第2話 日曜日はちょっとお洒落に

いつもは作りおきを日曜と、それから水曜に早起きして作る。


調理家電や下ごしらえの時短など、いろいろとやってみたし、惣菜や家事代行なんかも試してみた。今のスタイルが一番うちにはあっているようだ、とわかってきたのは最近だ。


惣菜は味付けが濃いから、連日それだけでおかずにしてしまうのは気が進まないし、値段の割に質量ともに満足いくものが少ない。代行に作ってもらっても、1週間前に作られたものを花菜に食べさせるのは嫌だった。それに、料理は好きだ。週末の二時間あまり、週の前半分を作るために花菜を壮介に見てもらって料理に没頭できるのは、趣味に割く時間は通勤時間を除けば細切れの時間くらいしかない美里の、週に一度の楽しみでもあった。


メニューは、買ってきたものと週半ばに来る生協の注文品を踏まえて週末の間に一週間ぶんを予定立ててしまう。夏の間は、酢の物なんかもよく使った。だいたい副菜扱いでメインにはなりづらいが、南蛮漬けだけは魚でも鶏肉でも美味しいし、出すだけで済むからよく作る。夏には向かないイメージの煮物も探せばレシピはあるもので、カレーやラタトゥイユは定番だし、茄子と鶏肉を生姜でさっぱりと煮たものや、冬瓜のスープなんかも割と好きなメニューだった。これから寒くなれば、豚汁やシチュー、根菜の煮物など、どんどんバリエーションは増えるだろう。


水曜は週後半ぶんの作りおき。三日ぶんを一時間半ほどで作るが、途中で花菜が起きてしまうこともたまにあって、仕上げは翌日以降ということもある。時間がないのでさっとできるものが多くて、本当は作りたてを食べたほうが絶対美味しい炒め物が多くなる。案外きゅうりを炒めても美味しいと知ったのは収穫だった。


「行ってくるね。買うものある?」

「んーとね、トマト缶今日使っちゃうから、安くなってたらお願い。あと、“赤”が足りないかも。」


日曜日の午後、おやつの時間を終えたら料理タイムだ。壮介と花菜は、日が傾いて少し涼風の立ったこの時間から小一時間ほど公園で遊び、それから散歩を兼ねてパン屋とスーパーに買い出しだ。野菜や肉など大半の食材は、昨日のうちに商店街で買い込んである。スーパーで買うのは花菜の朝食用の一口ゼリーや、冷凍用のチャックつきビニール袋、乾物、あとはビールやチーズ、レバーペーストなどの酒飲み御用達の品である。赤ワインが足りないと言っておいたから、安くて美味しい赤ワインと、それに合う軽いツマミを買ってくるだろう。


今週前半のメニューは、今日は煮込みハンバーグと付け合わせにブロッコリー。明日はトマトと卵の炒め物、明後日は例によって南蛮漬け。それから、副菜にはモヤシのナムルと、生協でこの前きた煮豆やおからの煮物、さつま揚げ。時間が余れば今日の副菜にアンチョビポテトと洒落込みたいところだが、二時間でどこまでいくか。


まずはニンジンと玉ねぎを千切りにするところから。オーソドックスにはセロリもいれるはずだが、美里が好きでないので南蛮漬けでもラタトゥイユでもセロリは省略する。切った端から酢醤油に浸けてしんなりさせる。


モヤシは軽く洗い、シリコンのレンジ容器にほぐして入れて少し水をかけてチン。熱いうちに水を捨て、すのこ状の中敷きを外してゴマ油、おろしにんにく、しょう油、塩こぶ、すりごまで和える。一度すりごまなしでやってみたら完全に気が抜けた味になった。それ以来、すりごまの在庫は欠かさないようにしている。


次に、トマトを一口大に切る。とき卵には塩コショウと中華だしの素、それに水を少々入れ、油を多目にひいたフライパンのなかにじゅっと流し込み、少し生っぽい段階で取り出す。改めて油を引き、トマトを角が柔らかくなるまで加熱したら卵を戻して馴染ませる。


保存容器に中身をうつしたら、一度流水でフライパンを洗う。鉄のフライパンは、油が足りないと卵がこびりつく。今日はつるんと取れたので成功だったようだ。洗剤が使えないこれは、独身の頃から使い続けてもう8年ほどになる。


コンロにかけて水滴を飛ばしたら、さっきより更に多目に油を注ぐ。今度は、そぎ切りにした鶏肉を素揚げしていき、きつね色になったものから先ほど玉ねぎと人参を浸けておいたつけ汁にぽちゃんぽちゃんと入れていく。軽く混ぜて馴染ませたら一応完成だ。


ふっと息をついて時計を見ると、だいたい一時間半くらいが経過したところだった。南蛮漬けは美味しいし簡単だが、やたら千切りに時間がかかるから休日に作るメニューにせざるを得ない。


「まー!」


先程と同じようにしてフライパンの始末が終わり、さて、と気合いを入れ直したところで、カチャリと鍵が開く音がして、玄関から元気な声が聞こえてきた。ままー、なのか、ただいまー、なのか。


軽く手を洗い、玄関に顔を出す。花菜一人だ。壮介はとりあえず花菜をおろしてから荷物を取りに行ったのだろう。


「んー!」


自慢げに突き出してくる花菜の手には、小さなビニール袋。


「?……あぁ、おやつ、買ってもらったの?良かったねぇ。」


一歳からの、とパッケージにある、写実的な絵のついた小分けになったエビのスナック菓子。花菜のお気に入りだ。わりと渋い趣味をお持ちのこの子は、お腹にいるときから和風の味つけを好む。人気キャラクターのパッケージのバター味のビスケットは、見た目に惹かれたのか買って買ってとせがむから何度か買ってやったが、味が気に入らなかったらしく、毎度一口食べてはいらなーいというのですぐに買わなくなった。


頭をぐるぐる撫でてやり、さ、手を洗ってらっしゃいと声をかける。壮介が大荷物を抱えて再登場したので、おかえりー、とビニール袋を受け取ってあとを任せる。


スーパーのものと違う、小さなビニール袋を覗いて、少し顔がほころぶ。天気がよくて足を伸ばしたのだろう、少し遠くのパン屋のパンだ。朝は調理パンとヨーグルトで済ませることの多い牧野家では、いくつか行きつけのパン屋があるが、このパンはなかなか買いに行きづらいため貴重品扱い。中でも、特製のふわふわのコッペパンの中に練乳クリームが挟んであるパンは、美里のお気に入りだった。他のところでは生クリームを入れてしまったりしてこうはいかない。苦味の勝ったコーヒーに、甘い練乳クリームと小麦の勝ったパンだけの味。朝が楽しみになる組み合わせだ。


「壮介、ありがとう。」

「どういたしまして。美里、好きだろ?それ。」


チョコレート好きの壮介は、自分にはチョコパイを買ってきている。血糖値的な観点では二人ともアウトかもしれない。花菜のはレーズンたっぷりのレーズンパンだ。これも生地がもっちりしていて、他のに比べてよく食べる。


壮介の息抜きを兼ねて、手を洗ってきた花菜の相手をしばらくしてやり、公営放送で花菜のお気に入りのうさぎのアニメが始まったところでバトンタッチして台所に戻った。


ブロッコリーを茎からはずし、一口大に分ける。シリコンのレンジ容器からもやしナムルを保存容器に移してシリコン容器を洗い、少量の水といっしょにブロッコリーを入れて、蓋をして少しチン。少し固めのところで今日食べるぶんを残して取り出し、あら熱を取る。今日の付け合わせ分は、更に1分加熱して十分柔らかくする。


アンチョビポテトのための時間は取れるだろうか。ちらりと時計を見る。五時半過ぎ。けっこう、賭けだ。先にハンバーグに取りかかることを決める。


あら熱の取れたもやしナムル、トマ卵炒め、南蛮漬けに蓋をして冷蔵庫に入れ、冷凍庫からハンバーグのたねを取り出した。先週肉屋で買ったものを冷凍しておいたのだ。水をかけながら、ラップを慎重にはずす。切れてたねの中に残ってしまったら目も当てられない。


オリーブオイルをたらしたフライパンを温め、凍ったままのハンバーグをそっと置く。三つそれぞれ、じゅっ、といい音をさせて着地した。そのまま、焦げ目がつくまで両面焼く。中まで火が通っていないが、構わず取り出して皿に戻す。


同じフライパンにトマト缶の中身をどばっとあけて、同じ缶を使って同量の水を注ぎ、コンソメキューブを1つ。ふつふつしてきたらハンバーグを戻し、冷凍していたしめじも放り込んで10分ほど蓋をして煮詰める。煮ている間にじゃがいもを三つと、それからサラダ用のベビーリーフを発見して野菜室から取り出し、それぞれ洗っておく。じゃがいもは少し芽が生えていた。包丁のあごを使って芽を取り除く。


そろそろハンバーグはいい頃合いだろうか。菜箸を刺して、……本来なら竹串なのだろうが、捨てるときにビニール袋から飛び出して危ないし液漏れするし、それで美里はいつも菜箸を刺してみることにしている。それで透明な液が出てきたら火は通っている。仕上げにソースと塩コショウで味を整え、ブロッコリーを合わせて軽く煮込んだら今日のメインは完成だ。煮込んでいる間に、花菜の分の冷凍ご飯をチンしてレンジから出しておく。あつあつご飯はまだ食べれない。


花菜の方を見ると、アニメが終わって暇らしく、壮介にじゃれついていた。機嫌は悪くないらしい。


「花菜、お腹すいてるかな?」

「どうだろ、スーパーとパン屋で試食してたよ?」

「どっちも?おやつもしっかり食べたのに?」

「ん!ん!って、指差して動かないんだ。」


壮介が苦笑してそう言う。お昼は商店街の中華料理屋で炒飯を半人前に餃子も二つ食べた。足りないことはなかっただろうが、もともとよく食べる子で、おやつを食べたから夕食が入らないということはほぼないため、スーパーの試食などで目くじらを立てることは美里も壮介もない。ただの確認だ。


「じゃ、もう少し持つかな。」

「大丈夫じゃない?」

「壮介は?」

「ちょっと減ってきたかな。」

「じゃ、ぱぱっと終わらせちゃう。」


花菜はもちろん、壮介もお腹が空くと機嫌が悪くなって危険なのだ。お互いヒステリックになっては楽しく過ごせないのは、大人も子供も変わらない。アンチョビポテトはまた今度だ。メニューを変更することにする。


三度みたび、シリコン容器の出番だ。ブロッコリーを茹でただけだったので、ざっと水で流して、芽だけを取った状態のまま、皮ごとのじゃがいもと少量の水を入れ、蓋をして5分チン。その間に、ベビーリーフを深皿に盛り、フライドオニオンをふりかける。


ピー、ピーと出来上がりの音がして電子レンジが加熱を止める。こちらにもやっぱり菜箸を刺してみた美里は、小首をかしげた。ちょっとまだ固い。


蓋をし直して更に3分。


「花菜ー、ごはんの準備してー」


声をかけると、しばらくして何やら返事をしながら花菜が台所にとてとてと入ってくる。


「えらいねぇ。ありがとう。」


とりあえずぎゅっと抱き締めてよしよししながらそう言うと、花菜も抱きつき返してきた。うんうん、30分ぶりのママだもんね。


「じゃ、持ってってくれる?」


そう言って、小さな手に子供用のスプーンとフォークを渡す。まだ盛大にこぼすし手も使ってしまうが、一応こちらもだいぶ上手に使えるようになってきた。


花菜が食卓に自分のスプーンとフォークを持っていっている間に、ハンバーグとブロッコリーをソースごと深皿に盛り付け、カウンターに出す。花菜の分も一応一人前だ。お腹の空き具合にもよるが、七割がた食べるときもある。残りは壮介と美里が適当につまむ。それから、大人分のお箸とがっしりしたグラス、それに赤白のワイン。


ピーピーとまた電子音が鳴って、今度こそほくほくの蒸しじゃがいもが完成だ。お湯を切り、取り皿に1つずつ取ったら、大人分は菜箸で半分に割って、バターを間に挟み、少し悩む。これだけではツマミとしては物足りない。日本酒なら酒盗を出すところだが、今日はワイン。少し考えて、冷蔵庫からトリュフで香り付けされた塩を出した。だいぶ前に見切り品で買ったものだから賞味期限は切れているが、十分いい香りがする。


花菜と一緒に配膳を担当していた壮介が、もう花菜を座らせて、ハンバーグを一口大に箸で切ってやっている。慌ててフライパンをたわしと流水で洗い、コンロにかけて水滴を飛ばすと、火を止めてエプロンを脱いで、ドレッシングを持ってテーブルにつく。6時20分。今日のタイムトライアルは、まぁ成功の方だろう。……子供ができる前は、6時代にご飯を食べ始めることが想像つかなかったが、慣れれば慣れるものだ。


「いただきまーす。」

「召し上がれ。」


花菜も手を合わせて何かゴニョゴニョ言って合わせ、そのあと白ワインから乾杯。


「じゃがいも、ほくほくだね。」

「チーズと合わせても美味しいよ。」

「そういえば、今日花菜がね、公園でね。」


何てことない話をしながら、次々に平らげていく。壮介と花菜の止まらない食欲と美味しい顔が、何よりのご褒美だ。


(来週は、何作ろうかなー。そろそろ、ぶりが美味しい季節かな。)


美里は笑顔で相づちを打ちながら、頭の片隅でもう来週末のメニューを考え始めるのだった。

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