第93話

 俺は、お店のメニュー表を見て、だし巻き卵を注文した。

 クラスメイト達は楽しそうに談笑をしていた。


「陽彩はいかなくていいのか」

「う~ん。もう少ししたら行くよ」

「そっか」


 だし巻き卵が俺の前に置かれた。

 綺麗な黄金色のだし巻き卵。俺は箸で一口サイズに切り分けて口に運んだ。


「美味しい」


 しっかりとだしの効いた美味しいだし巻き卵だった。


「私も食べていい?」

「ああ」


 陽彩が俺と同じようにだし巻き卵を一口サイズに切り分けて口に運んだ。

 ほっぺたに手をあてて、だし巻き卵を美味しそうに食べていた。


「陽彩はなんでも美味しそうに食べるな」

「そうかな。でも一番美味しいのは翼が作ったスイーツだよ!」

「そんなに溺愛してくれてるとは、嬉しい限りだ」

「でき、溺愛!!」


 陽彩の声が大きかったのか、その場にいたクラスメイトの視線が俺と陽彩に集まった。別に今更隠したりはしないがやっぱり視線を集めるのは恥ずかしい。

 

「もう、陽彩、みんなのところに行け」

「わ、分かった」


 陽彩は恥ずかしそうにクラスメイトの方へと行った。

 ようやく一人になった。

 と思っていたら、陽彩がいなくなったのを見計らってか、クラスメイトの男女が数名、俺のところにやってきた。


「獅戸君。楽しんでる?」

「まぁ、楽しんでるよ。みんなの楽しそうなところ見るだけでも楽しいから」

「こっちの輪に入って話そうぜ!」

「いや、いいよ。俺はここで」

「獅戸君。お店作るんでしょ? オープンしたら通うね~」

「あ、ああ。ありがとう」


 陽彩め。余計なことをしゃべりやがって。

 今まで数回しか話したことないクラスメイトが次から次へと俺に話しかけてきた。

 これで最後かもしれないからな。俺は一人一人対応していった。

 そうしたら、いつの間にか時間は過ぎてた。ここに来てから二時間が経っていた。そんなにいる感覚はなかったのに、もうそんなに時間が経ったのか。なんだか、不思議な感じだった。


「つーくん! 楽しんでるかい!」

「楽しんでるよ。雛形さん」

「まさか、ほんとに獅戸君が来てくれるとは思ってなかったわ」

「どういうこと、有川さん?」

「陽彩が必ず連れてくるからって、言ってたから」

「来るつもりはなかったんだけどね。陽彩が悲しそうな顔するから」

「ほんと、あんたも陽彩に溺愛してるわね」

「さっきの話きいてたんだ!?」

「そりゃあ、あんな大きい声で言ってたらね」

「そうだよ! もう、ひーちゃんが羨ましいよ!」


 二人が俺のことをからかってきた。

 この二人ともこんなに仲良くなるとは思ってなかったな。


「これからも陽彩のことをよろしくな。いつまでも最高の友達でいてやってくれ」

「獅戸君に言われなくてもそのつもりよ」

「そうだよ! ひーちゃんが私のことを嫌いになっても私がひーちゃんのことを嫌いになることはないから! ひーちゃんは親友なんだから!」


 胸を張って高らかに言い放つ雛形。


「二人とも……。もう、最高! 私の大好きで大事な親友。これからもよろしくね!」

「ひーちゃん!」

「陽彩。いたのね」

 

 陽彩は後ろから雛形と有川のことを抱きしめていた。

 三人のそんな姿があまりにも素敵だったので俺はスマホで写真を撮った。

 

「うん。いい写真だ」

「翼。その写真後で送って!」

「分かった」


 そろそろお開きにするらしく、学級委員の有川がみんなからお金を集めていた。これから、二次会のカラオケに行くそうだ。


「俺は先に帰ってるぞ」

「うん。分かった。また後でね」

「ああ、楽しんで来いよ。そうだ、陽彩……」

「何?」

「連れてきてくれてありがとな。楽しかった……」

「ほんとに!? 楽しくないんじゃないかって心配だったからよかった~」

「楽しかったよ。最後の最後でこんなにいろんな人と話すようになるとは思ってなかったけどな」

「みんな、翼と話せてよかったって言ってたよ」

「そうか」


 クラスメイトのそんな気持ちを知って、俺は少しだけ心が温まった。

 

「じゃあ、気をつけてな。あんまり遅くなるなよ」

「分かってるよ~。十七時くらいにはお店に行くから」

「了解。お母さんたちに伝えとく」


 俺は二次会に向かう陽彩たちを見送ると歩き始めた。

 なぜか分からないが、俺の心には名残惜しさが生まれていた。

 そんな気持ちを抱えながら俺は『蓮』に帰った。

 

 


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