第4話
二次会と称し、コンビニで大量の缶ビールやチューハイを買い込んで、莉子は光輝の泊まるホテルの部屋に押し入ってきた。これも販売ノルマ達成の礼だと言う。数字を追い、数字に追われる銀行員の悲哀をわかっている莉子だからこその振る舞いか、妻の不倫現場を目の当たりにしてしまった元同僚への心配りか、その答えは見出せないまま、やみくもに缶のプルタブを開ける時間が続いた。
ふいに、光輝は窓の外を見やった。流星が落ちてきたかの如く、無数の白い雪が尾を引きながら降り続いている。同時に、街の明かりが、先程に比べて数をぐっと減らしていることに気づいた。反射的に時計を見る。JRと地下鉄の終電まで、あと三十分弱しか残されていなかった。
こいつ、どうやって家に帰るつもりなんだ。
光輝は莉子のほうへ振り返る。
「おい、松永」
「んぅ」
今晩、光輝が眠るはずのベッドは、先程からごろごろとその上でのたうち回る莉子によって、ぐちゃぐちゃに乱されていた。
莉子が部屋に入ってきたと同時に、鳥が羽ばたくように脱ぎ捨てたピーコートが、ベッドの上から床に向かって、だらしなく垂れている。胸元が大きく開いたセーターが目に毒だ。そこにある深い谷から、光輝は目を逸らした。
酒に蕩けてふわふわした声で、莉子はこたえた。
「なによ」
「なに、じゃないよ。おまえ、家はどこだ」
「
「なんだと」
豊平川を越え、南区にある地域だ。札幌駅からでは、地下鉄を使うのがセオリーな場所だった。徒歩で帰るなどと、たとえ莉子がシラフでもあり得ない選択肢である。
「おい、終電、行っちまうぞ。早く支度しろ」
光輝は未だにうだうだとベッドに転がる莉子の手を掴んだ。
引っ張り上げようとしたはずが、その手がぐいと引き寄せられて、光輝は莉子の身体に覆い被さるように倒れ込む。香水と強い酒のにおいに混ざって、女が、強く香った。
「やだ」
昼間、店で聞いた弾けるような声とは違う、湿った囁き声が光輝の
莉子の吐息が肌の上を撫でてゆくと、妬けるような
安いビジネスホテルの壁は薄い。声は殺して、壊れそうな心と身体を互いに抱きとめる。札幌の家に帰るたびに理香とするその行為でも、こんな気持ちになったことはなかった。何度も瞼の裏側に浮かんでくる新しい世界と感覚を、光輝はその度に記憶していく。声を上げまいと歯を食いしばる莉子の口元には、ずっと薄い笑みが浮かんでいた。
***
二人では狭いシングルベッドの上で、莉子と並んで四角い天井を見上げていると、真新しいスマートフォンが震え出した。昼間にそれを買ったとき、莉子にデータを移行してもらったおかげで、発信元はしっかり「理香」と表示されている。
呼吸を整えて、出た。
「もしもし」
〈いま、家?〉
「そうだけど、何かあったか」
〈この連休は、こっち帰ってこないの〉
いけしゃあしゃあと、という言葉が喉元まで上がってきたが、さっきまでと同じく、ぐっと呑み込んだ。
「ああ、仕事が立て込んでる。休みなんて、あってないようなもんさ」
〈そうなんだ〉
言葉とは裏腹に、理香の声からは、どこか安堵したような雰囲気が感じ取れた。
「次の連休には、帰るよ。そっちは何も変わりないか」
〈わかった。こっちは大丈夫だから、身体に障りないようにね〉
「ああ、ありがとう」
電話はこちらから切った。貼ったばかりの保護シートがいやに滑らかだった。どことなくその肌触りは、さっきまで触れていた莉子の太腿のそれに似ていた。
「へへ、なかなか名役者じゃん?」
下半身だけをシーツで隠した莉子は、いたずらっぽく微笑んだ。
「ま、演技派なのはお互い様か。旦那さま」
「それ、褒めてんのかけなしてんのかどっちだ」
「さあね。買ったばかりのスマホに訊いてみたらいいじゃん」
不敵な笑みを浮かべる莉子は「お買い上げありがとうございました」という言葉と一緒に、光輝の胸板の上に上半身をのせてきた。女性らしいふくらみが重なるのを感じる。
二年間の分割払いと、偽りの結婚生活。
光輝は、どちらが終わるのが早いのかを考えようとして、やめた。どのみち、終わった先に待っているのは、今と違う、新しいモノに他ならない。
午後三時の銀行のシャッター。
それと同じく、瞼がゆっくりと閉じ始めた莉子の身体を、そっと抱いた。
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打算の分割払い 西野 夏葉 @natsuha
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