第92話

 卒業式は午前で終わり、卒業生たちは各々に過ごしていた。

 友達や先生と写真を撮る者もいれば、すでに帰ってしまった者もいる。


「翼、これからどうする?」

「どうって、家に帰るけど」

「だよね」


 陽彩は何か迷っている様子だった。


「なにかあるのか?」

「う~ん。クラスのみんなとお別れ会があるんだよね」

「あー。そういうことか」


 俺には縁のない会だな。

 だから俺は、


「行ってきていいよ。家で待っとくから。もしかしたらこれ最後かもしれない人もいるだろ。楽しんで来いよ」


 そう言った。

 それでも陽彩はどこか浮かない顔。


「翼は一緒に行かない?」

「行かない」

「どうしても?」

「なんでそんなに俺を連れて行きたいんだ?」

「だって、翼もさっき言ってたじゃん。最後かもしれないんだよ。もう二度と会うことがないかもしれないんだよ。なんか、悲しいじゃん。せっかく、文化祭であんなに協力し合って優勝したのに……」


 確かに、あの時は楽しかったな。 

 陽彩はなぜか泣きそうな顔をしていた。

 そんな顔されたら、断りたくても無理だろ。

 俺は諦めて頷いた。

 

「分かったよ。一緒に行くよ。ただし、ご飯だけな」

「ほんとに!?」

「ああ。だからそんなに悲しそうな顔をしないでくれ」

「ごめんね。無理言って」

 

 俺は陽彩の頭をポンポンとして、


「ほら、行くんだろ」


 と言って歩き始めた。

 陽彩が小走りで俺の横に並んだ。


「翼、お店の場所知らないでしょ!」

「そういえば、そうだな」

「どこに行くつもりだったの」


 陽彩はおかしいっと言って笑った。そして、俺の手をさりげなく握った。

 俺もその手を握り返した。

 これで、本当に最後。

 校門から出ると俺は立ち止まって学校の方に振り向き丁寧にお辞儀をした。


「三年間ありがとうございました」


 陽彩も俺に倣って同じようにする。


「三年間お世話になりました」

 

 二人で顔を見合わせ合って笑うと、今度こそお店に向かって歩き始めた。

 この手を放さないようにしっかりと握りしめておこう。いつまでも。


 

 お店に到着すると、クラスメイトは俺たちが到着するのを待っていたと言わんばかりに、俺たちのことを笑顔で出迎えてくれた。

 ちなみに陽彩たちが予約していたのは和食のお店だった。どうやらクラスメイトの一人の親が子のお店をやっているらしく、貸し切りだった。 


「ひーちゃんたち、遅いよ~! みんな待ってたんだからね!」

「ごめん、ごめん。翼が行かないって駄々こねるから」

「おい、陽彩!」

「ほんとのことじゃん~」


 陽彩はそう言うと手を放して逃げるように有川の後ろに隠れた。


「七海~。翼が怒ってる~」

「ほんとね。獅戸君が怒ってるところ初めて見たかも」


 二人とも楽しそうに笑っている。いや、二人以外にもその場にいるクラスメイト達が俺たちのやり取りを見て笑っていた。

 さすがにこの状況で陽彩のことを追いかける気にもなれず、俺は空いてるカウンター席に座った。隣に陽彩も座った。


「お前な~。恥ずかしいからやめろ」

「いいじゃん。少しくらい。今日は卒業式なんだよ!」

「なんだよその理屈……」


 よく分かんないけど、陽彩が楽しそうならそれでいいかと思った。

 俺は、お店のメニュー表を見て、だし巻き卵を注文した。

 




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