ジェットパック・鑑真

michymugicha

第1話 すばらしき鑑真

「……ですから、何度も日本への航海に失敗しているんです、鑑真は。当時の航海技術は、まだまだ未熟でしたから」

 唐沢先生は、そう言ってチョークを止め、僕らの方を向いた。

「けれど、鑑真は諦めなかった。日本の仏教の発展という、なんとしてでも成し遂げたい使命があったからです。私はこの鑑真の姿勢こそ、現代に生きる我々が見習わなければならない姿勢だと思うんですよね」

(また説教か……)

 僕は聞こえないように心の中でため息をつき、耳だけは唐沢先生の方を向けて聞いているそぶりをした。

「何かの使命のために、命をかけて、何度失敗しても取り組むということが、現代でどれほどあるでしょうか。けれど、それができたら、とても素敵なことではないでしょうか。私は鑑真のことを尊敬してやみません。いや、むしろ鑑真になりたいくらいですね」

 一人で気持ち良くなっている唐沢。ここでチャイムが鳴り、僕はノートの上に突っ伏した。ミミズがはったかのような文字が、やる気なく踊っていた。

(まったく……教師ってやつは本当に教育が好きなんだな)

 これじゃあ歴史の授業なんだか道徳の時間なんだかわからない。歴史なんかただでさえ別に好きじゃないのに、お前のせいで嫌いになったらどうするんだよ。僕には高校生活や大学受験もあるんだぞ、そこまで響いたら一生もんなんだぞ、と心の中で唐沢に文句を言ってみる。

「おお、そうだ桜田。お前、図書委員だっただろう」

 僕は授業終わりの唐沢に呼び止められた。

「……そうですけど、それが何か」

「すごくお勧めの鑑真の鑑真の伝記があるんだが、これを図書室に入れてもらうことはできるかな」

「……また鑑真の話ですか。何回鑑真の話すれば気が済むんですか」

「うーん、多分何回話しても気が済むことはないんじゃないかな」

「だって今日の授業、明治時代の話ですよ。鑑真と1000年くらい離れてるじゃないですか」

「でも今日の日本は鑑真の功績の上に成り立っているだろう」

「そんなこと言ったら誰だってそうでしょうが。なんで鑑真ばっかり取り上げるんですか」

「それは鑑真が日本史上に燦然と輝く最大の偉人だからだ。日本を目指したそのあきらめない心。一番尊敬する人だ」

「……」

「お前には、俺にとっての鑑真みたいに、憧れる偉人とかいないのか?」

「僕はあまり他人の背中を追うタイプじゃないんで」

「他人の背中を追うのも、悪くはないぞ。俺は昔……」

 こうして、授業はもう終わったのに、僕はまた唐沢の話を聞く羽目になった。

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