第29話 【七変化のスコーン】
あと一週間で夏休みが始まる。
そして、俺の二週間の海外修行が始まる。修行先は蓮夜がイギリスにいたころに働いていたお店。蓮夜の口利きで二週間だけ働かせてもらえることになった。のはいいのだけど、正直、自信がなかった。
「どうしたの? なんか浮かない顔してるね」
「そんな顔してるか?」
「うん。何か悩み事?」
「まあ、そんなところだ」
「私に言えないこと?」
「う~ん。言えなくはないんだけど……」
「じゃあ、言って!」
陽彩がずいっと顔を近づけてきて言った。
「分かったよ。言うから少し離れてくれ」
「よろしい」
陽彩は満足した顔で俺から少し離れた。
「実はさ、夏休みの前半の二週間、イギリスのお店で働くことになってるんだ」
「え……。えーーーーーーー!?」
「そんなに驚くことか?」
「驚くことだよ! 驚くに決まってんじゃん!」
陽彩があまりにも大袈裟に驚くので少し気張っていた緊張が抜けた。
「でさ、そのお店が……」
「ちょっと待って、勝手に話をすすめないで……。まだ思考が追いついてない」
「分かった」
それからしばらく陽彩が落ち着くのを待ってから、俺は再び話始めた。
「続けてもいいか?」
「いいよ……」
「それで、そのお店ってのがお父さんが昔働いてたお店なんだよ」
「うん」
「だから、プレッシャーで。ほら、どうしても比べられるだろ。あの人の息子かって」
蓮夜はそのお店で働いている時に、世界的に有名なスイーツの大会で優勝した。それから、蓮夜は数々の大会で優勝を繰り返し、世界のスイーツ業界で知らない人はいなのではないかというくらいの超有名人になった。今は、あんな小さなお店でひっそりと働いてるけど。
だから、俺は今凄いプレッシャーを感じている。そんな世界的に有名な蓮夜の息子として、俺はそのお店に修行をしに行く。その話自体は俺から言い出したものだった。後悔はしてない。これで、少しでも蓮夜に追いつけると思ったら頑張ろうと思うことができる。
「そっか……」
「まあ、頑張ってくるよ。だから、二週間の間、お店のことは任せた」
「それは任せて、ってそこじゃない! 二週間も翼に会えないの?」
「まあ、そういうことになるな」
「そんな……」
なぜか、陽彩はがっくりとうなだれていた。
「せっかくの夏休みが……」
「ん?」
「なんでもない……」
こうも露骨にへこまれるとさすがに俺も何もしないわけにはいかないなと思ってしまう。
別に付き合ってるわけじゃないけど、好きな人にこんな顔はさせちゃだめだよな。それに、お店も手伝ってもらって助かってるし。
「なぁ……」
「なに?」
「陽彩が嫌じゃなかったら、夏休みの前日の放課後にどっか行くか?」
「え……」
「いや、嫌ならいいんだ。忘れてくれ」
「いや、なんて私言ってないよ。もちろん、行くに決まってるじゃん!」
陽彩は嬉しそうにニコッと笑った。
「よかった。どこか、行きたいところはある?」
「ある。たくさんある! 夏休みの分まで連れまわすから覚悟しといてね!」
「マジか、疲れない程度にお願いします……」
「分かってるよ」
口ではそう言っていたが、陽彩の頭はすでに当日のことでいっぱいになっているみたいだった。ウキウキとした顔の陽彩は指を折りながら、どこに行こうかな~と考えていた。
俺の体力は持つのだろうか。とか、野暮なことは考えずに、俺もその日は思いっきり楽しもうと思って、屋上を後にした。
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