第2話 空飛ぶ鑑真

 唐沢の話をまとめるとこうだ。大学入試を前に、自分は何がやりたいのかがわからなくなってしまった。それで、今まで自分が受けた教育を振り返ったら何かわかるんじゃないかと思い、教科書やノートを読み返した。その時に、鑑真の偉業を改めて素晴らしいと思った。何せ、あのような航海技術が未発展な時代に、日本のために、決死の思いで海を渡ったんだから。自分は鑑真のような人になろうと心に誓った。それから、元気に毎日を送れるようになった。だからお前も歴史を一生懸命勉強すれば何か心の支えが見つかるかもしれない。

「結局鑑真の話がしたいだけじゃんか……」

 今日だけで2回、計30分は鑑真の話を聞かされてしまった。もういい加減にしてくれよ。先生がそういう理想の人物に出会えたからって、僕が出会えるとは限らない。第一、僕は他人の背中を追うタイプじゃないと言っているじゃないか。

 教師なんてみんなそうだ。自分が正しいと思ったことや、好きだと思っている人やものを、さも万人に通用する真理のように言ってのける。しかし僕たち生徒は、教師を選ぶことができない。そして教師と生徒には明白な力関係がある。僕たちは教師の言いなりになって、その言い分を受け入れるか、うまく付き合っていくほかないのだ。おかしくないか。僕はどんどんとイライラが募っていった。

「はあ、何かこう、先生をぶっ飛ばせるチャンスとかないもんかな……」

 そんなことを悶々と考えていたから、信号が赤だったことに気付けなかったようだ。

「危ない!!!」

 ふと横を見ると、トラックが目と鼻の先くらいに近づいていた。

「えっ?」

 突然の出来事に、そのような言葉しか出てこなかった。……ええと、これは一体、どういうことだ?

 なに、僕、死ぬの? いや確かに教師に対して悪態をついたのは、世間的にいえば褒められた行為ではないけれど、だからって死なないといけないのか? あと、僕は先生をぶっ飛ばしたいと言ったのであって、自分がぶっ飛ばされたいと願ったわけじゃないぞ。神様そこはちゃんと聞いていてくれよ。いや、僕も今日の授業はほとんど聞いていなかったから、人のこと言えた立場ではないんですが。などと色々な思いが脳裏を駆け巡ったが、いずれにせよもう遅かった。

 しかし、その時である。ボボボボボボボボボボ……という轟音が、後ろの方から聞こえてきた。

「え?」

 しかもその音、どうやら物凄い勢いで僕のところに近づいてきているようなのだ。

「なんだこの音は!?」

 今まで聞いたことがないような物凄い、おぞましい機械音だった。そして次の瞬間! 僕は空中に浮かんでいた!!!

「……えっ。えっ!?」

 驚いて辺りをキョロキョロ見回すと、そこには一人の男。僕はその男に抱き抱えられていた。そしてその男は、背中にジェットパックを背負っていた! 何ということであろうか、僕はどうやら、このサイボーグのような男に、車にはねられそうになったところを救ってもらったのである!!

「あまりジタバタなさらないでくださいね。落っこちてしまいますからね」

「え? あ、ハイ……」

 そう言いながら軌道を変え、近くの茂みに、静かに着陸しようとする男。飛行速度の減少に伴って、僕の心臓の鼓動も少しずつ落ち着きを取り戻していった。

「もう大丈夫ですよ」

「あの、その、危ないところを……本当にありがとうございます」

「いえいえ。困っている人を助けることは、仏の教えを学ぶ者にとって当然のことです」

 そう言ってこの男は両手を合わせ、穏やかな顔をした。僕は合掌する男を見ながら、この人サイボーグなのに、仏教徒か何かなのか? などと思っていた。そんな感じで男の様子を眺めていると、次第に何だか、妙な気分になった。僕はこの男の顔を知っている。そう思えてならなかったのだ。いやいや、僕にはサイボーグの知り合いなんているはずないだろう。でもだとしたら、このデジャヴ感は一体何なのか? ……そのように困惑していると、僧侶は和やかな顔で、こう言ってのけたのだ。

「申し遅れました。私、唐の国から参りました、鑑真という者です」

「え……?」

 僕は固まった。

「……あなたが?? あの鑑真ですか??」

「ほう、あなた、私のことをご存知なんですか」

「そりゃもう。というか、日本中が知っていますよ、あなたのことは。超有名人ですよ」

「それは恐縮です。私など、まだ仏門の入り口に立ったに過ぎませんのに……」

 謙遜する鑑真から、アルカイック・スマイルがこぼれ落ちた。

「いやいやいやちょっと待った。だとしたら一つ非常に気になることがあるんですが」

「なんでしょう」

「何で鑑真が、そんな物騒なもの背負ってるんですか?」

 僕が背中に目をやると、鑑真はああ、という様子で背中の機械を撫でてみせた。

「あなたはこう言いたいのですか。なぜ古代中国の人間がこのような科学技術の結晶を背負っているのだ、と」

「はい。ていうか察する能力すごいですね、悟っているからですか?」

「歴史の真実を申し上げましょう。唐は実は、高度に発達した科学テクノロジーをもっている、サイバー帝国だったのです。私は唐のあるサイバー寺院で改造手術を受けました。そして背中のジェットパックと、不死身の体を得たのです」

「……はあ!? 僕が歴史の教科書で学んだ内容とあまりに違うんですが……?」

「唐のテクノロジーは、対外的には極秘事項でしたからね」

「マジですか……しかも不死身の体って。じゃああの時代から今までずっと生き続けているってことですか」

「そうですが、長い間生き続けるというのは疲れるのですよ。ですから私は基本眠っていて、400年に一度だけ起きることにしています」

「……僕はその400年に一度の貴重な機会に、あなたにお会いしたというわけですか」

「そういうことになりますね。いやはや、貴重な出会いに感謝です」

 鑑真は再び合掌した。つられて僕も合掌してしまった。何だこの状況!?

「そうだ。こうしてお会いしたのも何かの縁です。何かあなたの力になれればと思うのですが、力になれることはありますか」

「えっ、もう命を救ってもらったじゃないですか。それで十分ですよ。というか僕が恩返ししないといけないくらいなのに」

「私は仏の教えを学ぶ者として、少しでも多くの悩みを救いたいのです」

 いやいや悩みといっても、いきなり言われると困ってしまうのだが……。何かあるだろうかとしばらく考えていたら、僕はあることを思いついた。

「あっ」

「どうしたのですか」

「じゃあ、明日一緒に学校に来てくれませんか」

「学校。この時代でいう、お寺のようなものと聞いています」

「まあ、詳しく説明するとややこしいのでそう考えていただいても良いです。いや、場所はどうでもいいんです。とにかくそこに、あなたのことをとても尊敬している人がいるんです」

「ほう。私のことを。それはさぞ敬虔な仏教徒なのでしょうね」

「いや仏教徒かどうかはわかりませんが……。でも、あなたに会ったらきっと感激します。よければぜひ、来ていただけませんか」

「もちろん。それがあなたの力になるのなら」

 まあこれが僕のためになるかと言われると微妙だが、せっかくの機会だから二人を会わせないわけにはいかないだろう。僕は明日、鑑真を学校に連れて行くことに決めた。

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