第六章
第1話
さくら祭も大盛況に終わり、段々と寒さが身に染みてくる十一月中旬。
通学路の街路樹の葉はすっかりと色付き、道路を赤や黄色のまだら模様に染上げている。
隔週の土曜授業があったこの日、私は友人の夏帆ちゃん、美紀ちゃん、優衣ちゃんの三人とお昼ご飯を食べようと、ファミリーレストランへ向かった。
「何にする?」と私が聞くと、
「私、特製ハンバーグの目玉焼き乗せ」と即答するのは夏帆ちゃん。
「あ、いいね」とメニューを眺めていた美紀ちゃんが頷き、
「私、和風ハンバーグかな」と優衣ちゃんが大根おろしの乗ったハンバーグの写真を指さす。
メニューを見ながら、思い思いに注文を決めてゆく。味付けは違うけれど、皆がハンバーグだ。
このファミリーレストランの売りはなんと言ってもハンバーグで、ファミリーレストランとは思えないほどのジューシーさが評判になっているのだ。
注文してしばらくすると、笑顔の店員さんが鉄板に乗せたハンバーグを運んできた。フォークとナイフで切り分けると、中から透明な肉汁が滴り落ちる。見ているだけで涎が出そう。
一口食べると、口の中にお肉とデミグラスソースの味わいが広がった。美味しい!
「うちの近くにもここのファミレスがあってさ、時々家族で行くんだ。やっぱり美味しいよね」
優衣ちゃんがお肉を頬張りながら、ぽっぺたに手を当てる。
それを聞いた私は手元を見ながら、首をひねる。
「ファミリーレストランの料理って、アルバイトの人が多いよね?」
「そうだね。一人暮らししている、うちのお兄ちゃんもやっているよ。賄い飯が出るから助かるんだって」
「ふーん」
カットしたお肉を眺める。
ファミリーレストランに行くと、厨房の求人広告をよく見かける。大抵が、『初心者歓迎』と書かれていた。
それならば、作っている人達は料理のプロではないはずだ。では、なぜ、どの店舗でも同じ味を再現できるのだろう?
そんなことを考えながらフォークとナイフを動かしていると、浮かれたような声がした。
「もうすぐクリスマスだねー。夏帆ちゃんはデート?」
食事をいち早く終えた美紀ちゃんが、興味津々な様子で夏帆ちゃんに声をかける。夏帆ちゃんは「うん、まあね」と、少し照れたように笑った。
「うちは冬休み早々、おばあちゃんの家に帰省だよ」と美紀ちゃんが言う。
「えー。それならいいじゃん。私なんて、なんにも予定ないよー。花のJKなのにー」
優衣ちゃんは頬を膨らませると、こちらを見た。
「雫ちゃんは?」
「私も、予定ないよ」
「え? じゃあ、一緒にクリスマスケーキ作らない?」
「いいよ」
「やったぁ! ブッシュ・ド・ノエルにしよう」
優衣ちゃんが大袈裟に喜んで、「イエーイ」と手を挙げたので、私も手を挙げてハイタッチする。優衣ちゃんは私と同じくクッキング部なので、料理が好きなのだ。
「でもさ、その前に期末テストだよ」
「いやー! 思い出させないで!」
美紀ちゃんの一言に、それまでご機嫌だった夏帆ちゃんが両手で頭を抱えて嫌々と首を振る。
「夏帆ちゃん、年明けにコース希望出さなきゃだよ」
「ぐえ」
優衣ちゃんがすかさず釘をさすと、夏帆ちゃんは首が締まったようなポーズをした。その表情がおかしくて、三人はケラケラと笑う。
まだ高校一年生。だけど、時間は着実に過ぎてゆく。
さくら坂高校では、二年生からは文系、理系のコース別授業になる。そのため、その希望を年明けには出さなければならない。
(コース希望かぁ……。)
まだまだ遠い話だと思っていた。
つい先日、入学したばっかりな気がするのに、ときの流れは本当に早い。
ドリンクの氷をかき混ぜながら、これからのことについて思案する。まだ子供だけれど、もうすぐ大人。そろそろ、色んなことを考え始めてもいい頃だ。
◇ ◇ ◇
数日後、私はメンチカツを持ってさくら坂神社を訪れた。いつものように名前を呼びかけると、空気が揺れて綺麗な女の子──さくらが現れる。
「はい、どうぞ」
「かたじけない」
見た目は完全に小さな女の子なのに、相変わらず時代劇の武士みたいな喋り方。そのちぐはぐさに今日も笑みが漏れる。
メンチカツを渡すと両手で持って黙々と食べ始めるさくらの姿が、とても可愛いらしい。
「ねえ、さくら様」
「なんじゃ」
メンチカツをぺろりと平らげたさくらは、こちらをむいて首を傾げる。
「さくら様は大学との縁繋ぎもできるの?」
さくらはこちらの意図をすぐに察したようで、じっとこちらを見つめるとほうっと息を吐いた。
「雫よ」
「はい」
「できるが、お主はそれでいいのかの」
私は言っている意味が分からず、首を傾げた。大学と縁を繋いでもらえるなら、いいに決まっている。
さくらの言うことは時折、謎解きのようで理解が難しいことがある。さくらはこちらを見つめ「──そうじゃのう」と思案する。
「叶えてやってもよいが、よく考えるのじゃ」
さくらがそう言った瞬間、視界がぐにゃりと歪むのを感じた。
以前、侑希がさくら坂神社を訪れたのを見たときのような浮遊感に襲われてギュッと目を閉じる。足の裏に地面を感じ、今度はどこに飛ばされたのかと恐る恐る私は目を開けた。
「あれ……?」
私は周囲を見渡した。
シーンとしたあたりには誰もいない。目の前にあるのは小さな祠、後ろを振り向けば真っ赤な鳥居が見えた。
「さくらさま?」
風が木々を揺らす、さわさわとした音だけが響く。思い出したかのように、遠くでカラスが鳴く声が聞こえた。
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