第69話

 翌日、俺はモンブランを持って屋上で待っていた。

 もちろん待ち人は陽彩だ。

 冬用の制服になったとはいえ、さすがにそろそろ寒いな。


「ここで昼食を食べるのもそろそろ最後かな」


 三年間、この場所には本当にお世話になった。三年間空気を演じていた俺にとって屋上は素の自分でいられる場所だった。

 まさか、あの時、陽彩に声をかけられるとは思ってもいなかったな。俺があの時マドレーヌを持ってなかったら声をかけられることもなかったのか。

 そう言えばマドレーヌって……。


「翼~。お待たせ」


 陽彩が手を振りながらこっちに向かってくる。


「先生を手伝ってたら遅くなった。ごめん」

「お疲れ」

「寒いね。そろそろ屋上でご飯食べるのやめたら?」

「そう思ってるんだけどな。なんだか名残り惜しくてな」

「そうなんだ。翼は三年間ここでご飯食べてたんだっけ」

「そうだな。あの日、陽彩に声をかけられるまでは一人で食べてたな」

「寂しくなかったの?」

「寂しくはなかったな」

「ふ~ん」

 

 陽彩が俺の手の上に自分に手を重ねた。その手はひんやりと冷たかった。


「どうした?」

「なんでもない。こうしたくなっただけ」

「そうか」


 俺は自分の手を裏返すと陽彩の手に絡めるように繋いだ。

 そして、その手を自分のポケットに入れた。


「ポケットの中が温かいですね」

「何それ?」

「翼は知らないか~」

「何を?」

「夏目漱石」

「ああ、さっきのは月が綺麗ですねのもじりってわけね。全然できてないと思うぞ」

「いいの! 漱石と同じ気持ちってこと!」

「そっか、じゃあ、このままずっと離さない」

 

 それから俺たちお昼休憩が終わるまでそのまま手をつないでいた。


「あ、忘れるところだった」

 

 俺は、弁当袋からモンブランを取り出した。


「はい。これ」

「え! これってモンブラン?」

「そう」

「どうして?」

「ただの気まぐれ、かな」


 俺は何だか照れくさくてそう言った。


「ま、一家。気まぐれでも! 翼のスイーツが食べれるなら」

「そうか」


 陽彩は昨日のことなどすでに忘れてしまっているかのように、俺のモンブランをきらきらとした瞳で眺めていた。


「今食べたいけど、お昼休憩もう終わるし、帰ってから食べるね」

「ああ」

「ありがとね! 元気出たよ」

「なんだ、バレてたのか?」

「もちろん、翼は優しいからね」

「そんなに落ち込んでるようには見えなかったけどな」


 まあ、なにはともあれ元気になったみたいでよかった。陽彩はまだ食べたわけじゃないのに幸せそうに笑っていた。

 あの日、俺がマドレーヌを持ってきてなかったら、今こうして陽彩の笑顔も見ることはなかったんだな。

 言うなれば、俺たちの恋はスイーツに始まったてとこかな。

 あの日のマドレーヌに感謝だな。

 ちなみに、マドレーヌにはある意味がある。

 そんなこと陽彩は知らないだろうな。

 俺は先を行く陽彩の背中を見ながらそんなことを思った。


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ここまで読んでいただきありがとうございます! 


 よかったら、マドレーヌの意味を調べてみてください!笑

(ホワイトデーのお返し)


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