第5話

    ◇ ◇ ◇


 普段の街灯に加え、たくさんのぼんぼりに照らされた境内は、たくさんの人で溢れている。


「しずちゃん、こっち」


 私は呼ばれて、慌てて両親の背中を追いかけた。


「毎年、毎年、本当に凄い人だねー」

「本当よ。こんなに夜遅くにみんな元気よねぇ?」


 お母さんは後ろにいる私のほうを振り返り、頬に手を当ててぼやく。『こんなに夜遅くに出歩く元気な人』には自分達も含まれているのだが、そこには思考がまわらないようだ。


 時計を確認すると、時刻は午前〇時二十五分。先ほど除夜の鐘のゴーンという音が鳴り、年は変わり今は一月一日、元旦だ。

 原田家では毎年、年が変わるその時刻に合わせて地元の神社に初詣にいく。同じようなことを考える人というのはたくさんいるようで、いつもは静けさを保っている神社はこの日ばかりは真夜中でも大にぎわいだった。


 見上げてはぁっと息を吐くと、白い吐息は数秒で空気に混じり、消えてゆく。

 夜空には台形をひっくり返して繋げたような独特の形をした、オリオン座が見えた。つい先日、侑希にあれがオリオン座だよと教えてもらったのだ。右上の端、一際明るく輝く赤い星は、ベテルギウスだろうか。


 寒さで鼻がツーンとして、温めるように両手で口と鼻を覆った。おろしたての毛糸の柔らかい感触が、頬に触れる。吐いた息が毛糸越しに手に当たり、温かい。

 顔から手を離すと、真新しい手袋を眺めた。毛糸でできたクリーム色の手袋には、手の甲の部分に雪の結晶の模様が入っていて可愛らしい。


 侑希がこれをくれたのは、冬休みに入った直後、昨年の十二月二十二日だった。消しゴムを切らしてコンビニに買いに行った私が家に入ろうとしたとき、侑希に呼び止められたのだ。


「雫!」

「あれ? 侑くんどうしたの?」


 家に入ろうとしていた私に対し、ちょうど家から出てきた侑希。ラフなパーカー姿の侑希は、持っていた紙袋をズイッとこちらに差し出した。


「ちょっと早いけど、メリークリスマス」

「え?」


 私は目をしばたたかせる。紙袋を受けとると、中を覗きこんだ。赤いリボンでラッピングされた小さな袋が入っていた。


「これ、私に?」

「うん。──いつも世話になっているから」


 まさか、クリスマスプレゼントを貰えるなんて思っていなかった。侑希は私に世話になっていると言うけれど、どちらかというと世話になっているのは私のほうだ。


「そんなの気にしなくてよかったのにー! ──でも、ありがとう」


 誰かにプレゼントを貰うのは、とても嬉しい。気分がふわりと気持ちが浮き立つのを感じた。


「開けていい?」

「いいよ」


 リボンをほどくと、出てきたのはクリーム色の手袋だった。毛糸素材の温かさ重視タイプ。けれど、女の子らしいデザインだ。


「わあ、可愛い! ありがとう」


 早速手に嵌めると、フリーサイズのそれは毛糸が伸縮してぴったりとフィットした。かじかみそうな指先が、ほんのりと温まる。


「どういたしまして。雫、いつも図書館帰りに寒そうだからさ」


 侑希がにこりと笑う。私は驚いて侑希を見返した。

 もしかして、図書館帰りにいつも私が手を擦り合わせいるのでこれを選んでくれたのだろうか。

 侑希の日本人離れした、薄茶色の瞳が柔らく細まった。


 なぜだろう?

 胸が、キュッと締め付けられるような不思議な感覚がした。


「侑くんは、何が欲しい?」


 妙な気恥ずかしさを感じて、それを隠すように努めて明るく侑希に聞き返す。


「俺? 何かくれるの?」

「もちろん。何がいい? 侑くん、明日には出国しちゃうから渡すのは年明けになっちゃうけど」


 侑希は少し考えるように視線を宙に漂わせたが、すぐにこちらを見つめてにこりと笑う。


「雫に任せる」

「えー? じゃあ、ちょっと考えてみるね」


 男の子にクリスマスプレゼントを渡したことなんて、幼稚園のクリスマス会以降一度もない。何がいいのかさっぱりわからない


「侑くん」

「んー?」

「好きな子には渡せた?」


 侑希は目をぱちくりとすると、嬉しそうに破顔した。


「渡せたよ」

「……そっか。よかったね」


 なぜか、今度は胸がチクリと痛んだ。




 満員列車のような人の波に身を投じて十分ほど並び、ようやく参拝の順番が回ってくる。目の前にぶら下がっている縄を揺らすと、カランコロンと鈴が鳴る。


 二拝、二拍手、一礼。


 さくらと出会ってからネットで調べた、神様への正しいお参りの仕方。

 他にもたくさんしきたりはありそうだったけれど、これは基本中の基本らしい。二回お辞儀をしてからパン、パン、と大きく手を叩き、お辞儀をもう一度。


 さくらは以前、願い事が叶うかどうかは、神様の力の他に自分の努力が必要だと言っていた。だから、ここでは願いと共に誓いの言葉を言おう。


 いろいろ悩んで、『今年はレシピコンテストで入賞したいです。だから、早めにレシピ作りに取り掛かります』と『食品開発の仕事に付きたいです。だから、理学部に行けるように勉強を頑張ります』と二つ願った。


 このことをさくらに伝えたらどんな反応を示すだろう? きっと、『二つも願うとは、よくばりよのう』と笑われる気がする。


 けれど、そう言いながらもやっぱり応援してくれる気がした。

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