ますよお! よおく覚えていきましょうねえ」


 ニヤニヤしながら念を押す。言質を取ってご機嫌な十碼岐とめきとは対照的に、不本意な発言をいられたつぼみは半ベソをかいていた。


「うぅなぜこんな仕打ちを……この先輩ほんとヤダ」


「いやあ、付け込めそうな余地を前にするとおとしいれずにはいられねえんだわ。すまーん」


「すごいっ。性根からクズだ!」


「はははははっ」


 しこたま笑ってから、十碼岐とめきは置いてけぼりになっていた鈴原に矛先を向けた。


「つうわけでえ先輩せぇんぱい、オレらとコミュニケーション弾ませましょうねえ?」


 秀才が冷や汗を流しながら笑みを引きつらせた。


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