第2話

 教室に戻ると、いつものように教室内は騒がしかった。その中心にいるのはやっぱり神宮司陽彩じんぐうじひいろだった。彼女を中心に男女がぐるっと輪になって談笑を繰り広げていた。その中には陽彩とよく一緒にいる二人の姿もあった。


 俺はこっそりと自分の席に向かって、静かに座った。誰にも気付かれぬように。

 俺はこのクラスでは空気を演じている。誰にも声をかけずに、声をかけるなオーラを放っている。誰も俺に声をかけてこないから成功していると思っていたのに・・・・・・。彼女は騙されてくれないみたいだった。

 

 机に伏せていた俺のところにペタぺタという足音が聞こえてきた。

 ここ、春桜高校しゅんおうこうこうはスリッパが校内での指定履だ。ちなみに俺たちは入学当初から茶色のスリッパだった。だから、誰かが近くを通ったりすればすぐにわかる。今回もそんな感じだろうと思って、俺は顔をあげなかった。

 

 不意に足音が止まった。それも、俺の席のすぐ近くで。机に伏せる前に確認したが、俺の周りの席には生徒はいなかった。つまり、この足音の持ち主は俺に用事があるということになる。いや、そんなわけないか。俺はこのクラスの空気を演じている。話しかけてくるクラスメイトなんていない。きっと、前の席の生徒が席に座るとこなのだろう。そう思っていたら、声が前の方から聞こえてきた。


「もしもし〜。起きてますか〜?」


 女の人の声だった。それも、ついさっき聞いたばかりの声。

 まじか……。まさか陽彩が話しかけてくるなんて思ってもいなかった。

 俺は徹底して空気を演じることにした。微動だにしなかった。


「もう、しょうがないな〜。教室に入ってきた時から見てたんだから、起きてるの知ってるんだよ。あくまでも私のことを無視するつもりなら、こうだ!」


 突然、俺の両の頬にひんやりとしたものが触れた。いきなり、冷たいものが頬にあたったもんだから、俺は体をビクッとさせて、椅子を後ろにひいてしまい、大きな音をさせてしまった。 

 生徒たちの注目が僕に集まるのをひしひしと感じていた。


「やっと、顔をあげたね。君、同じクラスだったんだね」


 顔をあげたというより、無理やりあげさせられた。

 目の前にいる陽彩に。 

 陽彩のひんやりとした手は今も俺の頬を挟んでいる。その瞳はキラキラと輝いていた。


「もう〜。ひーちゃん。勝手にどっか行かないでよ〜。話の途中だったでしょ。て、誰、その男?」


 陽彩のことをひーちゃんと呼ぶのは、仲良し三人組のうちの一人の女子生徒。雛形愛理ひながたあいりだった。

 雛形はきょとんとした大きな瞳で不思議なものでも見るような感じで俺のことを見ていた。

 その大きな瞳が彼女のトレードマークだ。背は陽彩より少し低い。茶髪のショートヘア。可愛らしい笑顔も彼女の武器である。雛形クラスのマスコット的存在だった。


「その子は確か、獅戸翼君ね。あなたたちちゃんとクラスメイトの顔と名前くらい覚えなさい」


 俺の名前を呼んだのは陽彩といつも一緒にいるもう1人の女子生徒。有川七海ありかわななみだった。

 有川はクラスの学級委員でしっかりもの。綺麗な黒髪を腰くらいまで伸ばしている。キリッとした目が特徴的。物静かな秀才タイプでクラスのまとめ役的存在だった。


「へー。君、獅戸翼って名前なんだ。いい名前だね」

「じゃあ、つーくんだね」


 雛形は俺に勝手なあだ名をつけて、陽彩は俺の顔を未だに離してくれない。

 有川さんは呆れてただただ見てるだけ。

 一体なんなんだ、この状況は!?

 それに、さっきから集まっているクラスメイトの視線が気になった。せっかく、ここまで空気を演じてぼっちを確定させていたというのに。

 俺の中で何かが崩れる音がした。


「・・・・・ごめん」


 さすがにこのままここにいたら目立ちすぎてヤバい。

 俺は、陽彩の手から逃げるように立ち上がって、教室から出ていった。

 

「もう! 愛理たちが来るから、翼、逃げちゃったじゃない! 私、追いかけてくる。先生には授業休むって伝えといてー」

「私たちのせいじゃないよ~」

「了解」


 陽彩は2人にそう告げると翼の後を追って教室を出て行った。




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