第3話 デュエル鑑真

「おはようございます先生。私、唐の国から参りました、鑑真と申します」

 翌日の朝。唐沢は、僕が連れてきた鑑真と、教室で対面した。

「……は?」

 唐沢は、予想外の出来事に硬直していた。

「先生。この人本当に鑑真みたいなんですよ。昨日家でいろいろ質問してみたんですが、本人としか思えない受け答えなんです」

「そ……そうなのか?」

「何卒よろしくお願いいたします」

「そ……そりゃどうも……」

 狐につままれたような表情のまま、唐沢は手を差し出し、鑑真と握手した。しかしその後、唐沢はハッとした表情を浮かべたのだ。

「どうしたんですか先生」

「……直感的にだが、確かにこの人は鑑真な気がする。手を握った時に、なんだかビビッとくるものがあった」

「そんなもんなんですか」

「なんだか、ずっと探し求めていたものに出会えたかのような感覚だ」

「そう思っていただけて光栄です」

 教室の生徒たちからは二人に拍手が送られた。ただ唐沢は、その拍手に反応することもなく、鑑真の背後に目を注いでいた。

「……ところで鑑真さん、一つ伺いたいことがあるのですが」

「はい、何でしょう」

「その背中に背負われているものは何ですか?」

 その問いかけに対し、鑑真は淡々と答えた。

「ジェットパックです」

「ジェットパック……」

「高速で空中を飛行することのできる、唐のサイバーテクノロジーです」

 唐沢、驚いたかな……。そう思って唐沢の顔を見たら、表情が、急に血の気が引いたものになっているではないか。

「ちょ、ちょっと待ってください。あなたは空を飛べるということですけれど、ということは、当時日本にはどうやって来たのですか?」

 それに対し、鑑真はさも当然という顔でこう言った。

「お察しの通り、空を飛んでです」

「それは……何度も失敗した末に、日本に辿り着いたのでしょうか……?」

「いえ。一発で辿り着けました」

 ……そう聞いて、唐沢は固まった。そして次の瞬間、先生は急に取り乱し始めたのであった!

「嘘だ、それは嘘だ! だって鑑真は何度も失敗した上で船で日本に辿り着いたと、歴史の教科書に書いてあるじゃないか!」

「それは当時の唐の国家政策です。唐は自分たちのテクノロジーが他国に漏洩することを恐れていました。ですから、船で何度も失敗して来日したということにしておいたのです」

「じゃあ何度も失敗しても諦めなかった心は?」

「いや、失敗はしていないと言っているのに、そんなものがあるかどうかと問われましても……」

「あああーーーーーーーーッ!」

 先生は頭を抱えて崩れ落ちた。

「ちょっと先生、気を確かに」

 そう言ってみたが、先生はうずくまったまま起き上がってこない。これはしばらく放っておいた方がよいだろうか? そのように思っていたら、突然先生が立ち上がり、鑑真に向けてこう言ってのけたのだ。

「……お前なんか鑑真じゃない。偽物だ!!!」

「え、いやいや先生、自分に都合の悪いことから目をつぶるのは良くないですよ」

「お前はこいつが鑑真だと思うのか? ジェットパック背負ってるんだぞ!?」

「まあそれはごもっともですが」

 鑑真はそのやり取りを聞きながら、困った顔でこちらを見てくる。

「いえいえ、私は正真正銘、鑑真ですよ」

「もしそうだというなら証拠を見せろ!」

「証拠と言われましても……どうすればあなたは納得なさるのですか」

「うーん、そうだな……」

 唐沢はしばらく考えた後、提案をした。

「だったら、こうしようじゃないか。私と勝負をしなさい。本物の鑑真だったら、私に勝てるはずだ」

「何ですかその理屈!?」

「そして勝利した方が、本物の鑑真だ」

「えっ!? いやいや先生、先生が鑑真になっちゃダメでしょう」

「俺はずっと鑑真になりたかったんだ」

「あんたそれでいいのか!?」

 もはや無茶苦茶だったが、鑑真は一切動揺することなく、いつものように穏やかな顔で答えた。

「よいでしょう。あなたが納得いくまで、勝負いたしましょう。それで、何で勝負するのですか」

 そう言う鑑真に、唐沢は不敵な笑みを返した。

「何で勝負するかはお前が決めていい。俺が決めた勝負で勝っても、お前は納得しないだろうからな」

 随分と大きく出る唐沢。それに対して鑑真はこう答えた。

「じゃあ、競走なんていかがでしょう」

「あんたは鬼か!!??」

 僕は叫んでしまった。

「鬼というのはどういうことでしょうか」

「あんた背中にそれを背負ってる分際で何言ってんだ!」

「桜田、お前の言ってることはどうかと思うぞ」

「なんで僕が怒られてるんですか!? 第一、先生それでいいんですか!?」

「鑑真に勝負を選ばせたのは俺だ。だからどんな勝負になっても、俺は文句は言わない」

 いやいやいや。あんた絶対負けますって。まあ勝負を切り出した時点で無茶苦茶なので、何を今更という感じではあるが……。

「勝負は今日の放課後にしよう。フフフ……血がさわぐぜ」

「かしこまりました」

 鑑真は合掌をし、ありがたや、ありがたやと言っている。

 こうして急転直下で決まった、唐沢と鑑真の決闘。一体今日の放課後、何が起ころうというのか。……まあ鑑真が勝つことは明白だし、そもそもどっちが勝っても僕には全く関係のないことだが。

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