月明かりの指す角部屋

アンドレイ田中

第1話

 腹が立った。そんなシンプルで何の飾り気のない理由で私は、今しがた最愛の人を手にかけた。床には血のついた鉈が転がっており、私の両手と部屋の壁は赤黒く染まっている。

 ここは都内のある8階建てマンション角部屋の一室だ。マンション自体が南向きというで少し値は張ったがある程度広く、妻と子どもができてもここなら引っ越さずに暮らせそうだという理由で新婚の頃に購入した。それから約十年、子どもを作るための行為の時間が取れないほどの多忙な仕事に襲われていた。

 妻が意識あるときには会えなくなるような日が約3年続いていた。それでも妻は私の朝と昼ご飯を前日のうちに作り、用意したりと、この10年間朝・昼・晩と3食作ってくれていた。私があの激務に毎日耐え抜くことができたのは妻あってのことだと私は思っている。

 そんな今は亡き最愛の妻と出会えたのは今から3年前のことだ。共通の友人の紹介がきっかけだ。その友人とは大学で出会った。同じ講義で遅れてきた友人が偶々私の席の隣に座ったのがきっかけだ。その講義が終わり私が鞄に荷物を詰め、帰ろうとしたときに話しかけてきた。今は会社員として働いているため普通なのだが当時の彼は髪を金髪に染め耳にはチャラチャラとしたピアスをつけて、眉は細く剃られていた。こんな見た目のため私の彼への第一印象は最悪で、私は変な奴に絡まれてしまったと思った。しかしながら彼は見た目に反して存外真面目で遅れてきた分のノートを写させてほしいと言ってきた。断る理由もないので私は閉まった鞄からノートを取り出し彼に渡した。サンキューというと彼は携帯を取り出しこれも何かの縁だと言い私とメールアドレスを交換した。それから私たちは親睦を深めていき互いのことを親友と呼べるほどの仲になった。その後、私たちは別々の会社に内定を貰い、その会社に就職した。そこからは少し合わなくなったもののほぼ毎日電話やメールをしていた。

 ある日このとである。紹介したい人がいると言われ喫茶店へと呼び出された。そこには友人とその隣にはかなり美人な女性が座っていた。その席に座ると友人が私に彼女のことを紹介し、彼女に私のことを紹介した後に5000円を置きここはおごっておくよというと帰っていった。そんな彼の行動に唖然としているとそこに座っていた女性が事の経緯を話しくれた。それは友人にいい人を紹介してほしいと頼んだところこうなったとのことだった。それから私たちは少し話をしてみた。するとお互い共通の趣味を持っており意気投合した。そしてメールアドレスを効交換してお開きとなった。そこから私たちが付き合うまでノンストップだったのは言うまでもない。またそこから約三年の交際期間を終えて私から彼女へプロポーズをした。美しい景色の見えるホテルで食事をし、その後彼女を家に送る途中、偶々通りかかった公園でプロポーズをした。その日は綺麗な満月が見える日だった。返事はYESだった。そこから互いの両親へあいさつに行くなどをして、時はあっという間に過ぎ去っていった。今思うとこの時が私たちの幸せの絶頂だったと思っている。

 結婚式が終わって3か月たった頃に私はあるプロジェクトのリーダーを任されることになった。その日から今日まで死に物狂いで働きついにそのプロジェクトが成功し半日で帰らせてもらえることになった。同僚やプロジェクトチームの仲間に飲みに誘われたが、すべて断り自宅へ速攻で帰った。妻に驚いてもらいたかったので、仕事が終わったことを告げていなかった。左手に今までの十年祝えなかった分の結婚記念のプレゼントを持ち、扉を恐る恐る開きばれないように家に帰宅した。玄関に入ると、肉と肉とがぶつかり合う音と妻の気持ちよさそうに叫ぶ喘ぎ声、そして聞き覚えのある声が響いていた。それを聞いた途端に私は家から出て行った。あの時は何も考えていなかった。ただ悔しかった。家の近くのファミレスで昼食を取った。しかし、注文したハンバーグを体は受け付けず、吐きそうになるのを耐えながら、今までの人生で1番長い食事をした。

 食事をすれば、意外と頭は冷えるもので、今まで悔しかったものはなくなり、次は腹の奥底から憎しみ湧き出してきた。ファミレスを後にし、私は私の本能に従って体を動かしていた。出社に使っている車に乗り込み、近くのホームセンターへ行き鉈を購入した。午後7時ごろに私は彼女のスマホに今から帰るとメールを送り、車で帰宅した。7時30分ごろに家の扉を開けた。ケースを外し刃ををむき出しにした鉈を後ろでベルトで挟んで隠しながら。

 妻は私にお疲れ様と、結婚して3か月の時の同じ笑顔を私に向けて鞄を受けった。この時、私は一瞬躊躇ったが時すでに遅しだった。私の右手にはもうすでに血のついた鉈が握られたいた。妻の首はぱっくりと切れてそこからは鮮やかな鮮紅色が噴水のように噴き出している。妻は私のほうへ向き直し何かを言おうとする。だがピューピューと首から空気が漏れて何も言えないようだ。私は鉈を落としその血を体に浴びた。私は慣れた手つきで下のほうに埋もれている友人の電話番号を見つけそれに電話を掛けた。今から結婚記念のパーティーをするから来てくれと伝えた。彼はまだ独り身だから彼の家族のことを考えずに呼び出した。はじめは拒んだが渋々来てくれることになった。まだ血の滴る妻の亡骸をダイニングテーブルの上に置き、電気を消した。

 オートロックだから一度インターフォンが鳴る。スピーカーからは彼の声がする。それに無言で一階の扉を開けた。

 2度目のインターフォンが鳴る。彼には勝手に入ってくれと伝えてある。ガチャリと扉が開きバタンと音を立てて部屋に入ってくる。なれた手つきでリビングの明かりを灯した。ギャーーーーーと叫び声が聞こえたと同時に私は潜んでいたトイレから出て、彼の両ふくらはぎを切りつけその場に倒れ込ませた。彼は体を反転させ、私のほうを見た。次に彼の三角筋と大胸筋の間を鉈で切りつける。彼は嗚咽を漏らしながら今まで見たことのないほどの満面の笑みも私に向けて両手を広げ、俺はお前の奥さんの浮気相手だ。と声高らかに言い放った。この時に私の恋のキューピットは今、私に鉛の矢を打ちはなったのだ。私は彼の首を切り落とそうとした。しかし彼は首の皮一枚で残った。しかしそれでも先ほどとは比にならない量の血が吹き上げた。私は軽くなった遺体を妻の隣に置いた。

 その時私の中の何かが外れ何もかもが可笑しくなり、狂ったように笑った。あの日と同じようで違う窓から指す月明かりの下で。

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月明かりの指す角部屋 アンドレイ田中 @akiyaine

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